憧れの剣闘士(後編)

「どうも、我が剣闘士ファイター


 そこにいたのは五指にギラギラと煌めく宝石を身に付けた、にやけ顔の男だった。


「オーナー……」


 父の呟きで、その男が誰か思い出す。地下闘技場ドゥオモのオーナーだ。今は禁止されているが、昔、父の試合の時に何度か地下闘技場ドゥオモに足を運んだ時に見たことがある。


 絵に描いたような成金趣味のこいつを、あたしは当時からあまり好きでは無い。


「お前は部屋にいろ」


 父はあたしを手で別室に追い払った。あたしは自分の部屋に戻ったが、素直に父の言うことを聞く性分でもない。幸い、この家の部屋と部屋を介する壁はそう厚くない。だから、部屋の扉に耳を貼り付けて、二人の会話を盗み聴くことにした。


「何の話ですかオーナー」

「カリカリするな。我が地下闘技場ドゥオモの優勝者を集めた特別な大会が開かれたのは知っているだろう」

地獄杯ヘルカップですね」

「あの大会ではジャックが優勝した。だが、やはりと言うか、地下闘技場ドゥオモの観客の多くは不満を募らせていてね」

「不満、ですか」

「君が出場しなかったことについてだ」

「別件が重なっていましたので」

「それを責めようと言うわけじゃないんだ。だが、観客は血を求めている。強者同士が命を削り合う、死闘を観た時に全身を駆け巡る、煮えたぎるような熱い血をね」


 あたしもさっき父に言ったことだが、地下闘技場ドゥオモで好成績を収める父にも、地獄杯ヘルカップへの出場権はあった。


 父のリングネームはワイドバグ。


 オーナーが言うように、ネット上の試合賭博ベッティングの場でも「ワイドバグは出ないのか」という不満の声は、あたしも目にしていた。


「どうしろと」

「君とジャックとの特別試合エキシビジョンマッチを用意した」


 マジか。あたしは思わず興奮して扉を開けそうになったが、グッと我慢する。

 憧れの二刀流トゥーウェイと尊敬する父の試合だ。観たくないと言えば嘘になる。

 二人共、地下闘技場ドゥオモの強者でありがら、人気選手同士を徒に闘わせるわけにもいかないという思惑もあったのか、実際に戦うことはなかった。


「既に興行の準備は進めている。君がこの仕事を受けない、と言うなら」

「言うなら?」

「ケジメを取って、君との契約は切る他ない」

「……そんな!」


 ガタリ、と椅子が倒れる音がした。父がオーナーの言い分に、思わず立ち上がってしまったのだろう。


「君は良い剣闘士ファイターだ。だが、他にも試合に喜んで応じる若い剣闘士は沢山いる。ここらで、引退してみるのも良いんじゃないかね」

「しかし」


 口黙る父に我慢ならず、あたしは扉を開いて、父とオーナーの前に躍り出た。


りなよ」

「お前、聴いて……!」


二刀流トゥーウェイとあんたのバトルだろ。絶対最高だって!」

「娘さんの言う通りだ」


 オーナーはにやりと口元を歪めた。


「君達の闘いを、皆が待ち望んでいる」


 父は首を垂れ、長い長い溜息を吐いた。

 それから意を決したようにオーナーを睨みつけると、言った。


「わかった……!」

「やった!」


 あたしは思わず小跳躍ジャンプした。そんなあたし達親子の様子を、オーナーは一人、にやけ顔で観察していた。


 数ヶ月後、ワイドバグと二刀流トゥーウェイジャック・リーとの試合が組まれた。

 あたしも意気揚々として二人の試合をネット配信を通じて観戦した。


 ──結果は、父の惨敗だった。


 途中までは、父もその卓越した戦闘技術を持ってして善戦し、二刀流トゥーウェイに傷を負わせもした。


 だが、そこまでだった。


 二刀流トゥーウェイは、父に傷を負わさせた瞬間、スイッチが入ったように、残虐に父の分身アバターを、その異名の元である二本の鋭い刀で斬り刻んだ。


 先ずは片脚から。


 スパリ、と綺麗な断面図を残して片脚を斬り伏せた二刀流トゥーウェイは、バランスを崩したもう片方の脚を、玉葱でも微塵切りにするみたいに、何度も刃を入れた。

 苦痛の悲鳴が地下闘技場ドゥオモに響き、それから右腕、左腕、と同じように細切れにしていく。


 この残逆なスタイルこそ、二刀流トゥーウェイの人気の理由でもあったが、その相手が父である、と言う事実に肝を冷やした。


 最後に二刀流トゥーウェイは父の分身アバターの眼孔を突き、そこまま分身アバターの脳味噌までを抉り出した。


 父の分身アバターは沈黙した。


「凄い……」


 いつもの癖で、感嘆の声こそあげてしまったが、二刀流トゥーウェイのその勝利を、あたしは初めて素直に喜ぶことが出来なかった。


 家に帰って来た父もまた、沈黙していた。

 地下闘技場ドゥオモのスタッフに担架で運び込まれた父の眼は虚空を見つめていて、口も半開きで涎を垂らしている。


 分身アバターを使った試合は、決してその使用者の安全を保証しない。


 脳接続ブレインアバターインターフェイスを介して、フィードバックした痛み等の感覚は、現実リアルと変わらない衝撃ショックを剣闘士に与える。


 父はその日から、二度と自分で動くことはない廃人となった。


「御紹介しましょう! 今宵に“二刀流”ジャック・リーに立ち向かうはその一人ワイドバグの娘! 父の仇を討つ為にここに来た!  復讐を誓う少女アヴェンジャーガール! ワイドバグJrジュニア!」


 ──そして今日、あたしは父と同じ、地下闘技場ドゥオモの舞台に立っている。


 あれから父の教えを元に、あたしは自身を鍛え続けた。

 同時に二刀流トゥーウェイの今までの試合も、毎日擦り切れる程に何度も見返して、彼への対策を寝ても起きても考えた。


 以前、二刀流トゥーウェイの試合で手に入れた賭けの賞金を元に、分身アバターの新調も完璧に行った。


 父を廃人にした、憧れの剣闘士ファイター二刀流トゥーウェイジャック・リー。


 オーナーに掛け合い、あたしは彼との、この闘いを実現させることに成功した。


 緊張で胸がおかしくなりそうになりながらも、深呼吸をして心を落ち着かせる。


 ──大丈夫。


試合開始レディファイッ!」


 試合開始の鐘が鳴る。

 あたしは二刀流トゥーウェイに向けて、剥き出しの殺意を浴びせ掛けた。


 きっと、悪くない闘いが出来る。そう確信している。


 何故って、あたしこそ、二刀流トゥーウェイの世界一の信奉者ファンだからだ。




……To be continued.

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