第9話
「じゃあ、囮には僕がなろうかな」
そう一言告げると、ディー達もエスパーダも目を見開いて振り向いた。見れば、オルト達も驚愕の表情を浮かべている。
「ダメですっ! 絶対にダメ! 許しません!」
ティルが思わず感情的な声を出した。その声に慌てるが、かなり離れているし、争いの喧騒から襲撃者達はこちらに気づいていない。
ホッと胸をなでおろしていると、ティルが僕の手を握ってきた。
「ヴァン様が囮になるくらいなら、私が一人で敵の下へ向かいます! 私もろとも皆さんが攻撃してくれたなら、きっと勝てますぅ……!」
涙を浮かべながらそう言うティルに、カムシンが神妙な面持ちで頷く。
「僕も一緒にいきます。僕がティル様と一緒に敵を翻弄すれば……!」
と、何故かどんどん死を覚悟した者が挙手をし始める。それに困りながら、僕は全員を見て口を開いた。
「一応言っておくけど、僕がこの中の最高責任者だからね? それを前提に話をするけど、僕の領地の問題だから依頼を受けただけのオルトさん達は命を懸ける必要は無い」
そう言って僕がオルトを見ると、何故かびくりと肩を跳ねさせる。それを気にしつつ、次にエスパーダを見る。
「エスパーダ。貴方はもう侯爵家を引退した身だ。これまで侯爵家に貢献してくれた貴方が、こんなところで死ぬ必要は無い」
僕の言葉に、エスパーダの顔が険しくなる。ちょっと冷たい言い方になってしまっただろうか。そう反省しながらも、次はディー達に顔を向ける。
「ディー達はまだ本家の騎士団の所属だ。貴方達が仕えるべきは我が父であり、僕じゃない。だから、こんなところで命を懸けるべきじゃない」
そう告げると、ディー達も険しい表情を浮かべた。まぁ、もともとか。最後に、僕はティルとカムシンを見る。
「ティル。勝手ながら、僕は姉のように思っていたんだ。だから、大事なお姉ちゃんがこんなところで死ぬのは見たくない。カムシンは僕より年上だけど弟かな? 僕が死んだら、僕の代わりに人生を楽しんでくれ。君は自由の身だ」
そう口にして二人を見ると、ダムが決壊したように目から涙が溢れ出した。大袈裟な。
苦笑し、僕は作戦を話した。
「まず、僕が馬車に乗って正面から向かう。皆は左右から挟撃する形で攻めて欲しい。ただし、遠距離からを主として、絶対に無茶はしないこと。そして、相手が撤退しないようなら逃げてください。僕の死体は打ち捨てて構いません。名乗らなければ、侯爵家にも迷惑はかかりませんからね」
自嘲気味に笑うと、皆はまったく笑っていなかった。外したか。
そう思いつつ飾りに持っていた剣を抜いて村へと爪先を向けると、後方で深い溜め息が聞こえた。
「……分かった。くそ、今回だけだ! 俺達も命を預けよう!」
オルトがそう言い、前に出てくる。
「いや、オルトさんは……」
僕が戸惑いつつ否定しようとすると、オルトは困ったような顔で笑った。
「……子供が責任の為に命を懸けるなんて言ってんだ。これ以上ぎゃあぎゃあ言ってたらパーティーメンバーから怒られちまう」
そう口にして、オルトは剣を抜く。すると、今度は後ろからオルトのパーティーに属する女魔術師が前に出てきた。
「……正直、私は貴族の覚悟ってのを馬鹿にしてたわ。あまり、良い貴族と会ったこと無かったからね。でも、二週間の旅で、随分と見方は変わったと思う。ヴァン様のお陰ですよ?」
「プルリエルさん」
照れたように笑う女魔術師の名を呼ぶと、プルリエルは吹き出すように笑った。
「私達みたいな冒険者の名を一人一人覚えてくれるなんてね。ヴァン様は変わってるよ。だから、命を預けられると思う」
プルリエルはそう呟き、魔術刻印の施された短剣を抜く。
言えない。可愛いからプルリエルの名だけはすぐに覚えたなんて絶対に言えない。
