第4話 防衛作戦(1)

と睨めっこしながら屋敷の外に出た時には太陽は傾き始めていた。この街に来た時は昼前だったことを考えると時間はさほどない。地図につけた印を見ながらまず何処から回るべきか考えている俺に耳に元気な声が響いた。


「あっ!魔術師さん、お話終わったんですか?」


 声の方向に視線を向けるとそちらからはヘレスが心配そうにこちらに駆けてくるところだった。少女は興奮しながら俺の顔を見る。後ろに縛った髪の毛が動きに合わせてぴょこぴょこと跳ねていた。


「魔術師さん、ひょっとしてこの街のために戦ってくれるんですか!?」


「まぁ、そうなるな。できることはやらせてもらう」


 俺は彼女の声に答えながら地図を見て目の前の路地に踏み込んだ。すると少女は目を輝かせながら俺の後をついてを歩き始めた。


「あの、私これでもこの街にきて長いんです。何か私にできることはないですか?」


「…すまない、ちょっと思いつかないな」


「そ、そうですか…」


 目の前の少女は俺の返答に露骨にガッカリとした顔をした後、気を取り直すように顔を上げた。


「あの、どこへいくのか教えてくれませんか!荷物運びぐらいならできます!」


 少女の押しの強さに少し辟易しながら俺は彼女に返答する。


「まずは水場を調べておく必要がある。街の中央を通る運河をこの目で見ておかなくては」


「えっ?」


 俺がそう答えると、少女は驚いた顔をして立ち止まった。俺は怪訝な顔をして彼女を見る。


「どうした?」


「えっと…魔術師さんが言っている運河って街の中央の運河のことですよね」


「そうだが?」


「ここから東にある運河のことですよね」


 俺は地図に目を落とす。


「そうなるな」


「…そっちは南です。この路地を行くと塁壁まで出ちゃいます」


「………」


 俺は無言で地図をぐるりと回した。


「なるほどわかった。そこの道を行けば…」


「そっちは北です。倉庫街に繋がってます」


「………」


 俺は無言で地図を目の前の少女に差し出した。


「すまない、土地勘がないんだ。道案内してくれないか?」


「…もちろんです!これでも馬車の駅員ですので、力の限りお手伝いさせていただきます!私の後についてきてくださいね!」


 意気揚々と歩いていく彼女に置いていかれないよう俺は小走りにその背を追いかけた。




「どうして俺の手助けをしてくれるんだ?」


 先導する少女の背に声を投げかける。少女は驚いたようにこちらを振り向いた。


「どうしてって…魔術師さんは私の命の恩人じゃないですか!あそこで盗賊にかこまれて、もうダメかと思って…そんな時あなたが先に私を助けてくれたんじゃないですか!」


「確かに、君を助けることができたが…馬車を守ることはできなかった」


 彼女の夢の話が脳裏に浮かぶ。目標を目指して積み上げてきたものが一瞬で崩れ去る。それをこの娘も味わったのだ。


「俺が本物の魔術師ならそもそもあんな事態に陥らなかったはずだ。盗賊の撃退も馬車の保護ももっと上手くできたかもしれない…」


 俺はそんな憂鬱な思いをかかえ、視線を下げる。その時、俺の目の前に彼女は飛び込んできた。


「そんなこと言わないでください!」


「な!?」


 俺は驚いて立ち止まる。彼女は矢継ぎ早に捲し立てる。


「助けてくれた時、私本当に嬉しかったんです。凄くて、不思議で…まるで、お母さんが話してくれたお伽話の魔法使いみたいだって思ったんです。だから、自分をそんなに卑下しないでください。自分が偽物みたいな、そんなこと言わないでください!」


「私にとって、あなたは本物の魔術師さんなんです!」


 彼女の目には大粒の涙が浮かんでいた。伝わってくる彼女の感情、その重み。俺はゆっくりとため息をついた。


「わかった。術を尽くしてこの街を守ると誓おう。行こう、この先だろう?」


「…はい!」


 彼女は身を翻してかけていく。その背には先ほどの悲しみも未来に対する不安も感じられない。


(たとえ、偽物の魔術師だったとしても、せめて、彼女の期待に応えなくてはな…)


