第11話  冒険者の視点

 貴族なんてのは誰もが似たようなものだ。


 金に汚い貴族も、女に汚い貴族も、自尊心ばかり膨れ上がった貴族も、どれもくだらない。


 これまで何人か貴族からの依頼を受けた。しかし、まともな貴族はいなかった。いや、貴族という者の立場からすれば普通なのかもしれないが、俺からすれば普通ではない。


 様々な美辞麗句を並べても、貴族の誇りとやらを持ち出されても、結局は保身に走り、王侯貴族の利益を優先している。


 民の暮らしや治安などは後回しだ。


 それらの全ては、恐らく貴族と平民で階級以上の差別が根付いているからに違いない。どんな貴族と会っても、ずっと覚えていた違和感だ。それはつまり、どの貴族も平民を、特に冒険者のような根無し草を下に見ているということだ。


 それは貴族と話すことのある一部の冒険者や商人ならば大概が感じていることだろう。


「はぁ。貴族の坊ちゃんの護衛ねぇ」


 だから、最初に依頼を受けた時は全く気乗りしなかった。それは仲間達も同じだ。暫くはフェルティオ侯爵領にいるつもりだったから、仕方なく侯爵家からの依頼を受けただけである。


 だから、最初に会った時は驚いた。


「貴方がオルトさんですね。僕はヴァン。ヴァン・ネイ・フェルティオと申します。護衛をしてくださるそうで、ありがとうございます」


 丁寧に挨拶をされて、忘我の気持ちで思わず普通に握手を交わした。


「あ、よ、よろしくお願いします」


 そう返事をすると、ヴァンという坊ちゃんは興味深そうに俺たちの姿を眺める。


「強そうですねぇ。傷が入った鎧も格好いいし、武器も重厚だ。重くないんですか?」


 そう聞かれ、俺は戸惑いながらも答える。


「あ、そうだな。いや、そうですね。重い分、威力が増すんで……」


 しどろもどろになりながらそう言うと、ヴァンは何度か頷いて他のメンバーに視線を向けていた。


 色々と質問をするヴァンに、他のメンバーもかなり動揺している。その様子を暫く呆然と眺めていたが、やがて俺は無意識に笑っていた。


 貴族の依頼かと思ってげんなりしていたが、護衛対象は好ましい普通の子供のようだった。だが、自分が思わず頭を撫で回してしまわないよう、敬語はやめてもらわないとな。


 俺はそう思いながら護衛対象に目的地までの道程について話し合いに向かったのだった。






 それから、二週間。俺の中の貴族の印象はすっかり変わった。いや、貴族の中にもこんな人間がいるのか、という感じか。


 僅かな期間の付き合いだが、俺はすっかりヴァンが気に入っていた。もしヴァンが領主として困ったなら、助けに来てやろうと思うほどに。


 だが、俺はまだまだヴァンを知らなかった。


 ヴァンはちっぽけな村の領主となる。それも、元は別の貴族の領地だった曰く付きの場所だ。誰もが面倒と思い、領主になるのを辞退する者もいるだろう。


 だが、ヴァンはそんな場所を押し付けられてなお、貴族の責任を果たすべく命を懸けた。領地と領民を守るために、確実に自分が死ぬという選択をしてのけた。


 恐るべきは、ヴァンが慮ったのは領地と領民だけでない。部下の騎士、引退した執事、更にはメイドや奴隷の子の命だ。


 挙句に我々冒険者が命を懸けられないという意見を聞き、誰もが死なない作戦を提案した。死ぬのは自分だけだ。


「……変わった奴だよ、本当に」


 配置についてそう呟くと、近くにいた仲間が声を殺して笑う。


「オルトがあの時もし坊ちゃんの頼みを断ってたら、代わりに命を懸けても良いって思ったぜ?」


「ああ、ありゃ大物だ。あんな貴族を殺したらダメだろ。出来ることなら、俺はあの坊ちゃんに王様になってもらいたいね」


 仲間達は面白そうにそんなことを言った。それに口の端を上げて応え、村を見る。


 防壁はもう出来上がっていた。高さ三メートルほど、長さは十メートルはあるかもしれない。まさか、あの執事の爺さんがこれほどの魔術師とは思わなかった。