一人で気まずい思いをしていると、冒険者達は揃って僕の前に出てきた。それを唖然として見ていると、遅れまいとディー達が前に出てくる。
「……我らは侯爵家に仕える名誉ある騎士。侯爵家の未来を担うヴァン様に仕えているも同然です。ここでヴァン様を守ることは、侯爵家の未来を守ることになると思っております」
ディーはそう言うと、顔の前で剣を構えて騎士の誓いの作法を披露した。むむむ、屁理屈の上手い男である。
と、変な感心の仕方をしていると、エスパーダが隣に立った。
「撃退が完了したら、ヴァン様には侯爵家の跡取り候補の重みと責任について覚えていただきたいと思います。ご安心ください。半日の講義で終わる予定ですから」
長いよ、エスパーダ。陰湿な嫌がらせをするんじゃない。
「では、私が提案したやり方を修正して実行いたします。まずは私が防壁を作り、遠距離から攻撃。ディー殿達はこちらから見て左側から突撃。オルト殿達は右側から突撃をお願いします。防御及び手当の出来る者はもしもに備えてこちらに待機を」
「分かった!」
「了解!」
エスパーダが低く落ち着いた声で指示を出すと、皆が一斉に動き出す。そして、エスパーダは素早く詠唱し、土の魔術を発動させた。
僕達のいる場所から前方二十メートルほどの場所に土の壁が出来上がり、エスパーダや遠距離担当の冒険者がそこへと向かう。
瞬く間に行動を開始した面々を眺めて呆然としていると、ティルとカムシンが僕にしがみ付いてきた。
「……良かった。良かったです、ヴァン様」
「ヴァン様が死ぬ時は、僕が真っ先にヴァン様の盾になって死にますからね」
涙声で二人に言われ、僕は泣きそうになるのを堪える。本当の家族よりも、彼らの方が家族のようだ。
僕はそう思い、二人の頭を撫でた。
この気持ちに浸っていたいが、今は戦闘中だ。何か出来ることがあるならしなければならない。
「さぁ、皆。馬車から薬とか手当の道具を出してこよう。もし危ない時は助けに切り込むから、そのつもりでね」
そう言って笑うと、二人は涙を拭って返事をした。
「はい!」
村を襲撃していた盗賊達は気が緩んでいた。領地を管理する貴族が代わったのは知っている。そして、そういった時が最も警備が緩くなることも。
重要な拠点ならともかく、地方の外れた場所になると管理が追いつかないのだ。新たな地域の場合は騎士団を編成する時間も掛かるし、相手の騎士団などと密にやり取りをしておかないと不要な戦闘が始まる恐れもある。
領主の派遣。税の徴収の額。街の状況や治安。それらを全ての街で同時にこなすのは難しく、まずは重要な都市を管理する。そして中規模の町、村。最後に地方の小さな村や集落だ。
だから、下手な貴族の領地だと端にある小さな村は領主が代わったことすら知らない。それほど、情報管理も人材管理も時間が掛かるのだ。
そんな時を狙って、この盗賊団は辺境にある小さな村を襲撃することにした。楽な仕事だ。矢を射かけて脅しをかけ、少しの財産と物資、そして女や子供を連れて帰れば良い。
だから、村を襲撃しているというのに、盗賊達は気が緩んでいた。
矢は間断無く放っているから、村人如きでは出てくることも出来ない筈だ。
一度脅した時は断って門を開けなかった村人達も、雨のように矢を射かけられたら諦めるだろう。
「久しぶりの女だな」
「ああ、行商人の娘以来か」
「あの時は二人しか女がいなかったからな。すぐ壊れちまった」
「今回は十人はいるだろ」
「うははは!」
そこら中で愉快な会話が行われ、気分はすっかり祭りか宴のような感覚だ。
飲めや歌えやの大騒ぎ。これだから盗賊稼業はやめられない。
そう思った次の瞬間、隣で大笑いしていた仲間の首に、矢の先が生えたのが見えた。
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