第10話

 僅か十分、いや十五分程度だろうか。


 長くも感じたし、一瞬にも感じた。とりあえず、結果としては最高の結果を出すことができた。


 村の周囲を取り囲んでいた襲撃者は壊滅。僅か数人程度逃してしまったが、過半数が死んで残りも半死半生といった様相だった。


 そして、戦闘が終了して暫くすると村人達が入り口の門の奥に集まっている気配がした。


 槍や盾を持った男女が並んで立ち、柵の隙間からこちらを見ているようだ。


 およそ五十人ほどだろうか。あれがこの村の戦闘を可能とする人員ならば、なんとも貧弱なものである。まぁ、この規模の村ならば多いほうか。


 溜め息混じりに改めて村を眺める。木の柵は太い柱を使っているし、よく手入れはされている。しかし、所詮は木だ。奥には家屋が立ち並んでいるが、こちらも全て木製であり、密集している。


 もし、イェリネッタ王国やフェルディナット伯爵領から軍が派遣されたなら、規模を問わず火矢を放たれて村は壊滅するだろう。


 裏にドラゴンが棲むというウルフスブルグ山脈があることと、軍事拠点を作るには利便性が悪いことからこれまで攻め込まれなかっただけだ。


 ないとは思うが、どちらかと戦いになるような事態があった時、村は蟻のように踏み潰されるだろう。


 そんな危惧をしていると、ティルが隣に立つ。


「さぁ、ヴァン様。予定とは違いましたが、村に到着しましたよ」


 ティルに言われて、頷く。


「そうだね。初対面だ。堂々といこう」


 足を踏み出して村の入り口へと向かった。騎士二名が僕の前に立ち、左右にはディーとエスパーダが立ち、後ろにはティルとカムシンが並んでいる。


 オルト達は馬車の警護と捕らえた襲撃者達の監視だ。


 村人達がこちらを見てざわつく中、僕は口を開いた。


「どうも。僕はヴァン・ネイ・フェルティオ。新しくこの村を含む領地を管理するフェルティオ侯爵家から来ました。今後、この村は僕が管理させていただきます。とは言っても、別に無理難題を言ったり重税を課したりはしませんのでご安心ください」


 と、まったく貴族らしくない挨拶を口にすると、村人達は顔を見合わせて戸惑いの声をあげる。


 そこへ、エスパーダが眉間に皺を寄せ、一歩前へと出てきた。


「新たな領主となるヴァン様の御成りです。開門を」


 僕より遥かに迫力と威厳のある声が静かに響き、村人達の中から小柄な老人が現れて口を開いた。


「開けなさい」


 老人がそう告げると、村人達は慌てて門を開け放つ。開かれた門の奥では、二十代から三十代の男女が槍や盾を構えて立っていた。正面にはあの老人が無防備に立ってこちらを見ている。


「……わしが長老をしております。ロンダと申します。この度は、村を助けていただき、ありがとうございます」


 丁寧に挨拶と礼を述べて頭を下げるロンダに、僕も一礼を返す。


「これまで、この村には領主も自衛の為の兵士も派遣されてこなかったと聞いております。まずは、それを謝罪させていただきます。今後は僕が領主としてこの村を守っていきたいと思いますので、皆様のご理解とご協力をお願い致します」