 普通、ある程度戦える四元素魔術師なら執事などにはならないが、まぁ事情があるのだろう。


 瞬く間に防壁が出来たと思えば、仲間の放った矢やプルリエルの水の槍、更には石の塊が飛んでいくのが見えた。


 二段構えの奇襲の為の牽制と思っていたが、あれなら十分な効果が見込めるだろう。


「行くぞ!」


 怒鳴り、地を蹴った。後には仲間達が続く。反対側からは騎士達が走ってくるのが見えた。


「なっ!? こ、こっちからも来たぞ!」


 一人こちらに気がついたが、もう遅い。構えた盾は安物だ。上から盾に向かって剣を振り下ろす。盾はひしゃげる様にして潰れ、そのまま剣は男の肩から横腹まで斜めに斬り裂いた。


 鮮血が舞う中、周囲の仲間達も次々に敵を斬り伏せていく。こちらに剣の先が向くまでに出来るだけ斬り倒さねば、こちらも負傷者が出るのは間違いない。


 左右の敵は弓矢を構えていたから対処が遅れている。今、全力全速で剣を振るわねばならない。


 遠距離攻撃の援護もあり、俺達は自分でも驚く速度で敵を排除していく。


 ふと見れば、反対側の騎士達も似たような状況だった。特にディーとかいう中年の騎士は随分と大きめの剣を普通の剣のように振るっている。鎧ごと相手を薙ぎ倒す剛剣は戦場において見えない戦果も残すことだろう。


 事実、ディーの尋常ではない戦いぶりに敵の一部は浮き足立ち、逃走を始める者も出ている。


「ちぃ! こんな場所で……!」


 と、ディーの戦闘に目を奪われていると、村の正面に構えていた大柄な男の一人が踵を返して走り出した。


 向かう先は、遠距離組のいる方向である。


「っ! 止めろ! 誰かあの野郎を止めるんだ!」


 俺が目の前の髭面の首を斬りながら叫ぶが、誰もが目の前の敵にかかりきりで間に合いそうにない。


 まずい。


 遠距離組の奴らは、執事の爺さんが作った防壁のせいで真っ直ぐに迫ってくる敵に気付くのが遅れる筈だ。


 接近を許してしまったら、弓も魔術も分が悪い。


「くそ! 気付け! 敵が接近してるぞ!」


 迫り来る剣を受けながら叫ぶ。


 だが、無情にも弓矢も魔術も、肝心の迫る男には一切向かわなかった。






 防壁の裏で詠唱するプルリエルは、ふと視界の端に大きな人影が映るのが見えた。


 敵。


 一瞬、その言葉が浮かんだが、自分の魔術はすでに詠唱を終えて発動した。次に撃てるのは、最短で十秒後か。


 間に合わない。


 大柄の男は血走った目をこちらに向け、斧を片手に走ってくる。


 殺される!


 そう思ったその時、私の目の前に小柄な人影が二つ、現れた。


「ヴァン君!?」


 貴族の子を思わず君付けで呼んでしまった。場違いだが、何故かその言葉が一番に頭に浮かんだ。


「こっちだ、ヘビィ級プロレスラー!」


 ヴァンは意味の分からない言葉を叫び、地面を這うように低く走る。それに倣い、奴隷の子も剣を構えて走った。


 無謀だ。


 子供二人が何とか出来るような相手じゃない。


 だが、そんな心配をよそに、二人は予想外に慣れた動きで連携をとり、大男を相手取る。


 地面を転がって斧の振り下ろしを回避し、相手の股下を潜り立ち上がり様に膝裏の無防備な部分を剣で斬り裂く。貴族とは思えない戦い方だが、その動きは見事で洗練されていた。


「ぐっ!?」


 意表をつく動きと痛みに呻きバランスを崩す大男に、奴隷の子が追撃を行う。地面に突き立った斧を足場にして跳び、素早く男の首を斬り裂く。


 声も出せずに倒れていく男の姿に絶句する私だったが、ヴァンはすでに気持ちを切り替えていた。


「こっちに敵が集中する可能性がある! 正面に注意して!」


 十歳にも満たないだろう子供の指示に、私達は即座に従った。


 なんなんだ、この子は。


 私はそんな疑問を胸に、戦闘に集中していく。


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