電車での告白
「……というわけになった。ごめん」
「な、なにを言ってるんですか?」
翌日。
俺はこよりを呼び出し、昨日あったことを事細かくありのまま伝えた。
こよりは頬を斜めに歪めながら、意味がわからないと訴えかけてくる。
「俺だって何を言ってるんだって思う。けど、俺は姉の紗香に恋愛感情を抱いちゃってるんだ」
「さすがに笑えない冗談ですね……。 神田くん、お姉ちゃんにされたこと忘れちゃったんですか? 罰ゲームで告白されて笑いものにされたんですよね? それに、私に変装までして撹乱してきたんですよ? なのに、好きになるなんておかしいじゃないですか。目を覚ましてください!」
「忘れてない。けど、……ほんとごめん」
「そのごめんはどういう意味ですか。私の気持ちには応えられないって、そういうことですか?」
俺は下唇を噛みながら、首を縦に下ろした。
俺の感情が別の女の子に向いている以上、こよりの気持ちには応えられない。
「ちゃんと私の気持ちに向き合ってほしいって言いましたよね……。その結果がこれですか。私ってなんなんですか。ただ神田くんに好きって伝えただけなのに……お姉ちゃんのせいで疑われて、散々冷たくあしらわれて……私の無実が証明されたら今度はお姉ちゃんが好きって理由で振られるんですか? 頭がどうにかしちゃいそうなんですけど」
虚ろな目で俺を見ながら、淡々と無機質に嘆くこより。
俺は今一度、深く頭を下げて。
「ほんとごめん。こよりには俺の勘違いで酷いことした。でも、今の俺がこよりの気持ちに応えることはできない」
「全然納得できませんけど。そもそもお姉ちゃんと付き合える目論見があるんですか?」
「それは、ないけど」
「なら私でよくないですか? どうせ顔も同じですし、体型だってほとんど変わりません。喋り方なら頑張って変えますよ。髪だって短いのが好みなら今すぐ美容院で切ってきますけど」
「そういうことじゃないんだ。……ごめん」
何度も何度も謝る俺。
我ながら最低なのは自覚している。でも最低なりの誠意はある。
紗香に惹かれているのに、こよりと付き合うことはできない。彼女の好意を利用することはできない。
「……わかった。もうよかばい」
こよりは悲しげに俺を一瞥すると、踵を返して教室に戻っていった。
★
自分で自分が嫌になる。
その後の授業も、明くる休日も、俺は虚無な時間を過ごしていた。
抜け殻といって差し支えないと思う。
週をまたぎ、月曜日。
また学校が始まるが、俺の足取りはいつになく重たかった。
恋をすると人生が楽しくなると聞いたことがあるが、全然そんなことはない。感情を自分で制御できたら楽なのにな……。
「おはよ。ナイトくん」
「おは……」
名前を呼ばれ反射的に口を開く。しかしその声を俺はすぐに堰き止めた。
改札の近く、コートに手袋マフラーと完全防備をした紗香が立っていた。
「なに幽霊でも見たような顔して。あたしの顔なにかついてる?」
「いやどうしてここにいるんだ」
「まぁいいじゃん。ほら、電車来るから早く行こ」
「ちょ、おい」
紗香は俺の制服の袖を掴んでくる。
間も無くやってきた電車に一緒に乗り込んだ。
人でごった返した車内。
扉の付近に紗香を立たせ、俺は吊り革に掴まった。
「はぁ、まだまだ寒いね。そろそろ3月だしいい加減あったかくなってほしい」
「ああ、そうだな……」
「ナイトくんは手袋しないで大丈夫? カイロあげよっか?」
「問題ない。それよりどういう風の吹き回しなんだよ?」
雑談に花を咲かせる余裕はない。
彼女がどうして俺を待ち伏せしていたのか、理解出来ないからだ。
紗香はポリポリとこめかみを掻くと、ぶっきら棒に。
「先週さ、ナイトくん言ってくれたじゃん? 私のことが好きとかなんとか」
「あ、ああ」
「あれから色々考えて、まぁそれも案外アリなのかなーって」
「アリ? なにがアリなんだよ」
「もう、ホント鈍感だね。ナイトくんと付き合うこと以外にないでしょ?」
「は、はぁっ?」
思わず酔狂な声をあげる俺。
居合わせ乗客から白い目を向けられ、俺はその場で萎縮する。
「嫌なの? あたしのこと好きとか言っといてさ」
「嫌ってわけじゃ……でも、俺のこと嫌いなんだろ。それに、俺とは過去になにかあるみたいだし」
「そう言うの全部ひっくるめて付き合ってもいいかなって言ってんの。どっち? 付き合うか付き合わないか今決めてよ」
「ま、待ってくれ。展開が急すぎる! 突然、結論急がされても」
何が一体どうなってんだ。
紗香は呆れたように吐息を漏らすと、やれやれと両手を上げた。
「はい、タイムオーバー。あたし、判断の遅い男嫌いなんだよね」
「え、早いって。決める。今すぐ決めるからもうちょい時間くれ」
「やだ。てか、ナイトくんは本気であたしのこと好きなの?」
「……っ。そりゃ、まぁ、もちろん」
ジッと上目遣いで俺を捉え、問いかけてくる。
ドキッと心臓が高鳴るのを感じた。これは彼女を好きである証拠だ。
「ならさ、今、あたしにキスしてみてよ」
「キス?」
「そう、キス。それができたら信じてあげる。ほら」
「……っ。……ま、まじかよ」
紗香はまぶたを落とすと、綺麗なその顔面を差し出してくる。
白く澄んだ肌。薄桃色の唇は若干湿っていて艶かしい。
電車という公共の場でキスはすべきじゃないとは思う。
でも、俺の気持ちを信じてもらうには、今、この場で行うしかない。
こうなったらヤケクソだ。
俺のファーストキスをくれてやる!
「こ、これでちっとは信じる気になったか?」
数秒間、軽く触れ合う程度だったが、間違いなくキスをした。
俺の顔がみるみると赤くなっていく。紗香の頬にも赤みが宿っていた。
「はい。信じてあげます」
「……? なんか話し方おかしくないか?」
「そうでしょうか。むしろさっきまでがおかしかったですよ?」
「え、おい……何を言って」
呆然と口を開けながらも、この状況を徐々に理解していく俺。
紗香の雰囲気が、一瞬にして変わった。髪は短い。けれど、目の前にいる彼女がこよりであることは直感的に理解できた。
「お姉ちゃんのこと好きとか言っていた割には、私とお姉ちゃんのこと見分けつけられないんですね。神田くん」
「いや、だって……髪とか」
「ああこれですか。一昨日切ったんです。似合いますか?」
「…………」
「むう。無視しないでください。私のこと好きなんですよね? そういう態度はひどいと思います」
「俺が好きなのはお前じゃなくて……」
「でも私にキスしましたよね? さっきの私のファーストキスだったんですよ? ちゃんと責任とってくださいね♡」
紗香あらためこよりは俺の背中に両手を回してくる。
公衆の面前にも関わらず、躊躇なく抱きついてきた。
甘い香りが漂う。しかし俺はもうそれどころではなかった。
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