 俺は心の中でそう呟き、杖を握りしめた。




「ここが運河です。もう少し水量がある時期はここを利用して下流に積み荷を運びます」


「なるほど、立派な運河だ」


 俺は橋の上から運河を見下ろす。幅も広さもしっかりしている。今の水量では船が通るのは難しいだろうが、この分ならあの術が使えるだろう。俺は杖を構える。


『揺蕩う水蛇(スルターレ・サーペンティヌス・マリヌス)』


 ルーンと共に杖から湧き出した魔力が運河に染み入っていく。全ての魔力が水に満ちた後、運河の水そのものがほんの少し光って震えた。


「わ…今のはどんな術なんですか?」


 目を輝かせるヘレス。俺は杖の先を指で叩いた後それに答える。


「賊が街に火をかける可能性がある。それに備えるための火消しのための術だ。可能性は低いだろうが水路からの侵入にも対策できるはずだ」


「おぉ〜、じゃ、じゃあ次はどこ行くんですか!」


 期待に満ちた目を向け地図を広げる彼女に対して俺は地図の一点を指さした。


「次はここだな。案内してくれ」


「え、そこですか!わ、わかりました!」


 驚く彼女と共に俺は水路を後にした。




「ここがこの街唯一の石像の工房です。腕前が良くて近くの街にも評判で、私も何度か積み荷として運ばせてもらったんですよ。普段なら職人の方がいるはずですけど…」


 俺は彼女に案内されて街の端の工房に訪れた。あたりには裸婦像や英雄像などいくつもの石像があたりに布をかけて転がっていた。


「失礼するが、誰かいらっしゃらないだろうか!」


 俺は入り口から大声をあげる。一応町長宅にいた時に言伝を頼んでいたはずだが、返事は聞こえなかった。


「留守でしょうか」


「だとしたら仕方ないな。時間を無駄にできない、出直すか」


 そんなことを話しながらその場を後にした瞬間、ボサボサした髪の小太りの職人が工房の奥の闇からぬっと現れた。


「………こんにちは」


「わ!驚かせないでくださいよ」


「…すまん」


 突然出てきた職人はボソボソとした口調で彼女に謝った後、こちらに向き直った。


「それで、なんの用だ?賊が攻めてくるんだよな。こんな時に石像を作っていてもしょうがないから、うちの工房の奴らはみんな壁の修理やら力仕事やらで駆り出されちまったが…」


「そう時間は取らせない。ただ、この店の石像を10体ほど買い取らせて欲しいんだ。料金は町長殿に請求してくれ」

「石像を、か?」


俺の要請を聞くと男は目を丸くしてこちらを見つめた後、一言呟いた。


「あんた、魔術師だよな。兵士さんが言ってたぜ、腕利きの魔術師が助けてくれるって」


「いや、俺は…「そうです!」」


 咄嗟に訂正をしようとした俺を鼻息荒くヘレスが遮った。


「魔術師さんはすごい魔術師なんです!」


「そ、そうか…」


 ヘレスの勢いに押された職人は少し考えた後、顔を上げた。


「ひょっとして、あんた、ゴーレムってやつが作れるのか?」


 ゴーレム。意思なき物体に一時的な命令を与え、意のままに操る魔術の一種。俺は頷く。


「ああ、人型は動かしやすい。今回の防衛にここの石像を使わせてもらおうと思ったんだ」


「そういうことなら、俺も文句はない。盗賊が街に入ってきたら石像なんて壊されるか奪われるかだろうしな…。でも一つ条件というか希望があるんだ。ちょっと待っててくれ」


 そう言うと、男は工房の中に戻り、すぐに台に乗せて一つの石像を運んできた。石像は鷲の紋章が刻まれた盾を身につけた戦士の姿をしていた。


「不落の勇士カーロンか」


「わかるのか?」


 職人の言葉に頷く。盾に鷲の紋章、象の牙の意匠が刻まれた兜といえばこの男だ。たった500人で10000を超える魔物の軍勢の凌ぎ切ったその偉業は現在まで様々な形で語り継がれている。


「この像は俺が新米の時に作ったんだ。あんまり出来は良くなかったから見本用としてしまっておいたんだけどさ。子供の頃に憧れたんだよ、こいつの物語にさ。なぁ…」


 そこまで言うと、職人はこちらをじっと見つめた。


「こいつが動くところを見てみたいんだ。まずこいつをゴーレムにしてみてくれないか」


「ま、魔術師さん!やってあげてください」


 すっかり感極まるヘレスは置いといて、俺は石像に視線を向ける。見た目だけなら問題なく見えるが、石像にそこまで詳しくない俺では見ただけでは材質の強度やヒビの有無はわからない。俺は像に杖を当てた。


「や、やるのか?」


「少し待ってくれ。調べているところだ」


響査エコール


 こん、と像に当たった杖から響く音が像に染み込んでいく。音は像の中で反響し、内部に染み込む。やがて震えは俺の中に返り目に見えない傷や水分の染み込んだ場所を教えてくれた。


「ふむ…」


「ど、どうだった…?」


 職人とヘレスは期待半分、不安半分な様子でこちらを見つめてきた。俺は石像に杖を当てたまま彼らに顔を向ける。


「大きなヒビも脆くなっているところもない。しっかりと手入れされているようだな」


「じゃ、じゃあ…」


「問題なくゴーレムとして運用可能だろう」


 そう言うと、俺は石像の頭部に杖を当て、力持つルーンを刻み込んだ。


生の刻印エメト・スクリヴァ


 すると、英雄の石像はゆっくりと瞼を開けた。石でできた瞳に生気が宿り、手足に力がこもる。先ほどまで何の変哲もなかった石像は今や魔術師の僕としてこの世に命を得ていた。


「お、おぉ…信じられない。俺の…俺の作った像が動いてる!」


「す、すっごーい…」


 職人とヘレスは目を丸くして命令を待つ像を見つめていた。俺は懐から腕輪を取り出し、その表面に制御のルーンを刻み込むと、職人に差し出した。


「この腕輪をはめていればゴーレムの制御ができる。もう少し腕輪を渡すから他の職人にも配っておいてくれ」


 腕輪を差し出された職人が目を剥く。


「お、俺が…俺たちが像を動かすのか!?」


「俺一人ではあまり多くの石像は動かせない。それに作った本人の方が像自体に対する理解が深いはずだ。魔力を通すまでは俺がやるから制御は任せる。後で簡単な運用上の覚書を渡すから仲間内で確認しておいてくれ」


「お、俺が…俺たちが、これを…」


 目を潤ませる職人を背に俺は像に刻印を刻んでいった。

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魔術師失格 〜三流魔術師の独自理論〜 @mountainstorn

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