第7話 次なる作戦へ

 

 朝、俺は図書室へ向かう。始業前の飛脚的に人が少ない。 

 俺は迷うことなくある席に座る。


「おはよう。氷華さん」

「おはよう。峯岸くん」


 俺は氷華の座る斜め向かい側の席に座っていた。

 この時間帯に氷華は朝勉をすると言う情報を入手したので早起きして来たのだ。


「氷華さんは最初から分かっていたんだね」

「あら。何のことかしら」

「猿飛が店に来たよ。おまけに現行犯で俺が捕まえた」

「そう。それは良かったわね」

「それだけ?」

「私のシナリオ通りに動いていることを聞いても仕方がないでしょ」


 氷華は俺と目線を合わせないままノートにペンを走らす。


「氷華さんの外野から攻めるって意味が分かったよ。猿飛をこちら側に引き込むことが最初のステップってことだよね?」

「あなたのことだからきっと捕まえることは想像できた。そして猿くんがあなたに無理やり交換条件を出すことも想定済み。で、峯岸くんがその条件を飲まないことも想定済み」

「流石、全部計算通りってことか。確かに条件を出されたけど条件は飲んだよ。勿論、【仮】だけどね」

「あら、どうして?」

「相手を油断させるため。一時的に承諾したように見せかけて最後に全力で潰す。今までの俺には出来ない行動だけど、今の俺には真面目な正直者ではいられない。時に徹底的に嘘も付けないと自分を守れないって思ったんだ」

「お見事。そのちょっとした決意があなたの評価をプラスにするためには必要なことだったの。まぁ、その場で条件を飲まない選択も良かったけど、それはそれで今後の計画に磨きが掛かるわね」

「それで次は何をすればいいんだ?」

「峯岸くん。ここは私語厳禁よ。それに私との関わり合いは控えてくれる?」


 急に氷華は突き放すように言い放つ。先ほどまで自然に会話していたのにどう言う風の吹きまわしだろうか。

 と、思ったが生徒が集まり始めた。俺たちの同盟関係を隠すために突き放されたのは自然のことかもしれない。

 すると、氷の女神様こと氷華からメッセージが俺のスマホに届いた。


『トカゲの尻尾を取る』と書かれた文章が送られた。

 トカゲの尻尾? と返信を送っても目の前の氷華からの返事はなかった。

 また意味深な単語だが、恐らくこれが重要なヒントに違いない。

 氷華は口パクで俺に何かを伝えた。

 その口の動きを見て想像を働かせる。


(つ……ぎ……は……び……こ……う……)


  次は尾行?




 そしてその意味を知ることなくその日の授業が始まる。

 とある休憩時間にトイレで用を足している時である。


「よう。峯岸、この間の件は大丈夫だろうな?」


 俺の横に猿飛が入って来た。


「この間の件?」

「惚けるな。スーパーでの件だ。誰にも喋っていないだろうな?」

「あぁ、言ってないよ。そもそも言えるような人がいないから」

「そ、そうか。それならいいんだ」


 言っていないことにホッとしたのか、猿飛は胸をなでおろした。


「安心しろ。大樋にはお前にちょっかい掛けないように仕向ける。男と男の約束だ」

「その件だけど、いや何でもない」

「おい、まさか辞めるって言わないよな? 俺たちは運命共同体だ。裏切りは許さないぞ」

「……安心しろ。お前のことは言うつもりない」


 今は。と、心の中で呟いた。


「それならいいんだ。頼むぞ。峯岸くん。ははははは」


 ポンと肩に手を置かれて上機嫌にトイレから出て行く。どこまでもお調子者だ。

 今は精々泳がせておこうと心に決める。

 猿飛の弱みを握ってからイジメの日々はやや収まったように感じた。

 ゼロではないが、相変わらず女子から白い目を向けられたままだ。

 これがいつまで続くのか不安が残る。

 放課後、下駄箱で靴を履き替えようとした時である。

 一枚の紙切れが靴の中に入っていた。

『校門の東方面で待つ』との文章だった。宛先も何も書かれていない。

 決闘の申し込み? 

 不安になりながらも紙切れの指示に従って向かった。


「遅かったじゃない」


 氷華である。


「氷華さんか。何でこんなまどろっこしい呼び出しをするんだよ。普通にメールをくれたらいいのに」

「次なる作戦の決行よ。急ぎましょう。時間がないわ」

「え? どこに行くの?」

「トカゲの尾行よ」

 氷華の言うトカゲは恐らく本物のトカゲではなく人間のトカゲのことだろう。

 大樋と行動を共にする一人、梶幹雄かじみきおのことを言っているのだろうと想像が付いた。

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