第7話 出発
僕が四元素魔術以外の魔術適性だったことは伏せられ、知る者には緘口令が敷かれた。
だが、人の口に戸は立てられない。
程なくして、侯爵家のメイドの間では僕があまり良い魔術の適性ではなかったという噂が広まっていた。
一方、僕は出立の準備に追われていた。ムルシアに用立ててもらい、金銭と準備の為の人足は十分である。
馬車を三台に、衣服や日用品、武具なども積んだ荷台が取り付けられている。護衛には騎士団から人を借りることは出来ず、ムルシアの雇った冒険者なる荒くれ者共を十人程度連れている。
ちなみに当初は馬車が一台でカムシンだけが僕の世話役として付いてくるなんて酷い話だったが、まずティルが直談判して僕に付いてくることになった。
馬車一台に三人で乗るのは狭そうだな、とか思っていると、今度はディーが自前の甲冑と大剣を手に現れた。どうやら、護衛だのなんだのと理由をつけて無理矢理馳せ参じてくれたらしい。
「ヴァン様には私の剣の全てを叩き込むつもりですからな! はっはっは!」
やめてください。
僕はそう言いたかったのだが、ディーは勝手に付いてきた自分の部下達に声を掛け、ちゃっちゃっと馬車を準備してしまった。
気が付けば大型の馬車が二台になり、ディーと二名の騎士が後方に陣取っていた。
そして、最後にまさかのエスパーダが付いてくることになった。
「ジャルパ様に少し早いですが隠居するとお伝え致しました。後任もしっかり育っておりますので、快く隠居を快諾していただけました。私も五十五歳ですから、田舎でゆっくりしたいのです。よろしいですな?」
有無を言わさぬ口調でそう語ると、エスパーダはなぜか準備のすっかり完了した馬車を引いてきた。いつから馬車の準備をしていたのか。
いや、そもそもあれだけ長年父の傍らで働いてきたエスパーダを、そう簡単に手放すだろうか。それに、それこそエスパーダの後任を任せられるような人材を確保するのは難しい筈だ。
疑惑の目を向けていると、エスパーダは馬車に乗り込む時、不敵な笑みを浮かべて口を開いた。
「老後の楽しみに、ヴァン様の勉強でもみてあげましょうかね」
それだけ言い残し、エスパーダは馬車の中に入っていった。
本当にやめてください。示し合わせたのか、お前ら。
ディーにしろエスパーダにしろ、何故嫌がらせに何もない辺境の村まで付いてくるのか。いい加減にしろと言いたい。
だが、非常に戦闘力の高いディーと、物知りのエスパーダが傍にいるのは素直に頼もしいし有難い。
複雑な気持ちで馬車に乗り込むと、ティルが嬉しそうに口を開いた。
「ヴァン様、何か良いことがあったんですか?」
「え?」
疑問符をあげると、笑いながらティルが頷く。
「笑っていらっしゃいますよ?」
そう言われて、僕は自分が笑っていると気付いた。どうやら、気にしていないつもりでも辺境送りは不安だったようだ。
皆が来てくれて嬉しかったのだろう。
「皆が自分から付いてきてくれるって言ってくれて嬉しいんだよ。ありがとう」
そう言って笑いかけると、ティルは少し意地悪そうな笑みを浮かべて自分を指差した。
「実は、ヴァン様に付いていきたいっていうメイドは何人もいたんです。でも、私が専属ですからね。ムルシア様に言ってこの席を死守しました」
そんなことを言いながらティルが自分の席をポンポンと叩く。
「別に来たい人は皆連れてきてくれて良いのに……」
なぜそんな勝ち抜けトーナメント制みたいにしたのか。僕は残念でならなかった。だって、可愛いメイドさんに囲まれての生活が無くなったのだ。なんてこった。
だが、ティルは僕の気持ちなど気づきもせずに過去を振り返る。
「私はあまり知りませんが、ムルシア様はとてもお忙しいらしく、メイド達とは大してお話もされません。ヤルド様、セスト様はメイドなど相手にされません。しかし、ヴァン様は違います。毎日親しげに挨拶をしていただけますし、たまにオヤツもいただけますし、掃除してたら手伝ってくれたりもします。一緒に剣の稽古をしたメイド達もヴァン様が大好きですよ」
