隠された一刀(後編)
ワイドバグは、一時期この
「当然、覚えていますが」
「彼女はワイドバグの娘だ」
「ほう」
つまり敵討ちか。確かに、興行として唆るシチュエーションだ。
「彼女はワイドバグがまだ健在だった頃、闘い方を叩き込まれた。二刀流ジャック・リーと、かつての闘技場の
「なるほど。僕に敵う相手を探すよりも、対戦相手のドラマ性を重視したと。流石はボス。で、試合はいつですか」
「一ヵ月後に試合を組めるよう、方々に手配をしてある。君はただどっしりと、父の復讐を誓う少女の仇として待っていれば良い」
僕はオーナーに言われた通り、普段通り他の剣闘士との試合を熟しつつ、一ヵ月後のワイドバグの娘との一戦を楽しみに待った。
ワイドバグは、僕にこそ及ばなかったが、今まで闘った闘技場の剣闘士では最強の一角と言って良い。幼い少女とは言え、そのワイドバグから闘いのイロハを教え込まれた後継者ともなれば俄然期待が募ろうというものだ。
短いようで長い一ヵ月が過ぎ、遂にワイドバグの娘との試合の日が訪れた。
「皆様はかつて、この
捻りも何もないリングネームだが、悪くない口上だ。
僕の四つの目に映る視界にいるワイドバグJrの
「
僕は咄嗟に槍を避けたが、肩を掠った。この電光石火の早業には、ワイドバグ相手にも苦労させられたものだ。
「いいねえ!!」
僕は思わず吼えた。思いがけない好敵手との再会だ。全身全霊を込めてお相手しようじゃないか。
二体の
この動きに翻弄されぬ者はいなかった。ワイドバグも例外ではない。
ワイドバグJrは槍で僕の動きを止めようとするが、その隙が命取りだ。
反対側に待機させたもう一体の
僕は床に落ちた鰐を首をむんずと掴む。その首を観客席に向けて掲げる。
勝利した僕二人は観客の目線を独り占めにする。この闘技場で観客の
──と。
急激に、鋭い痛みが胸から全身を駆け巡った。視界がくらくらと回転するような思いだ。アドレナリンが与える高揚感と似ているが、それとは違う。
「な、に、を」
混乱した意識のまま、
今まで味わったことのない寒気が全身を支配する。
残ったもう一体に迎撃の構えを取らせようとするが、片割れを失った
倒れた
影は倒れた僕の刀を奪い取ると、まだ意識がある方の僕へ近付き、その刀で心臓を一突き、抉る。
「お、ま、え」
その姿は、一人の少女だった。
オーナーに見せられた対戦相手の
娘の身体は、ぬらぬらと血と体液で濡れていた。僕は全てを理解する。
こいつ! その矮躯を
少女は生身の肉体を
僕の隙。それは即ち、勝利を確信し歓声を浴びて興奮しているその瞬間。
「終わりだ」
少女は僕の
世界が廻る。嗚呼、これはもう駄目だろう、と悟った。きっと次に目が覚めることはない。今まで僕が闘ってきた対戦相手と同じように。
成程。二つの肉体を操る二刀流は決して僕だけの十八番じゃなかったというわけだ。
歓声が聞こえる。その歓声は、僕には向けられていない。父の仇討ちを遂げた、小さな復讐者を称える声だ。
全く。
他人への歓声なんて聞いても、全然気持ち良くもない。
彼女への、僕以外に向けた不快な歓声を耳に残して、僕の意識は溶暗した。
……To be continued.
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます