初めての相合傘その1

 初音妹からの公開告白は相当数の目撃者がいたようで、俺は一躍時の人となっていた。

 幸か不幸か、時の人になるのは慣れている。クラス替え初日の自己紹介で、俺は悪目立ちをするからな。普通に名乗るだけで眉根を寄せられ、キラキラネームだと理解されるや否や、奇異の目に晒される。


 こういった時に大事なのは、静観することだ。

 何か聞かれても当たり障りのない返事をして、つつがなくやり過ごす。それが最適解。


「そろそろ帰るか」


 人目を避けるため、最近は下校時間を意図的に遅くしている。

 図書室で十二分に時間を潰したため、俺はバッグ片手に帰途に就いた。



 外に出ると、パラパラと雨が降っているのに気づいた。

 傘を差さないと絶妙に鬱陶しいレベルの降水量だ。


「あ、神田くん」


 折り畳み傘をバッグから取り出していると、とてとてと近づいてくる足音がした。

 聞き覚えのある声につい眉を顰めてしまう。


「どうしてあれから何も反応をくれないんですか? 私、一週間我慢したんですけど……」


「…………」


「あ、告白の返事を催促したいわけではないんです。私だって、神田くんにチョコを渡すかどうか散々悩みましたし。でも全く音沙汰がないのは不安と言いますか……」


「…………」


「神田くん? 私の声って聞こえてます?」


「お前、一体なにを考えてんだよ」


 俺はぶっきら棒に吐き捨て、目尻を尖らせた。


 初音妹はビクッと肩を上下させる。


「わ、私が考えてるのは、神田くんのことばっかりですけど」


「俺にあんなことしておいてか。よく言えるな」


「人前で告白したこと怒ってるんですか? あれはつい勢いに……」


「素っ惚けるなよ。まだ俺をおもちゃにしたいわけ?」


 もう、十分に満足しただろ。

 姉妹揃って俺を笑いものして楽しかっただろ。


 どうしてまだ俺に絡んでくるんだ。


 雨足が強くなっていく。

 だが、傘を差していない初音妹を気遣う余裕など今の俺にはなかった。


「き、気に触ることしたなら謝りた──」


「俺に触るな」


 制服の袖を摘んでくる初音妹。

 脊髄反射でそれを振り払うと、足早に駅に向かった。




 雨足が更に強まっている。

 駅に到着する頃には大雨に変わっていた。


 人の少ない駅のホームで、電車が来るのを待つ。

 そんな俺の脳裏に過ぎるのは、初音妹の悲しみに満ちた目だった。


 どうしてああいう顔が出来るんだ。悪いのは全部、お前だろ。


「ああ、もうっ!」


 俺は乱雑に頭を掻きむしる。

 ちょうど電車がやってきたが、俺は踵を返して来た道を戻った。




 昇降口の前。

 すっかり人の気配がなくなった場所で、哀しげに壁に背中を預けている初音妹がいた。


 我ながらどうかしていると思う。

 でもこれは俺のため。後で余計な罪悪感を抱かないためだ。


「傘、持ってないのか?」


 こくん、と小さく頷く初音妹。


「予報じゃ夜まで止まない。これ使っていいから早く帰れ」


「神田くんはどうするんですか?」


「教室にもう一個予備がある。それを使って帰る」


「そんなのすらごとばい」


 すらごと……確か、『嘘』って意味だったはず。


 苦しい嘘なのは自覚しているが、指摘されるのはムカつく。


「いいから、俺の気が変わらないうちにこれ使って帰れよ」


「……はんぶんこ」


「は?」


「はんぶんこすればいいんじゃないですか?」


 初音妹は頬を赤らめながら、チラチラと俺を見てくる。


「誰がお前と相合傘なんてするか」


「なしてそげんこと言うと⁉︎」


「俺を待っていたせいで風邪を引かれるのは後味が悪い。俺が気持ちよく明日を迎えるためにこれ使ってさっさと帰れ」


「やけん一緒に使うたらよかばい」


 俺は重たくため息を漏らす。


「この傘を使って一人で帰るか。このまま雨宿りを続けるか。選択肢は二つだ。他にはない」


「どっちも嫌」


 なんなんだこの女……。

 つくづく俺の神経を逆撫でしてくる。


「わかった、じゃあそのままそこで雨宿りしてたらいい」


「置いてかれるのはもっと嫌、です」


 初音妹が俺の制服の袖を掴んで引き留めてくる。


 その庇護欲を駆り立てる仕草に、俺の思考が崩される。ああ、調子が狂うな……。


「駅まで……だからな。その後は知らない」


「はい! 神田くん大好きです!」


 初音妹は満面の笑みを咲かせる。

 本当に理解できない女だ。どうしてこの期に及んで好きって言えるのか。


 考えるだけ余計に疲れそうだな……。

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