初めての相合傘その2

 人生初の相合傘を、あろうことか初音妹に捧げることになった。

 何事も初めては記憶に残りやすいし、今日の出来事も脳の深くに根付いてしまうかもしれない。最近の俺はロクなことがないな……。


「あんまり離れないでくれないか。傘が小さいんだ」


「でも、こう言うの初めてで緊張します……」


 緊張か。生憎と俺はまったく緊張していない。

 もしもこれが好きな女の子とだったら、緊張のしすぎで吐いてたかもしれないが。


「こ、このくらいですか?」


「肩が濡れてるだろ」


「こうですか?」


「近すぎる。俺に触れるな」


「オーダーが難しすぎます!」


 今更だけど、コンビニで傘を買えばよかった。

 そうすれば折り畳み傘を分けて使う羽目にならなかった。思慮が足りないな。


 雨を凌ぐために一緒に傘を使っているだけだが、無言が続くのはいくらか気まずい。

 どうせなら気になっていたことを聞いてみるか。


「一つ聞いていいか」


「はい」


「たまに方言が出てきたりするのはなんなんだ」


 俺が指摘すると、初音妹は加速度的に頬を赤くする。


「う……やっぱり気づきますよね。私、生まれは福岡なんです。気を抜くとすぐに博多弁が出ちゃうので敬語で話すようにしてるんですけど、それでも反射的に博多弁が出ることがあります。おかしいですよね……」


「別に。そもそも無理に東京の話し方に染まる必要もないだろ」


 初音妹は一気に顔を赤くすると、その場で俯いた。


 居た堪れない空気に耐えかね、俺はぶっきら棒に全く別の質問をぶつけた。


「お前、人格が二つあるのか?」


「一つしかないですけど。どういう意味ですかそれ」


 こうして身近に接していると、あの日、駅であった初音妹が別人に思えてくる。


 でも顔は同じだったし、髪だって腰に届くくらい長かった。

 あれは間違いなく初音妹。でも何か、大きな見落としをしているような……そんな違和感。


「あ、でも双子なのでお姉ちゃんは私にそっくりですよ。友達でも私とお姉ちゃんを間違えますし」


「へえ」


「もう少し興味持ってくれてもよくないですか。双子ですよ」


「双子なのは知ってる。有名だし」


「じゃあ、私とお姉ちゃんの見分け方は知ってますか?」


「髪の長さだろ?」


「違います。私の目をよく見てください」


「……? ああ」


 立ち止まり、初音妹の目を真正面から見つめる。

 茶色がかった綺麗な瞳。影が落ちるほど長いまつ毛。


 改めて見ると、やはり綺麗な造形をしている。


「か、神田くんに見つめられて顔を赤くするのが私です。顔を赤くしなければ、お姉ちゃんだと思います」


「は?」


「好きな人に見つめられたらドキドキして顔が赤くなります。神田くんにだけ出来る一番簡単な見分け方です」


「大した役者だな。まだ俺のことが好きなスタンスなのか」


「なんば言いよーと⁉︎ 初めから一貫して、私は神田くんがばり好きったい!」


 恥ずかしいことをよく抜け抜けと。


 しかし、今の初音妹は本当に顔を赤くしている。

 これは演技で出来る領域を超えている気がしてならない。


「どうして信じてくれないんですか。私、そんなに嘘を吐いているように見えますか」


「罰ゲームでチョコ渡すことになったって伝えてきたのはそっちだろ」


「はい? 神田くんは何の話をしているんですか?」


「惚けるのも大概にしろよ。公開告白をした後のことだ。駅の近くで俺を待ち伏せしてただろ」


 きょとんとした顔で、初音妹はまぶたを瞬かせる。


「身に覚えがないです。あの日は色々思い返して恥ずかしくなって、家のベッドでひたすら悶えてました。あの後は誰とも会ってません」


「信じられるかそんな話」


 現に俺の前に、初音妹は現れたのだ。

 それがなによりの証拠。嘘を塗り固めたって通用しない。


「もしかしてそれお姉ちゃんじゃ……ばってん、そげんことする理由が……」


「髪は長かった。お前の姉はショートヘアだろ」


「ウィッグを被れば誤魔化せます。お姉ちゃんは私のモノマネ上手ですし、家族以外なら見抜くのは難しいと思います」


 ウィッグ。……そうか、それがあったか。


 俺は髪の長さだけで、初音姉妹を見分けていた。

 あの時のは妹に変装した姉だったなら、俺の違和感はスッキリするが……。


「神田くんと話が噛み合わなかった理由に合点がいきました。目的はわからないですけど、お姉ちゃんが余計なことをしている気がします。帰ったら確かめてみますね!」



「そう言ってまた俺を騙すのか。もう懲り懲りなんだよ」



「え?」



 確かに、初音姉が画策していたと仮定すれば、納得のいく点は多い。

 けど、これも彼女たち姉妹の企みだとしたら、俺はまた罠にかかっていくことになる。もう何度も何度も騙されるのは御免だ。


「真実はどうでもいい。今後、俺に二度と関わらないでくれればそれが解決なんだ」


 だからそう、これが最適解。

 関わりさえ持たなければ、俺はもう騙されることはない。


 歩を進める。しかし初音妹はその場で立ち止まり、自ら雨に打たれた。



「そんなの……そんなの嫌ばい。私の気持ちも少しは考えてほしか」



 雨に紛れて、初音妹の目からもポツポツと流れる。


「もしお姉ちゃんが何かしとったなら突き止めるたい。やけん、そげんこといわんでよ。私は神田くんが好きなだけばい」


 心から訴えかけるように、気持ちを昂らせながら、彼女は強く主張してくる。

 嘘を吐いている人間の言葉には見えない。いや、違う。俺は違和感に気づいていた。


 初音姉が、妹に変装していた説が浮上して、俺の中でここ最近の出来事の辻褄が合ったのだ。

 彼女は純粋に俺を好きでいてくれている。それを理解できたはずなのに、楽な道へと逃げようとした。


「ああ、くそっ!」


 俺は鬱屈とした気持ちを吐き捨てると、乱暴に髪の毛を掻きむしる。


 傘を初音妹に向け、今度は俺が雨に対して無防備になった。


「か、神田くん?」


「昔から女の子を泣かせるのだけはダメだってキツく言われてきたんだ。なのに、なにしてんだ俺……。ごめん、今のは全面的に俺が悪かった」


 今の俺は間違いなく、自分のことしか考えていなかった。


「あ、謝らんでよかよ。私がお姉ちゃんに問い詰めてみるばい」


 ちんまりと制服の袖を掴んでくる。

 上目遣いで俺を捉えると、訴えかけるように。


「そん代わり、解決したらちゃんと私の気持ちにも向き合うてほしか」


 その健気な仕草に、俺は不覚にもドキッとさせられた。


 ああもう……本当に調子が狂うな……。

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