 と、何となく領主としてよりもサービス業の営業のような感じで挨拶をしてしまった。こんな挨拶をする貴族は絶対にいないだろう。


 なにせ、長老を含め村人達が目を丸くして固まっている。


「ふ、はっはっはっは!」


 後ろでオルトの笑い声が聞こえてきたが、僕は気にせずにロンダの返事を待つ。


 数秒して、ロンダは目を瞬かせ、口を開いた。


「……これはご丁寧に。それでは、わしの家へ行きましょう。ご案内します」


 ロンダがそう言って振り返り、村の奥へ歩き出す。僕達はその後に続くが、村人達は警戒心の強い目で僕達の姿を目で追っていた。


 どうやら、中々苦労しそうな領地となりそうだ。







 あばら家、とまでは言わないが、はっきり言ってボロい建物だった。


 石を並べて床の木材を敷き、柱を立てて壁と屋根の木材を貼り付けるだけ。そんな簡素な建物だ。雨風は大丈夫でも地震がくれば倒壊するだろう。


 まぁ、今のところこの世界で地震なんて経験してないが。


 そんなボロ屋で、正面には村長と中年の男性が二人と斜め後ろに二人。反対側に僕とエスパーダ、そしてディーが対面する格好で座っている。


「この村には住人が百五十人おりました。しかし、半年前と一ヶ月前に盗賊の襲撃を受け、現在は百十人となっています」


「……では、今日で襲われたのは三回目? 全て同じ盗賊ですか?」


「いや、違います。最初の盗賊は十人程度だったので大丈夫でしたが、二回目は元傭兵か冒険者のような輩で、丸一日戦い抜いてようやく撃退しました。今回現れたのはまた別の盗賊です」


「……なぜ、それほど村が狙われるとお考えですか?」


 尋ねると、ロンダは初めて言い淀んだ。


 だが、すぐに口を開く。


「この村は、大きな町はもちろん、他の村とも大きく離れております。領主様が代わったこともあり、今は騎士団が来ることもありません。以前なら、イェリネッタ王国との国境も近いのでフェルディナット伯爵領の国境警備騎士団が巡回していましたが、それもなくなりました」


「つまり、フェルティオ侯爵領になってしまったせいで、村は存亡の危機にあるということ、ですね」


 ロンダが明言しなかった部分を代わりに口にすると、ロンダは押し黙った。


 口にすれば侯爵家の批判である。村の中でならともかく、僕に対して言うことは出来ないだろう。


 まぁ、短気な貴族ならそれを匂わせる発言をした段階でロンダの首が刎ねられているだろうけど。


「申し訳ありません。フェルディナット伯爵は各街に代官を据えていましたが、それら管理者を全て引き上げてしまいました。フェルティオ侯爵領から領主及び代官の経験がある者を選別して大きな街から順に配置したようですが、小さな村々の状況はいまだに把握出来ていないのです」


 素直にそう答えると、ロンダは観察するような目で僕を見た。


「……つまり、侯爵様は、我々のことは後回しにされたのですな。いや、全ての貴族がそうなのでしょう。小さな村は大きな街に比べれば無いに等しいほどの税しか納めない。価値も同じようなものでしょう。しかし……」


 僕を信用したのか、それとも思いが溢れてしまったのか。ロンダは貴族達への怒りを言葉に乗せて口にし始める。


 しかし、それを僕は聞かない。聞いてあげない。


「村長。今後の話をさせていただきます」


 ぴしゃりとそう告げると、ロンダは面食らったように口を噤んだ。隣に座る二人の男女の目に敵意のようなものが浮かぶが、これに関しては仕方がない。


 僕は三人を順番に見て、口を開く。


「この国の在り方に文句を言っても、恨んでも、嘆いても仕方がありません。納得できないでしょうが、そんなことをしても何も変わりません」


「あ、あんたら貴族がそれを言うのか……!」


 中年の男が立ち上がり、怒鳴った。恐らくロンダの子だろう。つまり、次期村長だ。


 なるほど、体格は大きく、目にも力強い光がある。だが、そんな短絡的な性格では村の未来は無いに等しい。


 僕は厳しい目を向けて、低い声を出した。


「座ってください。この村の先を話します」


 それだけ告げると、ロンダが目を細めて男を見上げ、男も不承不承座り直す。それを確認して、僕は自分の胸に手を当てて口を開く。


「貴族の責任は大きいでしょう。元を正すならば、王国を興したベルリネート王家の定めた法に欠陥があったのでしょう」


 そうはっきりと言うと、ロンダ達だけでなく、隣に座るエスパーダとディーも目を見開いた。


 侯爵家の人間が、堂々と王家を批判したのだ。普通の貴族なら絶対にしないだろう。


 だが、今更何を怖がるというのか。こんな滅亡間近の村の領主になるというのに、怖いものなど無いではないか。


 僕は胸を張って動揺している皆を見回した。

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