第6話 アルバイトを始めました

 学校生活の変化は今のところ何も変わらない。

 相変わらず嫌がらせが絶えない日々で女子生徒からは距離を取られる始末。

 結局、学校では俺の居場所はない。

 しかし、氷華から出された指示はアルバイトをすることだった。

 ただ、その目的は伝えられず、ただアルバイトをしてほしいことの一点張りである。


「まずは資金がいるってことなのかな? それはそれで納得できるけど」


 気になったのは氷華が指定したバイト先である。

 バイト先は地元住民御用達の小さなスーパーである。

 どこでも良いのなら近場で適当に探すのだが、このスーパーは家から反対方向で通いにくい位置にある。

 何故、このスーパーで働くことを選んだのか謎である。

 だが、氷華の狙い通りなのか、面接時にその場で採用が決まった。

 初日からレジ打ち、品出し、清掃など多くの仕事を店長から教わった。

 覚えることが多く、大変な仕事であるが、採用されたからには全力で金を稼ぎたいと思う。

 アルバイトを始めてから数日後、レジ打ちをしている時である。

 ドンッとカゴいっぱいにレジ前に置く客が現れた。


「いらっしゃいませ!」


 流れ作業のように無心で商品をスキャンしていた時である。


「峯岸くん。仕事は慣れたかな?」


 顔を上げるとそこには氷華がいた。


「氷華さん。来てくれたんだ。おかげさまで慣れたよ。こう言う作業は好きだからさ」

「そう、それは何よりね」

「こんなにいつも買い込むの?」


 カゴの中には野菜、卵、肉など主婦が買うような食品が山盛りに入っていた。


「両親が共働きでね。家事は私がすることになっているの」

「そう言えば病院を経営しているって言っていたよね。大変だね。料理や洗濯、掃除全部やるんでしょ?」

「まぁ、慣れたらそうでもないよ。毎日やっているわけじゃないし、今週は私が当番」

「へー。当番制なんだ。それでも偉いよ。俺、料理は苦手だけど、その他はなんとかって感じかな。ところで資金を貯めて何をするつもりなの?」

「何のこと?」

「何ってお金がいるから俺にバイトさせているんでしょ?」

「あー、目的はお金じゃないのよ。そのうち分かるから」

「ねぇ、そのうちってどう言う意味?」

「あぁ、そうそう。悪い猿に気を付けて。それじゃバイトの続き、頑張ってね」


 会計を済ました氷華は去っていく。

 金が目的ではない? じゃ、何のためにバイトをさせているのだろうか。それにそのうちっていつだ? 悪い猿?

 具体的なことを教えてくれないままバイトの日々が続いた。

 変化が起こったと思ったのは学校帰りのバイト中のことである。


「峯岸くん。悪いけどインしたら品出しの方を任せていいかな?」

「はい。分かりました」

「悪いね。今日は量が多いから頼むよ」


 出勤早々、店長にそうお願いされた俺は品出しに回ることになる。


「学校では居場所が無い分、ここでは頼りにされて居心地がいいんだよな。人間、真面目にコツコツが一番良いに決まっている」


 品出しの最中、俺の後ろを通る人物に目がいく。


「うちの制服?」


 このスーパーは学校から近い距離にあるのでうちの生徒がいる分には問題ない。

 だが、俺が働いている事実はあまり知られたくない。

 一応、誰だが確認をしておこうと裏から回り込んで気付かれないように顔を確認する。


「げっ!」


 そこにいる人物は猿飛明彦さるとびあきひこだ。

 体型は小柄で猿顔。ピアスをしてヤンチャなイメージ。

大樋と一緒に行動を共にする一人だ。大樋といる時は茶々を入れたり口が悪くお調子者だ。それは大樋を立てる役割として重宝される存在である。だが、単独でいる場合は嫌味を言う猿にしか見えない。そう言う意味では大柄の大樋が横にいることで際立っていると言える。

何故、猿飛がここに?

いや、学校から近いし不思議ではない。だが、俺がここでバイトをしていると知られると学校での居場所がますます無くなってしまう。ここは見つからないようにやり過ごす方が得策か。

その場を離れて従業員専用の部屋に逃げ込もうとしたが、ある疑問が浮かぶ。

そう言えば学校の外でも大樋と行動するほど仲がいいが、今日は一人。

それに今の猿飛はキョロキョロと挙動不審に感じる。

普段は獲物を見るようにいやらしい目を向けるが、今の猿飛は学校での俺を思わせるような臆病さを感じる。


「何かがおかしい」


 自分が逃げることを忘れて俺は無意識に猿飛を目で追っていた。

 猿飛はお菓子コーナーに向かう。通路には猿飛しかいない。

 すると、猿飛はお菓子を手に取り、そのままポケットに滑りこました。

 その瞬間、俺は頭によぎった。万引き。

 そう、ここ最近、店長から注意事項があった。

 売り上げが合わずうちのスーパーで万引きが横行していると言うものだ。

 万引きGメンを雇うか防犯カメラを増やすか店長が頭を悩ませていたが、どうするかは決断できていない状況である。

 もし見つけた場合は社員に知らせるよう言われたことを思い出す。

 だが、この時間はほとんど人がおらず自由に動けるのは事務所で事務処理をする店長のみだ。事務所に戻る手間があるので俺は下手に動けなかった。

 俺が色々考えている中、猿飛の犯行は続く。

 お菓子だけに止まらずドリンクコーナーでジュースのペットボトルを一本、デザートコーナーでプリンを一つとポケットやカバンに入れたい放題である。

 服が膨れ始めて満足したのか、猿飛は堂々と出入り口の自動ドアへ向かう。

 このまま退店されたら万引きが成立してしまう。

 俺が止めなければならない。そう、正義感が押し出される。


「待て!」


 俺は店外に出た猿飛を追って走り出した。

 自転車で走り去ろうとしたところを荷台に手を掛けた。


「は、離せ!」

「無駄な抵抗はやめろ。猿飛!」

「何で俺の名前を……お前、峯岸か」


 猿飛は後ろを振り返り、ようやく俺の存在に気付く。


「何でお前がここに?」

「俺はここの店員だ」

「峯岸、ここでバイトをしていたのか」

「何でこんなことを」

「うるさい。お前に関係ないだろ」

「関係ある。今すぐ盗んだ物を返すんだ」

「触るんじゃねぇ」


 揉み合っていると猿飛の服からお菓子の商品が落ちた。

 その音で猿飛は我に返ったように動きを止める。


「峯岸……頼む。ここは見逃してくれないか?」

「はぁ? お前、何を言って……」

「勿論、店には謝罪する。そこは筋を通させてもらう。だが、学校には内緒にしてくれないか? 俺の進路に関わる話だから。なぁ、頼むよ。峯岸」


 猿飛は必死に俺の裾を持ちながら訴えかける。


「勿論、タダとは言わねぇ。この先、峯岸のことは嫌がらせをしないようにするから。これは取引だ。俺の秘密を言わない条件でお前の学校生活を保証してやる。な? いいだろう?」


 猿飛の必死さが滲み出ていた。


「とりあえず、店の事務所に行こうか」


 そう言って俺は猿飛を連れて事務所へ向かった。


⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

ニーズ……外したか、、

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