第3話
この世界は三つの大陸と無数の島々があり、この国があるのは西の大陸とのこと。海峡の中でも特に狭い場所に船を渡す港があり、そこから大陸と大陸を繋いでいる。ちなみに中央大陸と東の大陸は間に島があるらしい。
なお、聞く限り中世か近世ほどの発達した文明を持っている筈だが、この世界には魔獣と呼ばれるモンスター的な動物がいるらしく、深い海には巨大な魔獣が出て襲われるから大航海時代の到来は有り得ない。
人種を尋ねると様々な種族がいると教えられた。まさかのエルフ、ドワーフ、獣人なんていうのも存在している。大体は種族ごとの集落や文化を構築していて、あまり他種族の人に会うことは無いそうだ。
ちなみに魔術なんて便利なものがあるせいで火薬の普及が著しく悪い。武器は基本的に剣と槍、弓矢、そして魔術だ。弓矢はクロスボウなどもあるが、皆が魔術を使えるせいで最も重要視されるのは魔術となる。
中にはまともに弾が飛びもしない銃の開発を進めている者もいるが、出資する者が現れないためほとんど進んでいない。
移動は歩きか馬、後は二本足のコモドドラゴンみたいなのもいるらしい。蒸気機関なんてものはもちろん無い。だが、違う国には魔術具を用いた移動方法があるらしい。
魔術具って何ぞや。
そう思って聞くと、ティルは何となくの曖昧な知識を披露した。
魔水晶や一部の宝石、石や鉱物には魔力を溜め込む力があり、それに魔力を込めるとそれぞれの魔術適性に応じた魔術具が作れる、らしい。
ちなみに今僕がいる国はグラント大陸の南部にある大国、スクーデリア王国である。国王の名はディーノ・エン・ツォーラ・ベルリネート。三百年続くベルリネート王家は徐々に国土を拡げており、今代の王もジャルパ伯爵など武力のある貴族を率いて小国一つを侵略し新たな国土を得ている。その際に、父は侯爵へと陞爵されたらしい。
つまり、うちは軍国主義の大国の中にある武力に特化した貴族ということだ。国が安泰な限り地位は確立されるが、子も部下も戦う力が無いと相手にされない。
とはいえ、侯爵家だ。貴族の中でも上位だし、武門の家なので王国内でも発言力は高い。
ならば、僕の未来も明るいに違いない。
それから、僕はティルに色々と質問したり、自分から魔術について学んだりした。その噂は徐々に侯爵家の中で広まっていった。
メイド達はヴァンを神童かと噂しており、それは遂に執事長たるエスパーダの耳にも入る。
そして、半ば強制的に講師としてエスパーダが僕の前に現れたのだ。
「ヴァン様は二歳。今は文字と簡単な数字の勉強をされていることと存じますが、何処まで覚えられましたかな?」
エスパーダは僕を見下ろしながらそう口にした。目は鋭く細められ、口は横一文字に結ばれている。髪は白くオールバックに固められていた。黒い執事服をピシリと着こなしており、背もスラリと高い。歳は五十歳前後とのことだ。
エスパーダは長年父を支えてきた有能な執事、らしい。これまで話したことは無いが、見た目的にはとても仕事が出来そうである。ただし、恐い。
「どうされました。これまで覚えたことを教えていただきたいのですが?」
二歳相手にする話し方ではないぞ、エスパーダ。
僕は内心戦々恐々としながらも、ゆっくり考えて口を開く。
「話せるし、聞くのは大丈夫だと思う。でも、文字はあんまり……」
「……では、数字はいかがですか?」
「あ、す、少し……足したり、引いたり、とか?」
そう答えると、エスパーダはしばし動きを止めた。
逃げ出したくなるような静かな時間が流れ、エスパーダは両手を前に出し、指を立てる。
「こちらに二本。こちらは三本。合わせて、いくつでしょうか」
「ご、五本」
「……では、両手で七本。二本減らすと?」
「そ、それも五本」
答えると、エスパーダは指で七を作ったまま、再度動きを止めた。
