第8話
「ほい、ヴァン様よ。肉が焼けましたぜ」
旅の途中、中継の町二つを越えて、ついに僕は初の野営をすることとなってしまった。まぁ、地球では車中泊くらいは経験あるけども。
だが、この魔獣などがいる危険な世界での野営など初めてである。
若干不安に思いながらも馬車の中から顔を出すと、頬に大きな傷がある冒険者グループのリーダーが串に刺した焼けた肉を差し出してきた。
今回は二つの冒険者パーティーに護衛を依頼したらしいが、皆なかなか強そうである。なんと半数が戦闘系の魔術師であり、冒険者十人中二人は女だ。一人は戦士系の大柄な女で筋骨隆々。もう一人は細くてとても冒険者には見えないローブ姿の魔術師である。
そして、目の前にいる年配の男がオルト・シートという有能な冒険者である。強面だが、二十年以上冒険者一筋だったため、依頼者とのやり取りも慣れている。
だから、たとえ相手が僕のような八歳の子供相手でも、しっかりとした態度で会話出来る男だ。ただし、敬語はところどころ怪しい。
「ありがとう。周辺の警護お疲れ様。交代でしっかり休んでね」
そう返事をして肉を受け取ると、オルトは目を瞬かせながら僕をまじまじと見る。
「どうかした?」
そう聞くと、オルトは苦笑しながら頭を軽く下げる。
「あ、いやいや……なんもありません。それじゃ、また後で報告にあがります」
オルトはそう言うと、その場から離れていった。
「何かあったのかな?」
そう聞くと、ティルが誇らしげに「えへへ」と笑う。
「冒険者さんにもヴァン様の良さが分かるのです。まぁ、私ほどのヴァン様マスターになれば百以上の凄いところを語ることが出来ますがね! えっへん!」
ティルの頭が愉快なことを再確認した僕は、返事の代わりに乾いた笑い声をあげることしか出来なかったのだった。
約二週間掛けて、僕は名も無き村へと辿り着いた。街を出発して大小問わず四つの町で一日休み、二つ目の町を越えてからは夜営も多く行った。
荷物も運びながらだからゆったり移動したのだと思う。一日五十キロから百キロ移動したなら、約五百から千キロという中々の移動距離だ。
それだけ侯爵領が広大な領地であるということか。日本だったら三つか四つの県を跨ぐようなものだが、実際はどれくらいあるのか気になるな。
と、そんなことを考えていると、馬車は村に辿り着く前に停まった。
「どうしました?」
ティルが御者に声を掛けると、御者が慌てた様子で答える。
「ま、マズイです! 村が何者かに襲撃されているようです!」
その言葉を聞き、僕は窓から顔を出した。馬車の前にはすでにディー達が三人並んで警戒している。
その向こうでは、村の周囲を取り囲むように数十人ほどの人影の姿があった。格好はまちまちだが、全員が何かしら武具を手にしている。
「ありゃあ、盗賊団か敗走した傭兵くずれですぜ。どっちも困ったら弱い者から巻き上げる性質でね。だが、戦はやりなれてる」
窓に顔を寄せたオルトがしかめっ面でそう教えてくれた。なるほど。村を取り囲む奴らは最小限のリスクもおかさないよう、ギリギリの距離から矢を射っている。
村は頑丈そうな太い木材の柵に囲まれているが、弧を描いて飛来する矢にはあまり効力を発揮していない。柵の隙間から襲撃者を睨む目が見えるが、出入り口である門らしき場所の前には一番頑強そうな鎧を着た者達が列を作って並んでいる。更にその後ろには魔術師らしき者達までいた。
もし村人達が我慢出来ずに飛び出せば矢と魔術の雨を浴びることになる。その先陣を切ることが出来るような一般人はいないだろう。村人たちは村を亀のように守り続けることしか出来ないに違いない。
「ヴァン様。参戦の許可を! 我々が全員でかかれば何とかなるでしょう!」
見える範囲で四十か五十人はいそうな武装集団である。奇襲とはいえ、実力不明の相手に数で負けている状況で戦わねばならないのか。
いや、しかし、実力に間違いのないディーやベテランの冒険者達までいる。何とかなるか?
