人生最悪のバレンタインその2

 今日はソワソワと落ち着きのない男子が散見される。さすがはバレンタインといったところか。


 俺もその一味となって賑やかしに加わるつもりだったけれど、生憎と今はそんな気分にはなれなかった。


(これ、どうするかな)


 バッグに入っているチョコを一瞥する。


 食べ物に罪はない。

 だから捨てることができず、今もまだ手元に置いていた。


(しかしまぁ、ネタバラシをしてくる気配がないな)


 騎士ないとという名前のせいで奇異の視線には敏感だと思う。

 でも今のところ、これといった嫌な視線を感じなかった。


 となると、あのメッセージカードにあった電話番号に連絡をしてからが本番なのだろう。


 このまま何も連絡をせず、陽キャどもを盛り下げてやるか。


 と、画策していると、背後から強い視線を感じた。


「あ……」


 初音こより。

 俺の下駄箱にチョコを忍ばせたと思われる人物がそこに居た。


 群青色の髪を腰のあたりまで伸ばし、さくらんぼ柄のヘアピンをつけている。


 彼女は俺と目が合うなり、頬に桃色のものを差し込んだ。


「なにか用?」


 すぐに声が届く距離なので、ぶっきら棒に話しかけてみる。


「えっと……受け取ってくれましたか?」


「ああ、一応」


「そ、そうですか! ホッとしました。ちゃんと神田くんの手元にいったか心配になってしまって……あ、初めから手渡ししろって話ですよね、すみません」


 ワタワタと大袈裟に手を動かしながら、矢継ぎ早に言う初音妹。


 俺はバッグからチョコを取り出し、彼女の元に近づいた。


「会いに来てくれてちょうどよかった」


「ふぇ……そ、それって、その……」


「これ返したかったんだ」


「え?」


 初音妹は戸惑いに目の色を変える。


「俺は変な名前だけど、おもちゃじゃない。内輪のノリにこれ以上、巻き込まないでほしい」


「ど、どういうことですか?」


 この期に及んで惚けるのか。


 いい度胸だけれど、それが余計に俺の神経を逆撫でする。


「何度も同じ手を食らうほど俺は馬鹿じゃない。期待に添えなくて悪いな」


「やけん、言いよう意味がようわからんと……」


 博多弁? 

 いや、今はどうでもいいか。


「とにかくそういうことだから。お仲間にも上手くいかなかったって伝えといて」


 強引にチョコを突き返すと、俺は肩を落とし踵を返した。


「ま、待って神田くん。何か誤解しとーばい!」


「そろそろチャイム鳴るから戻った方がいいと思う」


 俺は黒板の上に置かれた時計を一瞥すると、初音妹には構わず自席に戻るのだった。

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