第4話
どうやらヴァンは剣術にも才能があるらしい。
少年兵とまともに戦えているせいか、そんな噂が今度は兵士達の間で広がったようだ。
「ヴァン様、質問してもよろしいですか?」
厳つい髭面の男が鎧を脱いでそう聞いてきた。簡素な布の服上下を汗でびっしょり濡らしたその中年男性は、なんと侯爵家最強の一角である騎士団副団長のディーである。
黒い布の服の上からでも筋肉がみっちりと詰まっているのが分かる。まぁ、服が汗を吸って体にピチッと張り付いているせいもあるけど。元は灰色の服なのに汗で色変わってるのが気になるな。
「何?」
水を飲みつつ聞き返すと、ディーは至極真面目な顔で両手を出してきた。
「手を見せていただきたい」
「い、いいよ? なにするの?」
若干不安になりながら片方の手を差し出すと、ディーは恭しく僕の手を両手で掴んだ。そして、手のひらをじっくり眺める。
「……タコも無い。皮膚も柔らかいままですな。むむ、爪が伸びております」
「わ、悪かったね。僕も大人になったら鍛えるようにするよ」
そう言って手を引っ込めると、ディーは難しい顔で唸った。
「うちの見習いに負けて夜な夜な特訓を繰り返しておられるのかと思いましたが、まったくそんな気配は無いですな」
「勉強が大変なんだ。余裕が出来たらするよ。剣も好きだし」
怒られているのかと思ってそんな言い訳をすると、ディーは目を細めて城を見上げた。
「……噂ではエスパーダ殿がヴァン様には通常の三倍の勉強をさせるように指示を出していると聞きます。もし、剣をもっと学びたいなら、私がすぐさま直訴しましょう」
「え、えぇ? だからあんなに勉強がいっぱいなのか……僕だけ朝から晩までしてるからおかしいと思ったんだ」
衝撃の話を聞いて項垂れていると、ディーが深く頷く。
「あの頭でっかちは学問に傾倒し過ぎております。私のような公平に人を見られる者からすれば、ヴァン様は剣の道を進むべきでしょう。ヴァン様には天賦の才があります。まずは形を覚え、筋肉を鍛えるのです。後は毎日実践に基づいた訓練を行いましょう。私がヴァン様を王国一の剣士にしてさしあげますぞ」
力強く語るディーの目はマジだった。マジのガチだ。というか、エスパーダを頭でっかちと評するディーの頭は脳筋である。勉強が剣術になっただけで両方ともばっちり偏っている。
「剣は好きだけど、勉強も好きなんだ。どっちも頑張るよ」
そう答えてみると、ディーはとてもとても残念そうに口をへの字にした。
「……むぐぐぐ、仕方ありませんな。せめて、剣の訓練をする間は私が直接指導しますぞ。良いですな?」
と、エスパーダに続き副団長のディーまでが勝手に講師を申し出てきた。ずいっと顔が近づいてきて返答を待つディーに、僕は半分引きつったような笑いで答える。
「あ、はは……優しく教えてね?」
「はっはっは! もちろんですとも! ヴァン様はまだまだ子供ですからな」
良い返事が聞けて上機嫌になったディーは確かにそう言った。
だが、それは真っ赤な嘘だった。
「さぁさぁ、素振りを上段百、中段払い百、突き上げ百! 行きますぞ!」
「や、や、休ませて……まだ走ったばっかりだよ……!」
「何を言いますか、ヴァン様! 休むのは後でも休めますよ! さ、一緒に!」
鬼のようである。
半泣きで素振りをやりきった僕が椅子にどっかりと座って休んでいると、ディーは良い事を思い付いたといった顔でこう言った。
「そうだ、ヴァン様。休んでいる間は暇でしょう! 椅子に腰掛けず、中腰のまま休みましょう!」
鬼ではなく馬鹿だったようだ。空気椅子で休めるか、馬鹿。この馬鹿。
そんなことを思いつつ、僕は文句を言う元気も無く項垂れたのだった。
そして、一年。
六歳になった僕はもう少年兵にはあまり負けなくなった。六歳と十二、三歳というとかなり体格が違う。リーチもそうだが、体格が違うということは筋肉の量も違う。力も速さも相手の方が上だ。
だが、動体視力と反射神経、そして知識が違う。
少年兵達も僕に倣って工夫するようになったが、まだまだである。
騎士達はあまりフェイントの概念が無く、剣撃も速さか威力に重点を置いている風だった。剣速が速い者は上段を防御させて素早く横腹を、といった連続攻撃に、威力重視の者は立ち回りで相手の動きを制限させ、上段から思い切り棒を振り下ろす、みたいな感じだ。
だから、僕は相手が攻めようというそぶりを見せたら後ろに引いたり、逆に斜め前に動いたりして翻弄する。
相手が空振りしたら大チャンスだ。子供はじっくり待つような戦法は苦手なので、僕はどんな相手にも根気よく対処した。
連続で当ててくる相手は、無意識に相手が防御して弾かれた反動を計算に入れていることが多い。だから、一発目か二発目を空振りさせたら途端にリズムを崩す。
威力重視の者は間合いと奇襲である。相手に今なら当たると思わせれば、余分な力の入った溜めの大きい攻撃が来る。それを躱すのは簡単だ。
奇襲は主に三種類。皆があまり使わない、足を狙う下段払いや低い位置からの切り上げ。そして背後に回り込んでからの薙ぎ払いだ。
背が小さくてチョロチョロ動く僕は相手からしたらかなりやり辛い。相手の体に当てれば勝ちというルールも僕に味方した。
そんなこんなで半ば地獄ながらも充実した毎日を送っていると、ティルがいつもの如くニコニコしながら口を開く。
「最近はすっかりヴァン様も逞しくなられましたねぇ。賢くて剣術まで天才なんて……もしかしたら、ヴァン様は御兄弟の皆様を追い抜いて当主様にまでなられるかもしれません」
ふと、ティルはそんなことを口走った。それに僕は内心息を呑む。
エスパーダの授業の中にもあったが、貴族の世界は弱肉強食の世界だ。恐ろしいことに、家によっては血を分けた兄弟の間柄でも例外ではないという。
当主になるか、ならないか。このどちらかで今後の人生が全く違うものとなる。
金、地位、名誉、力……どれも新しく当主となった者の総取りだ。二番以降はお呼びではない。仲が良ければ部下として当主を支えることもあるが、大体は家を出る。
特に、弟が兄を抜き去って当主の座を奪った時だ。地位を追われた兄はまず弟を憎む。だから、当主の座につきそうな兄弟は早めに殺しとこう。なんて人も現れる。
残念なことに、僕はあまり兄達と会話をする機会が無い。更に次男と三男はたまに見かけた時に視線を逸らされてしまうことが多い。仲が良いとは言えないだろう。
長男はよく兵士の訓練所に姿を見せる為、挨拶くらいは交わすが、将来は分からない。
つまり、実際に当主になるかは別にして目立ってしまったら殺される可能性は上がるのだ。
まずい。明らかに僕は目立ち過ぎている。最近は城内を歩いているとメイドや執事、衛兵にまで声を掛けられるのだ。
兄達から見れば、調子にのってんぞ、あのガキ、みたいに思われているかもしれない。
これは、どうにかせねばならない……!
「……ティル」
僕が呼ぶと、ティルは笑顔で返事をする。
「はい、何でしょうか?」
「僕、外に遊びに行きたい」
「へ?」
遊び人になろう。レベル二十までは遊びまくるのだ。
僕はそう決めた。
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