「そうだね……」
僕が答えようと口を開くが、そこへオルトが口を挟んだ。
「ちょっと待て。危険過ぎる」
オルトがそう言うと、ディーは眉根を寄せて睨み返す。
「承知している。しかし、無理ではない。負傷者も死者も出る。だが、撃退は間違いなく出来る」
ディーが重い声でそう口にして剣を見せると、オルトは静かに首を左右に振る。
「俺のルールだ。パーティメンバーを死なせるような依頼は受けない。冒険者みたいな稼業を続けてると、望まずとも賭けみたいな事態ばかりになるんだよ。その全てで命を懸けてたら、俺はとっくの昔に死んでた」
オルトがそう答えると、ディーの目がギラリと光った。
「命を懸けねばならん時は誰にでも来る。今がその時だ。あの村は我が主君の最初の領地。そして村人は最初の領民である。それらが危機にある時、私が剣を抜かずして誰が抜く!」
ディーが剣を抜いてそう言うが、オルトは引かない。
「それは立派な騎士道だがね、生憎と俺達には関係無い。追加で金を払ってもらったとしても死ねば終わりだ。旅してれば戦で焼かれた村や魔獣に襲われる旅人も見る。申し訳ないが、この村の状況だけが特別なわけじゃないのさ」
「ぬ、ぬぐぐぐ……な、ならばせめて、貴様らにはヴァン様の護衛を頼みたい。状況によっては避難しておいてもらっても良い」
ディーがそう告げると、オルトは浅く頷いた。それならば、最悪死なずに逃げられるとの判断だろう。
しかし、そこへエスパーダの声が聞こえてくる。
「反対します。ディー殿はともかく、残りの騎士二名は間違いなく死にます。つまり、ディー殿一人で魔術師を含む三十人強を相手にすることになるでしょう。私の見立てでは五分五分です。もしこれでディー殿も死ねば、その後この村を統治したところで、先はありません」
と、エスパーダは非情さすら感じる口調でそう断じた。冒険者さえ加われば勝てる。そうともとれる言い方に、オルトの眉根が寄る。
「……言っておくが、俺達は戦わない。だいたい、子供とか荷物を守りながら戦える状況じゃないんだ」
念押しするオルトにエスパーダは冷たい目で一瞥した。
「私も腐っても四元素魔術師です。ちょうど良いことに土が露出した地面。戦闘力には期待してください」
「は? あんた、戦えるのか? いや、しかし、それでも……」
言い淀むオルトに、エスパーダは浅く頷く。
「危険を冒す必要はありません。まずは、私が防壁を築きます。そして、冒険者の皆様は防壁の裏から遠距離による攻撃を行ってください。皆がこちらに目を向けた頃に、ディー達が横から突撃します。奇襲の重ね掛けならば、勝率は高いでしょう」
「……防壁ってのは敵の魔術を防げるのか? 上から矢を飛ばしてきたら終わりじゃないか」
「この馬車は要所全て鉄板を裏打ちしております。最初の奇襲を行なったらすぐに馬車の中へ乗り込んで逃げてもらって大丈夫です。最初に思い切り敵の目を引くことだけが目的ですから」
そう答えたエスパーダに、僕は違和感を持つ。最初の攻撃でどれほど効果が見込めるかは知らないが、それでも突撃するのがディー達三人では危険だ。負ける可能性は依然高い。
ならば、エスパーダが何かするのだろう。
「エスパーダは残って戦うつもり?」
そう聞くと、当然のように頷く。
「勿論です。囮として防壁の裏から私が攻撃を続けねば、ディー達は犬死でしょう」
「挟撃が最も戦で効果を発揮するからね。僕も勉強したよ。でも、それはダメだ。エスパーダが確実に死んじゃう」
強い声でそう言うと、エスパーダは珍しく自然に笑った。
「最後にこの老骨が見せ場を頂けるのです。ヴァン様、この我が儘だけはお認めください」
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