と、こっちが恥ずかしくなるようなことをぽろぽろ語るティル。僕はそれを聞き流しながらカムシンを見て、口を開く。
「カムシンも良いんだぞ。もし嫌なら、侯爵家に残っても。奴隷契約は変更も解除もできるみたいだし、ムルシア兄さんに頼めば面倒を見てくれると思うよ」
そう聞くと、カムシンは怒ったようにこちらを見た。
「ヴァン様。私は一生をヴァン様に捧げると決めています。どんな時も、ヴァン様の側で命を懸けて仕えていきますよ」
「え、プロポーズ? カムシン、そんなに僕のこと好きなの?」
恥ずかしいので誤魔化すと、カムシンは力強く頷く。
「はい、大好きです。崇拝しております」
結果、より恥ずかしい思いをさせられてしまった。カムシンも成長したな。僕は感慨深く頷く。
しかし、一人でほっぽり出されるのかと思ったが、これで四人も旅の道連れが出来た。有難いことだ。
「よし、そろそろ行こうか」
僕がそう言うと、馬車は動き出した。
窓は極力開けないし、あまり声も出さない。僕という存在を限りなく消してしまわないとならないのだ。
だから、この馬車には侯爵家の紋章も無い。父の意向としては誰にも知られずに僕を街から出してしまいたいのだ。
「ここ二年くらいは街によく遊びに来てたから、なんか寂しいな」
そう呟き、窓を薄っすら開けて外を見る。すると、進む馬車の近くに子供がいることに気が付いた。
「あ、ヴァン様!」
「お、ヴィーザ。こんにちは」
いたのは、街で何度も会った衛兵の娘、ヴィーザだった。ヴィーザはどこか悲しげな顔で口を開く。
「ヴァン様、何処かへ行ってしまうんでしょ? 何でですか?」
「え? だ、誰から聞いたの?」
そう尋ねると、ヴィーザは馬車の後ろを指差す。馬車から顔を出して後方を確認すると、後ろに並んでいた馬車二台のうちのディーの馬車が幟のようなものを立てていた。
幟にはデカデカと「ヴァン様御出立」と書かれている。
「え、何あれ。超恥ずかしい」
僕がそう言うと、馬車の周りを警護していたディーの部下がこちらに近付いてきて答えた。
「あれはディー様の指示によるものです! ディー様は夜逃げのように街を去られるヴァン様の境遇を哀しみ、せめてヴァン様の出立だけでも堂々としたものにしようと……」
「父に口外するなと言われたんだけど?」
確認すると、騎士の青年は悪戯坊主の顔で笑った。
「そうなのですか! 私は初めて耳にしました! 恐らく、ディー様も知らずにやってしまったのでしょう。幟を下ろそうかと思いますが、今はディー様が馬車の中で寝入ってしまっていて……申し訳ありません! ディー様が起床しましたらすぐに、幟の件を伝えますので!」
そう言ってまたニカッと笑う青年の後ろでは、窓から顔を出したディーが大声を張り上げている。
「侯爵家四男! ヴァン・ネイ・フェルティオ様の御出立である! 盛大な御見送りをお願い致す! また、もし仕官の申し出をする者は……」
よく通る声で演説するディーを半眼で眺めた後、青年を見る。
「起きてるよ?」
「あ、すみません! ちょっと見回りをしてきます! 馬車の周囲を巡回するだけなのでご安心を!」
と、笑いながら青年は馬を走らせた。
周囲には徐々に人だかりが出来ていき、中には僕の存在をよく知る者達もいて声を掛けてくる。
「ヴァン様! 何処に行くんですか!?」
「すぐに帰ってきてくださいねー!」
「王都の学園に行くんですか!?」
わいわいと声を掛けられる僕は最初こそ困惑していたものの、だんだんと開き直ってきた。
「みんなー! ちょっと行ってきまーす!」
顔を出して挨拶をすると、一度会っただけの者まで返事を返してくれる。
「さようならー!」
自ら別れの挨拶を叫んだのに、気が付けば僕は目に涙を浮かべていた。
街の知り合いの中には僕の挨拶で泣いた者もおり、その涙を見てまた鼻の奥がツンとする。まったく気にしていないつもりだったのに、情けない限りだ。
僕が涙を手で拭って椅子に座り直すと、ティルが引くほど号泣しながらハンカチを持ってきたのだった。
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