第14話 新たな同盟


「ねぇ、私と組もうよ。峯岸くん」


 そう提案してきたのは藤江真鈴である。

 藤江は俺を下着泥棒のレッテルを貼った若草伶奈の親しい人物だ。

 そんな藤江は俺に同盟を組むことを提案した。


「お前、若草を裏切るのか? そもそも裏切れるのかよ」

「うん。裏切れるよ。他人より自分の方が大事だし」


 鎌をかけたつもりだが、藤江は否定することはなかった。


「信じられるかよ。裏切ったように見せて逆に裏切るつもりだろ。そんな見え見えの冗談は辞めてくれ」

「そうか。峯岸くんは私のことを信用できないんだ。それはどうして?」

「若草と行動する藤江は必然的に信用できない。それだけの話だ」

「なるほど。私のことを信用してもらうためには行動で示せってことだね。分かった」


 何が分かったのか。藤江は掴んでいた肩を離した。

 そして藤江は穴の中にいる若草にこう宣言した。


「伶奈。悪いけど、私峯岸くん側に付くことにしたよ」

「付くってあんた、それってどう言う意味?」

「そのままの意味だよ。伶奈のすることって幼稚なんだよね。最初はカリスマ性あるなって思ったけど、ただの嫌な奴って感じでさ。だからそう言う訳でごめんね」

「はぁ? ふじえもん。あんた、急に何様のつもり? そんなことをしてタダで済むと思っているの? こっち降りてきなさいよ、コラ!」


 突然、友人の裏切りに若草は動揺が隠せない様子だった。


「峯岸くん。これで信用してもらえた?」

「その場限りの裏切りなら俺としてはお断りだ。第一、藤江と俺が手を組むメリットがない。落とし穴に落ちたくないだけのその場限りなら交渉決裂だ」


 簡単に人を信用してはならないと思い知らされた俺としては藤江を信用しようとは思えなかった。きっとまた裏切られる。その恐怖が染み付いていたからだ。


「いいじゃない。手を組んでみても」


 そこに現れたのは氷菓である。そしてその後ろには湾内の姿もあった。


「氷菓……。いいってこいつは若草の連れだぞ。信頼できるかよ」

「でも本人の前で裏切りを宣言したんでしょ?」

「それだけで信頼できるかよ。第一、氷菓は藤江を信用できるのか?」

「できるかできないか。それは私の決めることじゃない。峯岸くん、あなたが決めることよ」

「お、俺?」

「おい。誰かいるのか。何を話し込んでいるんだよ、こら!」と穴の中から大樋の叫ぶ声が聞こえるが無視を決め込む。

「あなたの問題でしょ。自分で決めなさい。藤江さんと手を組んでも私たちの計画は変わらないけどね」


 あくまで氷菓は俺に決めさせるように仕向けた。

 氷菓の言葉で俺は気持ちを整理することができた。


「藤江。俺は若草たちにマイナスのレッテルを貼られた。それは許される行為ではない。マイナスからゼロに。そしてプラスにするためには若草たちが邪魔な存在になってくる。それを聞いた上で君は俺側に付けるといえるだろうか」

「あの氷の女神様を味方に付けるなんて面白い。あなたたちがどう言う関係か興味があるわね。峯岸くんの成り上がりをこの目で見させてよ。私、藤江は峯岸くん側に付くことを宣言します」


 そのハッキリした物の言い方に俺のモヤモヤが吹き飛んだ気がした。


「藤江。君を信用するよ。手を組もう」

「そうこなくちゃ」


 俺は藤江真鈴と手を組んだ。


「さて、そうと決まれば例のものが出来ているわよ」


 氷菓の作戦が始まる。

 大樋たちが穴に落ちてから二時間が経過した頃である。


「ねぇ、私たちいつまでここにいなきゃいけないのよ」

「しらねぇよ。そのうち誰か助けに来るだろ」

「誰かって誰よ!」

「だからしらねぇって!」


 冷静を装っていた若草と大樋だが、不安が続いたことによって声を荒げていた。


「落ち着けよ。俺たちがいないことに気づいて今頃騒ぎになっているって」

「そうだよ。ここは信じて待とう」


 猿飛と梶は二人を安心させるために間に入る。

 その光景を見て俺は腹がよじれそうになった。


「お前らがいなくなったところでどうせサボりだと思われるのがオチだよ」

「テメェ。峯岸! 今までどこにいやがった。とっととはしごか何か持ってこないとただじゃおかないぞ」

「人に頼む態度がそれかよ。腹が減っていると思って食べ物を持ってきたのに」


 そう言うと穴の中にいる四人は固唾を飲んだ。


「なんでもいいから食い物よこせ!」

「その言い方だとあげられないな。大樋くん。言い直してくれるかな?」

「なんだと。テメェ、峯岸、貴様!」

「司。ここは言う通りにしてよ」


 若草が止めに入り、空腹の限界であることを実感させた。


「ちっ。お願いします。食べ物を分けて頂けないでしょうか」


 明らかな棒読みで面倒そうに大樋は言う。


「まぁ、いいだろう」


 俺はお盆にカレーを人数分乗せてロープで下にゆっくりと下ろした。


「お前らの分は残してあるから食べてくれ」

「ありがてぇ。いただきます」


 余程お腹が空いていたのか、四人は掻き込むようにカレーを貪った。

 だが、それも束の間。


「か、かれええええええええぇぇぇ! なんじゃこりゃ!」


 あまりにも辛くて四人は飛び上がる。


「デスソース。一滴入れるだけで凄まじい辛味が出る最強の調味料のお味は気に入ってくれたかな?」と、俺はデスソースの瓶を四人に見せた。

「み、水! 水をよこせ」

「水ならここだよ。欲しかったらここまで来たら?」


 手が届く距離にあるのに届かない。

 そのなんとも言えない状況に四人の投資に火が付いた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおりゃあああああああああああああああああああああああ!」


 火事場の馬鹿力というやつか。

 四人はあまりにも水の飲みたさに人間離れの力を発揮し、自力で三メートルの穴から地上に降り立った。


「みずううううううううううううううううううううううう!」


 全力で喉を潤して我に帰るまで時間は掛からなかった。

 これには俺も予想外の出来事である。

 

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