その日はそれで終わったが、どうやらエスパーダは父に何か言ったらしく、一週間に二回は僕の講師をすることになった。
だが、それが地獄だった。
明らかに二歳にやる内容ではないし、量も多い。そして何より、機械のように微動だにしない表情のまま淡々とこなしていく。
え、この人はアンドロイドか何か? あ、魔獣がいるならゴーレムとかアンデッドかな。
そんなことを思いながら授業を続けたが、お陰で文字も読み書き出来るようになったし、この世界での戦争のやり方やルール、貴族の制度や領地の統治についてまで学べた。
いや、二歳児になにしとんねん。
そんなこんなで二年間勉強に明け暮れ、四歳になってからは小さな棒切れを持って剣術の真似事みたいなことをさせられるようになる。
まぁ、これは楽しかった。学校の授業で柔道をやり、中学では空手道場に通っていたから、武道は好きなのだ。
棒を持ってヘイヘイと地面に突き刺さった棒を叩いたり、可愛いメイドさんがヒラヒラさせた棒を叩いたりした。
「ほら。こっちですよ、ヴァン様!」
「わ、速いです! 反射神経が良いですね!」
「流石はヴァン様です!」
キャイキャイと動き回りながらメイドが棒をヒラヒラさせ、僕はその棒を叩いて褒められる。
お座敷遊びか。舞妓さんとお座敷で遊んでいるのか、これは。
五万くらいなら出すぞ。
ご満悦で棒を握り直して振り向くと、ティルが参戦していた。ティルは期待の篭った目で棒を持つと、わざと僕が叩きやすい場所に棒を突き出す。
「えい!」
気合いと共に棒を振ると、ティルが素早く横に避けて棒は空振りしてしまった。
「むふ! 私の勝ちですよ、ヴァン様!」
子供か、貴様。
僕は怒りのままに棒を振り回すが、いかんせん四歳児。十四歳になったばかりの活発な少女には一歩及ばない。
ムキになって棒を振り回していると、笑いながら逃げるティルを二人の先輩メイドが捕まえた。
「……ティル?」
「ヴァン様を馬鹿にするなんて、命が惜しくないようね?」
二人のメイドは目がマジだった。顔が笑っているため地味に恐い。ティルは先程までの上機嫌っぷりが嘘のように怯えている。
「さぁ、ヴァン様。私たちが押さえておきます。この馬鹿者に罰を」
ティルはすっかり涙目だ。
罰だなんてそんな……僕はティルへの同情のあまり、棒を強く握って笑った。
「よし、罰だね。任せて」
そう言ってティルのお尻を軽く叩くと、ティルは「ひゃあ」と可愛い悲鳴をあげた。優しくしたのだが、かなり怖かったらしい。
ティルは半泣きで謝っていたので罪悪感が半端無い。
まったく、剣術最高だな。毎日やるぞ。
こうして、僕は楽しく剣術を学んだ。
まぁ、流石にメイドさんとキャッキャするのは半年だけだったが、その後も少年兵と呼ばれる兵士見習いを相手に頑張った。
まぁ、軽い盾と柔らかい棒を持って戦うチャンバラみたいなものだけどね。相手に先に棒を当てた方が勝ちという優しいルールだし。
でも、それが意外に奥が深くて面白い。
柔道は相手の形を崩すことが大事だけど、その前の有利なポジションを確保することも大事だ。空手は間合い。相手のリーチを予測し、相手の攻撃よりもこちらの攻撃が有効打を与えることの出来るように間合いをとる。
僕の考えでは、その二つは剣術にも活かせる気がした。
少年が相手といえど、相手は十歳前後だ。背は高く手足は長い。棒を持って振れば、更に遠くの距離に感じる。
だが、その不利もなんのその。
相手は子供だから、どうしても攻めは単調になる。それぞれ得意な動き、癖があり、何度もやれば把握も出来る。
五歳を過ぎた頃には、僕は少年兵達と対等に戦えるようになっていた。
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