保健室にて看病

 昼休みになった。

 今朝から体調が芳しくないが本格的に悪くなってきた。


「マジで頭痛くなってきた……」


 ズキズキと痛む頭を抑えながら、俺は保健室へと向かう。

 さすがに午後の授業を受けられる状態ではなさそうだ。


「あ、神田くん。食堂に行くんですか?」


「え? ああ……こよりか……」


「約束通り名前で呼んでくれるんですね。嬉しいです」


「……っと」


 俺は近くの壁に手をつき、そのままズルズルと座り込む。

 異常なまでに身体がだるい。立っている余裕がなくなっている。


「だ、大丈夫ですか?」


「今朝からあんま体調よくなくて……」


「大変じゃないですか。保健室、保健室行きましょう!」


「あ、ああ……」


 こよりが俺の身体を支えてくれる。

 彼女にもたれながら、覚束ない足取りで保健室に向かった。




 保健室。

 先生は不在だったが鍵は空いていた。

 こよりに促されるがまま、俺をベッドに横になる。


「38度4分。ちゃんと熱出てるじゃないですか」


「道理で身体が重いわけだ」


 それだけ熱があったら身体が思い通り動くわけがない。

 こよりは心配そうに俺を見つめながら、濡らしたタオルを俺の額に乗せてくれる。


「神田くんが今考えてること当てていいですか?」


「ん、ああいいけど」


「私が本物か偽物かどっちだろう、ですよね?」


「こよりだろ。名前で呼ぶ約束をしたのは本物のこよりだ」


 こよりは戸惑いに目の色を変えると、不安げに続ける。


「そのくらいお姉ちゃんなら推測できると思います。信じるに足る根拠にしては弱いんじゃないでしょうか」


「そんなに疑ってほしいの?」


「そういう訳ではないですけど……」


「それに俺、初音姉妹を見分けるいい作戦を思いついてるんだ。もう騙されずに済む完璧なアイデア」


 こよりは目をパチパチさせると、興味深げに見つめてくる。


「なんですか? 教えてください」


「それは……」


 今朝からずっと気を張っていたせいか、もう限界が来ている。

 線が途切れたように俺の意識がプツリと落ち、俺はそのまま夢の世界に旅だった。



 ★



 目が覚めると、空は夕焼け色に姿を変えていた。

 四時間くらい寝ていたらしい。時計の短針が120度進んでいる。


「あ、起きたわね。おはよう。体調はどう?」


「まあ、はい。それなりに」


 おそらく保健室の先生だ。白衣を着ている。

 体温計を手渡され脇に挟む。ピピッ、と電子音が鳴った。


「37度3分。うん、微熱はあるけど大丈夫そうね。その子はカノジョさんかしら?」


「え?」


 斜向かいで、こよりが腕を枕代わりにしながら座った状態で眠っていた。


「授業に戻りなさいって言ったんだけどね、ずっと貴方の看病してたのよ。疲れて寝ちゃったのね」


「そ、そうですか……」


「親御さん呼ぶ? 一人で帰れそう?」


「いえ一人で大丈夫です」


「そう? じゃ、私は別の仕事あるから保健室開けるわね。好きな時間に帰ってくれていいから」


「はい、すみませんお世話になりました」


「それならその子に言ってあげて」


 先生はふわりと微笑むと保健室を後にする。

 こよりと二人きりになった俺は、小さく吐息を漏らし天井を見上げた。


 熱に浮かされたせいだろうか。いや、違うな。


 ドキドキと心臓が高鳴っている。


 つきっきりで看病してくれた。

 その事実がどうやら俺にはクリティカルヒットだったらしい。

 彼女を見るだけで、心臓がうるさく響いている。少しは鎮まってほしい。


 なるほど、こういう感覚なのか。人を好きになるっていうのは。


「俺、お前のことが多分……」


 こよりのサラサラなロングヘア。

 触れたい衝動が抑えきれず、俺はそっと手を伸ばしてしまう。


 と、そのタイミングでこよりが寝返りを打った。


「っぶな。何しようとしてんだ俺」


 許可もなく髪を触ろうとした。明らかに理性が欠けた行動だ。

 踏みとどまれたことにホッと一安心する……と、その時だった。


 ──ズサッ


 なにかが床に落ちる音。

 床に落ちているのは髪の毛だった。群青色の長い髪。


「んぁ……あ、おはようございます。神田くん。体調どうですか?」


「な、なんでお前がいるんだよ」


 当惑する俺に違和感を感じ取ったのか、彼女は視線を床に落とした。


 外れたウィッグを見るなり、彼女は顔面を蒼白させる。

 一瞬にして首や耳まで真っ赤に染め上げると、ぎこちなく頬を緩めた。


「あはは……イメチェンで髪をバッサリ切ったんです……。似合いますか?」


「…………」


「って、厳しいかそれは。あーあ、何で寝ちゃうかなあたし」


 ため息を漏らし、虚空を眺める紗香。

 さすがに誤魔化せる状況ではないと察したのか、天を仰いでいた。

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