第3話 氷の女神様は真実知っている


「どうぞ」


 美少女から一枚のハンカチを差し出される。

 氷の女神様と異名を持つ彼女の名前は氷華ひょうかさんだ。

 下の名前は確か……日和ひわ? 日和ひより? そんなニュアンスだった気がするがうまく思い出せない。この際、何でもいいけど。

 黒髪ロングで整った顔をしており、スタイルも良くそして巨乳だ。

 モデルのような羨ましい体型をしているのでその美しさは男女問わず見とれてしまうほど。

 ただ、彼女は表情を崩さないので笑うことはない。それどころか彼女の声すら聞いたことはない。聞いたとしても授業中に当てられた時や全員発言する自己紹介の時くらいでしか聞いていない。

 どんな時でも無表情で自分の感情があるのか分からないことから氷の女神様という異名まで付いてしまった。

 そんな氷の女神様が何故ここに?

 俺との関わりはこれまでになかった。ただの同級生としてクラスメイトとして一生喋ることもなく終わる存在と思っていた。


「あ、ありがとう」


 戸惑いながらも俺はハンカチを受け取って涙を拭った。


「どうして俺なんかのために……」

「私はあなたが無実であることを知っている。例え、学校中から嫌われても私だけが事実を知っています。だから負けないで」


 そう言いながら氷の女神様は俺の手を優しく握った。


「氷華……さん?」

「峯岸くん。私と協力して汚名返上しましょう」


 氷華は無表情ながらも微かに口元が笑った……ように見えた。

 俺は氷華が本物の女神様に見えた。俺はこの人を信じていいのだろうか。

 女神の仮面を被った悪魔なら俺はもう二度と立ち上がれないところまで行ってしまう。

 また騙されるのではないだろうか。そんな思いもあったが、俺の甘い性格が信じろと突き動かしていた。半信半疑で俺は質問する。


「あの、氷華さんは俺の味方なんですか?」

「私があなたの味方かどうかはあなたの思考に任せるよ。ただ、一つ言えることは峯岸くんを騙すつもりは一切ない。私が見たものが真実だと思っているから」


 その言い方だと味方でも敵でもないようにも聞こえる。

 結局のところ、どちらでもないのだろう。

 ただ、氷華は唯一、俺の無実を知っている人物でもある。


「立てる?」と氷華は手を差し伸べる。

「ありがとう。一人で立てるよ」


 フラフラになりながらも俺は自力で立ち上がった。


「保健室に行こう。手当てをしないと」

「でもこの傷を見せて知れ渡ると面倒だし」

「どうして? むしろ知らせるべきじゃない? あいつらがしたって証拠になると思うし」

「今の俺は下着泥棒の肩書きがついて回っているんだ。誰も俺の発言に耳を傾けないよ」

「だからってその傷をそのままにすることは見過ごせないな。無理やりでも連れていくことになるけどいい?」

「いや、行きます。自分の足でいきますよ」

「そう。肩貸そうか?」

「お願いします」


 俺は氷華の肩を借りてふらつきながらも保健室に向かった。

 ダメージはあったが、なんとか歩ける感じだ。

 それにしてもこの数分で感情がないと言われていた氷の女神様と会話が出来ただけでも驚きだった。意外と積極的? 教室では何を考えているか分からないところはあるが、今は感情がむき出しになっている感じがした。

 保健室に入ると生憎誰もいなかった。不在だ。


「保険の先生はいないか。峯岸くんにとって都合が良かったかもしれないね」


 その問いに俺は答えなかった。


「座って。私が手当てしてあげる」

「出来るのか?」

「まぁね。ほら、上着脱いでよ」

「え? ここで?」

「ここで脱がないでどこで脱ぐのよ」

「それはそうだけど」

「脱ぐのが大変なら私が脱がしてあげようか」

「いえ。自分で脱ぎます」

 恥ずかしがりながらも俺は氷の女神様の前で上半身裸になった。

「うわぁ。これは酷い。痛いでしょ?」

「まぁ、少し」


 本当はめちゃくちゃ痛いのだが、せめてもの強がりと言うやつだった。


「ちょっと身体拭くよ。染みると思うけど、我慢してね」


 氷華は濡れタオルで俺の身体を拭いた。


「……んっ!」

「ごめん。痛い?」

「いや、大丈夫です」

「すぐ終わるから。それにしてもこの油性マジックの落書き、なかなか落ちない」

「それは風呂にでも入れば勝手に落ちるから」

「そう。じゃ、傷口を手当てするね」

 氷華は手際よく消毒をして包帯を巻いてくれた。

 しかもその仕上がりは綺麗なものである。

「ありがとう。上手だね」

「まぁね。慣れているから」

「慣れている?」

「私の親、病院を経営していてさ。家の手伝いで慣れているんだよね」

「そうなんだ。凄いね」

「まぁ、小さな病院だからそれほどでもないけどね。それより言うことがあるんじゃない?」

「え? ありがとう? さっき言ったけど」

「まだ痛いところあるんじゃない?」


 氷華は俺の下半身に目線を向けた。


「いや。大したことないから大丈夫だよ。気にするほどじゃないし」

「ふーん。じゃ、足を組んでみてよ」


 言われた通りに俺は足を組んだ。すると凄まじい激痛が襲った。

 股の間が擦れたことが要因である。


「いて。いてててててて!」


 あまりにも痛過ぎて椅子から転げ落ちてしまう。


「ほら。言わんこっちゃない。見てあげる。ズボン脱いでくれる?」

「で、でも……」

「変なことを考えていないでサッサと脱ぐ」

「は、はい……」


 俺は逆らえることができず、氷の女神様に下半身を晒した。


「なるほど。これは酷い」


 と、氷華は小さく頷く。

 それは傷としてなのか、大きさとしてなのか。

 俺は追求して聞き返すことはできなかった。

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