どっちが妹か確定したけど、それどころじゃない
「私が本物です。まだ信じてくれませんか?」
俺が初音姉妹を見分ける手段は二つ。
一つは髪型。
短い方が姉の紗香で、長い方が妹のこよりだ。
しかしこれにはウィッグを付けるという対策が存在する。ショートヘアの姉の紗香を見分ける時には有効ってところか。
もう一つは、俺と目を合わせて赤面するかどうか。
姉の紗香であれば赤面しない。妹のこよりなら赤面する。
一見ふざけているがこれは有効な手だと思った。初音姉が俺と目を合わせて顔を赤くするとは思えないからな。しかしその前提が間違っていたのかもしれない。
「ごめん、信じられない。どっちが本物の妹の方か俺じゃ区別がつかない」
今ある情報量だと、どちらも本物に思える。
初音こよりだと判断するに足る材料を、二人とも持っているのだ。
「神田くんに見分けてもらえないの結構傷つきますね……」
「と、友達にだって間違われるんだろ。俺にそれを求めるのは酷って話だ」
「そうですけど。神田くんにだけは私のこと分かって欲しいです」
「……姉妹でどっちも赤面されたら見分けがつかないっての」
俺は首筋を掻きながら、ぶっきら棒に呟く。
「え、本当ですかそれ……でも、なしてお姉ちゃんは……」
顎先に手を置いて悩ましげに顔を歪めている。
ひとしきりブツブツと呟くと俺の制服の袖を掴んできた。
「神田くん、今からお姉ちゃんの教室に行きませんか?」
「ああ、俺もそう思ってた」
今、姉の紗香の存在を確認できれば、彼女が妹のこよりであることを確定する。
俺が頷いてみせると、ちんまりと制服の袖を掴んできた。
「私がこよりだと確定したら、神田くんに一つお願いがあります」
「お願い?」
「妹の方とか、そんな記号みたいな呼び方じゃなくてこれから名前で呼んでください。そしたら私も神田くんのこと名前で呼び──」
「呼ばなくていい!」
「え?」
「あ、悪い。急に大きな声出して。……わかった。お前がこよりだと確定したら、今後は名前で呼ぶようにする。ウダウダしてるとHR始まるし早く行こう」
「は、はい。了解です」
突然、俺が大声を出したせいか、すっかり萎縮させてしまった。
知っての通り、俺はキラキラネームだ。
これは俺のコンプレックス。名前で呼ばれるのは好きじゃない。
それでつい過剰に反応してしまった。悪い癖だな……。
1年4組。
初音紗香が在籍するクラスにやってきた。
「お姉ちゃんいませんね……」
「いないな」
ここで一目でも姿を確認できれば本物のこよりがわかるが、そう上手くはいかないみたいだ。
「ん? なにしてんの? こより」
「うぇ? お、お姉ちゃん⁉︎」
「うん。あたしはこよりのお姉ちゃんだけど。驚すぎじゃない?」
「だ、だって、教室にいなかったし……どこかに隠れてるのかと」
気を動転させるこよりと、あっけらかんとしている紗香。
これで本物のこよりは確定したが、俺もこの展開は意外だった。
教室いなかった以上、紗香はどこかに隠れていると思った。そうすればどちらが本物なのか不確定にできる。
しかしこうして目の前に現れ、あまつさえ声を掛けてきた。俺が紗香の立場なら絶対に声は掛けない。
「よくわかんないけど、あたしはお手洗いに行ってただけだよ。あれ、ナイトくんじゃん。どったん? あたしに会いにきた、とか?」
「会いにきたわけじゃない。存在を確認しにきただけだ」
「ぷはっ、なにそれ変なの。てか聞いたよー。あたしがこよりに変装して、ナイトくんを騙してるとか何とか。言っとくけど、あたしそんなことしてないからね」
「は? なに惚けてんだ。そうじゃなきゃ整合性が取れない」
ついムキになって切り返してしまう。
「んー、よくわかんないけど幻覚でも見たんじゃない? 冷静に考えなよ、あたしに何のメリットがあるの?」
「俺のことが嫌いなんだろ……。十分な動機になる」
「別に、あたしはナイトくんのこと嫌いじゃないよ」
「なにを今更──」
俺は呆れたように口を開く。
と、次の瞬間、頬に柔らかい感触が走る。俺は思わずその場で固まった。
「ふぁえ⁉︎ お、お姉ちゃん⁉︎ なんばしよっと⁉︎」
俺がフリーズする中、こよりが動揺をあらわにする。
唯一この場で冷静な紗香は、にへらっと笑みを咲かせると。
「嫌いな相手にキスなんてできないでしょ? この前は罰ゲームで告白なんてしたりしてごめんね? 今のはそのお詫びってことで」
「な、なにして」
「あはは、ナイトくんめっちゃ可愛い。あんま恋愛経験ないんだ?」
「は、はぁ? 勝手に決めつけんな」
誰とも付き合ったことないけど、だからって断言されるのは遺憾だ。
「なして今、神田くんにキスしたと……?」
「だってナイトくんがあたしを疑うからさ、こうしたら少しは信じてもらえるかなーって」
「私が神田くんのこと好きなん知っとーよね⁉︎ ううっ……お姉ちゃんのバカ! アホ! 変態!」
こよりは涙目になりながら、矢継ぎ早に喚き散らす。
悔しそうに下唇を噛みながら、廊下を走り去っていった。
「あ、行っちゃった。ナイトくんのせいでこよりに怒られちゃったじゃん。どう責任とってくれるの?」
「自分のせいだろ……」
俺は右頬をななめに引き攣らせながら、険しい表情を浮かべる。
ああ、本格的に頭が痛くなってきた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます