Chapter3:Six Sence of The Sniper

附加されし者共(前編)

「多分ここだよ」


 時代錯誤な紫煙の匂い漂う路地裏。そこを抜けたところにあるゴミ捨て場──正確には、この地区では許されていない不法投棄場──をカインが指差した。

 動かなくなった筋電義手プロテーゼやら、小型人工知能アクティヴドローンの残骸やら、そういう機械機械した物から、生ゴミやスナック菓子の袋まで、多種多様なゴミさんが色々と埋まっている。

 機械系のゴミは気軽に捨てることができない上に、まともに廃棄しようとすると費用も掛かってしまうので、こうした不法投棄がなくなることはない。

 だが――。


「マジで言ってんのかテメェ」


 生ゴミのにおいなんだかそれ以外の何かなんだか知らないが、刺激臭が酷い。漂ってくるのは、焼けこげたゴムの臭いだとか、焦げた半導体から漏れ出る臭いだとか、色々なモノの詰め合わせだ。この山盛りのゴミの中を調べないといけないのかよ、とゴミの山に手を突っ込む前から気が滅入った。


「ん」


 カインは変わらず、不法投棄場を指差す。俺はせめてもの抵抗に溜息を吐いて、不法投棄場のゴミに手を伸ばした。


「そっちじゃない、こっち」

「どっちだよ」

「こっち」

「わかんねぇって!」


 とは言え、カインに苛ついても仕方がない。彼はまだ十代ティーンにもならない子供だ。万が一、ゴミが崩れて下敷きになっても夢見が悪いし、俺はカインのつたない指示に従いながら、ゴミを漁った。


「多分、それ」


 次から次へとゴミを拾い上げ、俺がその中にあった黒ビニールの重量感あるゴミ袋を持ち上げると、カインが言った。


「おっけ」


 俺はゴミ袋を乱暴に破る。中から野菜の切れ端やら木の枝やらと一緒に、赤黒い腐った肉片が漏れる。明らかに普通の犬猫のモノではない大きさだ。


「あー……」

 俺はその中にあった肉片の一つを摘み上げる。


 ──指だ。


 それも間違いなく、人間の指。おそらくは探していた御遺体はこちらであろう。残念。南無阿弥陀。成仏してくだせぇなと、東洋人の父がよく口にしていた言葉を適当に真似た。


「おい」


 指を摘まむ俺の背後から、人が話しかけて来た。実際、死体探しの仕事にリスクは付き物だが、ううむ、そうなるか。



 ──今回の依頼は、いつものようにスラム街の事務所とは名ばかりの掘建小屋ヴァイパー探偵事務所に来た、にやけ面の男からの物だった。


「知人から君らのことは聞いている」と、その男は無遠慮にも勝手にウチの椅子に座り、部下らしき黒服に声をかけた。黒服は右手に引っ提げていたアタッシュケースの鍵を開ける。


 ケースの中には、クシャクシャになった札束が敷き詰められていた。


「確かに」


 電子サイバーマネーが流通している今時、ゲンナマでの報酬で依頼を受け付けているところなんてウチくらいだ。

 そして俺も男には見覚えがあった。確か、地下街で興行師ショーマンと呼ばれている糞野郎だ。

 その五指にギラギラと煌めく成金趣味の宝石がイヤミたらしい。


「新札でなくてすまないね」

「今時、珍しいっすからね。ウチみたいのは。で、興行師ショーマンが何のご用件で?」

「話が早い。我が闘技場のことは?」

「知ってますよ。あんたの雇った戦士を戦わせる命懸けの死闘。それが金持ち連中相手の娯楽として行われてるって秘密倶楽部でしょ」

剣闘士ファイターが、一人行方不明でね。こういう商売だ。死は珍しくない。逃走も、よくあることだ。だが完全な行方不明ってのはね」

「俺らのこと聞いてるって? それってどういう噂?」


「死体を探し出す、プロフェッショナルだと」


 やっぱりか。俺は小屋の奥で本を読んでいる、カインを見た。

 カインは、何か用事がある時以外は、ゴミ捨て場から拾い集めた本を読むのがお気に入りだ。そんなんだから、俺もフラフラと散歩に出歩いて本を見つけた時は、それを拾ってカインの本棚に置いておくようになった。

 普段からあまり喋る方ではないが、食事が欲しい時やトイレに行きたい時、行きたい所がある時などは、ちゃんと意思表示をする。


 この場所や俺に対して恐れがあるという感じでもないらしく、カインが今までどんな生き方をしていたのかは知らないが、その様を見て、成程、それなりの生き残りサバイバル術はあるもんだと感心したものだ。


 カインがウチに来てから、興行師ショーマンが持ってきたような、死体探しの依頼ばかり増えている。仕方ないといや仕方ないし、正直仕事にあり付けるのは有り難い。


 ――元々カインは、何処にでもいるただの捨て子だ。


 スラム街の隅っこで身体を震わせて、空腹で死にそうになっていたところを気紛れで助けてからというもの懐かれて居座られている。


 何処にでもいるただの捨て子だったにも関わらず、カインが特別だったのは、こいつには誰にも説明できない力があったということ。


 誰も彼もがスナック感覚で身体のパーツを挿げ替えるこの時代、人間が本来持つ五感以上の感覚を持っている人間というのは珍しくもない。爬虫類の熱源探知だとか、犬並の嗅覚であったりとか、そういう外付けの感覚器官を持つだけの人間は、この街を歩いていれば数歩ごとにぶつかるだろう。


 だが、カインの力はそういうものとも違う。

 カインは、およそ説明できないを嗅ぎ取ることができた。


 探し出そうと決めた人間の死体、人の死んだ場所、色々な死に纏わるアレコレを、不思議なことにカインだけが感じ取れる。


 例えば迷宮入りの連続殺人事件。カインはその被害者の死を嗅ぎ取って、犯人を見事に言い当てた。

 例えば失踪した家族の捜索。依頼人の息子さんが自殺した場所を見つけ、そこで身元不明の遺体を発見。家族は遺体を持ち帰り、墓地に弔うことができた。その時に限らず、愛する人の遺体が見つからないと諦めている家族の依頼では、大きく感謝される。ヤクザ稼業も多い街だ。気付けば行方不明になり、いつの間にか死んでしまうような人間も少なくはない。


 だから、死人を見つけることができるカインの能力を求めて、我がヴァイパー探偵事務所には客足が絶えない日々が訪れるようになった。


 そして満を持してやってきた大口の依頼。その依頼人が興行師ショーマンと言うわけだ。


「その剣闘士ファイターは死んでるって言うんですね?」

「最悪は。方々手を尽くしたが、見つからん。ならば殺されている。しかも、死体も見つからない方法で、と考えるのが自然だ」

「それについちゃ言及を避けますが、良いですよ。受けます」

「今のは前金だ。遺体を見つけたなら、倍額出そう」

「へえ、秘密倶楽部のオーナーは羽振りが宜しいことで」


 ──と言うわけで。

 カインの謂わば第六感を元に、剣闘士ファイターの捜索を始め、この不法投棄場に行き着いた。遺体探しには慣れたものではなるが、そいつが肉片になってしまっているというのは話が別だ。

 このゴミ袋に詰め込まれていたのは、まず間違いなく剣闘士ファイターの遺体だろう。

 バラバラ死体とは。ご苦労なことだ。

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