第6話

 成り行きとはいえ、僕は思いがけず奴隷を買ってしまった。立派にダメ人間になっている気がする。


 だが、今はそれで良いのだ。


「よし。じゃあ、ご迷惑かけちゃったから、カムシンの服とか生活用品を買っていくよ」


 そう告げると、ロザリーは嬉しそうに笑った。


「まぁ、ありがとうございます! それでは私が良いものを選ばせていただきますね。さ、カムシン。合うものを選ぶから一緒に来なさい。あ、先に奴隷契約を……と」


 ロザリーはカムシンを立たせて連れてきたりとテキパキと動いていき、最後に何か言って僕とカムシンの手を同時にとった。


 直後、フワリと体の中をなにかが奔ったような感覚を受け、次にじわりと手のひらが光るのを見た。


 光は手の甲の部分に集まっていき、何かの文字を描くように動く。すると、手の甲には羽の生えた馬の刻印が出来上がった。


「……これ」


 僕がそう呟くと、ロザリーは自慢げに口を開く。


「それが奴隷契約の印です。私は契約魔術師ですからね。あ、契約料は今回は無償とさせていただきましょう。初来店ですから」


 ロザリーは得意そうにそう語った。が、実は僕は契約までするつもりも無かった。いや、まぁ、良いんだけどさ。


「ありがとう」


 僕が笑顔を浮かべてお礼を言うと、ロザリーはハッとした顔になって頭を下げる。


「あ、失礼致しました! さ、さぁ、こちらへどうぞ! 案内致します!」


 ようやく僕が侯爵家と思い出したロザリーは急に畏まって案内を始め、僕は笑いながら後に続いた。


「こちらが食料、調味料です。あちらは日用品ですね。食器や雑貨もあります。あ、まずはカムシンの服をお選びになりますか?」


「そうだね」


「では、こちらへどうぞ!」


 案内された場所には様々な種類の衣服が掛けられていた。洋服っぽいものから民族衣装のようなもの、中には布に穴を開けただけみたいなものもあった。


「奴隷ならこちらが一般的でしょうか? これなら1枚で銅貨一枚です。裁縫が凝ったものと生地が良いものは銀貨一枚から五枚まであります」


 と、ロザリーは語る。


 食料品などを見た限り、銅貨一枚は千円くらいだろうか。銀貨は一万円くらいになりそうだ。つまり、カムシンは五十万円となる。違うかな?


 僕はお金の感覚と価値を考えつつ、服を見ていく。


「この辺りが良いな。ティルと一緒に並ぶなら、こんな服装の方が違和感無い」


 そう言って服を指差すと、ロザリーは困ったように笑う。


「あ、あの、こちらは良い生地を使ったもので、銀貨三枚するのですが……」


 ちらちらとティルを見ながら告げるロザリー。僕がそちらを見ると、ティルが豊かな胸を張る。


「お任せください。ここにヴァン様のお金があります」


 僕のお金を我が物顔で差し出してくるティルに笑いながら受け取り、中から必要な硬貨を取り出した。


「後は肌着を何枚かと靴かな」


「ありがとうございます! それでしたら服に合う良い靴があります!」


 こうして、僕の外出初日は奴隷と服などの楽しい買い物となった。予定外だ。







「あの、ヴァン様。ディー副団長様が探してましたが……」


 スーツっぽい黒い執事服に身を包んだカムシンが恐る恐るそう言ってきたので、僕はクッキーを差し出す。


「これで僕は居ないと言っておいてくれ」


 すると、カムシンはすっかり清潔になった素朴な顔を顰める。薄汚れた髪と身体をしっかり洗うと、濃い青い髪の痩せっぽちが現れた。意外に畏まった服が似合うのが憎らしい。


「いや、多分バレてると思うのですが……」


 そんなことを言いつつも、カムシンはクッキーを受け取ってその場で食べると、部屋から出ていった。


「あ、あの、ヴァン様はいないみたいです」


 部屋の外から微かにカムシンの声がする。


「なんと! しかし、先程この部屋に入る目撃者がおったぞ!」


「探してみたんですけど、いなくて」


「む!? お主、なぜ口元に食べカスがある! 先程まで何も付いておらんかったろう!」


「……食べカスなんてありません」


「今食ったのが食べカスじゃないか! うぬぬ、さては買収されおったな……! 騎士団副団長の命令を無視するとは良い度胸だ!」


「ぼ、僕はヴァン様の奴隷ですから」


 カムシンがディーの圧力に負けず、ハッキリと僕の味方だと宣言すると、ディーが唸り声をあげた。


「むむむ……私に言い返すとは、見上げた根性だ。よし、ならばヴァン様の代わりに貴様を鍛えてやろう! 光栄に思うが良い!」


「え? え、ぼ、僕?」


 と、なんとも愉快な会話をしてカムシンは連れていかれてしまった。


 これは、僕が受けた地獄の特訓をカムシンも受ける流れか。可哀想に。


 仕方なく、僕はそっと後をついていく。


 その後カムシンがフラフラになるところまで確認し、わざとディーの前に姿を現して特訓の後半戦を受け入れることにしたのだった。


 まぁ、今後は訓練の前半をカムシン、後半を僕としようか。エスパーダの勉強ばかりはカムシンに任せることが出来ないのが残念だ。






 そんなこんなで、気が付けば僕は八歳になっていた。


 それまではエスパーダとディーのスパルタ教育を受けて全て応えてきた神童は、ここ二年ですっかり怠け癖がついてしまった。今や、神童はただの子供となった。


 そんな評価になっている筈だ。


 僕は予定通りだと喜んだ。


 だが、まさか辺境の村送りになるほど評価が低いとは思わなかった。


「……ど、どうでしたか?」


 僕が自室に帰ると、待っていたティルとカムシンがハラハラした面持ちでそう聞いてくる。


 そんな二人に僕は笑顔で頷いた。


「ほ、炎の魔術適性だったんですね!」


 ティルが喜ぶが、僕が首を左右に振って否定すると動きを止める。すると、今度はカムシンが口を開く。


「そ、それでは、ムルシア様と同じく風の?」


 そう聞かれるが、僕はそれにも首を左右に振った。


 沈黙する二人に、静かに口を開く。


「僕は、生産の魔術の適性があったよ」


 そう答えると、二人は固まったまま目だけ瞬かせた。数秒間もの沈黙の末、カムシンが答える。


「えっと、あんまり聞かない魔術、ですよね? 珍しいものですか?」


 と、カムシンが呟いた。


 珍しいのではなく、生産の魔術適性の者が公表しないだけである。


「まぁ、貴族ではあまり聞かない適性かな」


 苦笑しながらそう答えると、ティルがようやく再起動した。


「あ、で、でも……ヴァン様ほど優秀な方なら、ちゃんと侯爵家の要職を任されますよ! 間違いないです!」


 そう言われて、乾いた笑いが口から出てしまう。


「まぁ、領主を任されたから、要職は要職かな」


「え!? すごい! 本当に大役ですよ!?」


 僕が答えた途端、ティルは文字通り跳び上がって喜んだ。それに釣られてカムシンも笑顔になる。


 だが、次の言葉を告げると、二人の顔はまた凍りつくのだった。


「名もない辺境の村のね」


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