第11話 マイナスからゼロ作戦へ


「ハイリスクハイリターン作戦をする前に峯岸くんの評価をマイナスからゼロに戻す必要がある。そのためにするべきことは次の林間学校で決行しようと思うの」


 氷華は前段階としてとある作戦を伝える。

 その林間学校というのは一泊二日で行われる学校行事の一つだ。

 キャンプ場を貸し切って自然と触れ合う目的で行われている。

 することと言えばカレーを作ってキャンプファイヤーをするというのがおきまりのものである。

 しかし、今の生徒は時代に合わないとかでこの行事をよく思っていない者が少なからずいる。廃れつつある行事でもあった。その林間学校は今月末に行われる予定だ。

 林間学校では班で行動を共にする。問題はその班の決め方だ。


「よーし。お前ら。男女別々の箱からクジを引いてくれ」


 担任の先生は二つの箱を用意して順番にクジを引くよう指示をした。

 班は男女半々の五人で構成される。普段喋らないものとも交流できるようにするための処置であり、好きなもの同士で組めないようになっている。

 関わりたくない人と無理に関わらせる方針がそもそも古い考えだが、今更それを否定しても仕方がない。


「うわぁ、峯岸だけとは組みたくないなぁ」

「ここで同じ班を引き当てた日には私、欠席するかも」

「はぁ、峯岸と当たった人はご愁傷様ね」


 既に女子からは疫病神扱いされる存在となった俺は心苦しい限りだ。

 それでもここは耐えなければならない。

 クジを引く順番は俺に回ってきた。


「よう。峯岸。お前、引いたクジ見せろよ」

 すかさず大樋は俺の引いたクジを取り上げた。

「おぉ? 三番。俺と一緒じゃねぇかよ。おい、他に三番引いたやつ誰だよ」

 大樋の問いに押し黙るクラスメイト。そんな中、挙手をするものが現れる。

「湾内と氷華か。と、言うことは最後の一人は……」

「私」と名乗りを上げたのは若草である。

「ラッキー。伶奈と一緒か。邪魔者が一人いるなぁ」


 大樋は俺に向けて眼を飛ばす。

 自分じゃないと分かったクラスの女子たちは安堵する。


「楽しい林間学校にしようぜ。仮病使うんじゃないぞ、峯岸」


 それはたっぷりと虐めてやると言っているように聞こえた。


「計算通りね」とボソリと氷華は呟いて自席へ向かう。


 そう、このくじ引きは最初から仕組まれたものである。

 どんな手口を使ったかと言えば単純なイカサマだ。

 クジを作ったのは先生ではなく氷華である。

 氷の女神様の評判は生徒だけではなく教師からも信頼が厚い。

 氷華は学年でもずば抜けた成績であり、先生からの頼み事をよくされるという。

 そこでクジ引き作りをお願いされるよう仕向けた。

 箱の中身には内ポケットが作られており、好きな番号を引くのは容易。

 後は引きたい番号を内ポケットから引いて残った数字のクジは下に落とせば証拠隠滅。

 簡単な操作である。

 目的は大樋と同じ班になること。それが最低限の条件だった。

 班分けが決まり、林間学校初日の朝を迎えた。





「大樋と同じ班になってもらいます」


 サラッと氷華は当たり前のように言い放つ。


「はぁ? そんなことをしたら目をつけられるどころかロックオンされちまうだろうが」

「それが狙いよ」

「え?」

「大樋と同じ班になれば間違いなく峯岸くんに必要以上絡んで来ることは確実。今回はそれを利用しようと思う」


 氷華は何か考えがあるようである。

 そのためにあえて危険を犯して大樋と同じ班に仕向けたのだ。


「よう。峯岸。逃げずにちゃんと来たじゃねぇか。おぉ?」


 バスの中でいきなり大樋に絡まれていた。

 狭い箱の中でこれは逃げたくても逃げられない状況だ。


「分かっているな。林間学校中、お前は俺のパシリだ。俺の言うことは絶対だ。いいな?」

「なんで俺がそんなことを……」

「あれれー? いいのかなぁ。そんな口を聞いて」


 大樋は俺のボコボコにされた無残な姿の画像を見せた。

 完全に脅している。これを盾にされたら言うことを聞かざるを得ない。


「わ、分かったよ」

「良い子。さて、肩揉みをしてもらおうか。峯岸くんよ」


 なんとも気分が悪い。何故、俺がこんなやつの言うことを聞かなくてはならないのだろうか。全ては一度の失敗が物を言う。

 チラリと斜め前の座席に座る氷華目が合う。


「……っふ」とはにかんで視線を逸らされた。


 氷華ももしかしたら楽しんでいるのか。そう考えると作戦云々の前に屈辱的である。

 バスでの移動中は特に作戦はないので大樋の言いなりになるしかない。


「おい。もう少し強く揉めよ。全然気持ちよくないじゃないかよ」

「はい! 只今!」


 今に見ていろよ。調子に乗っていられるのも今のうちだからな。

 そう思いながら後ろ姿の大樋に睨みつけてやった。

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