第102話 兄がごめんなさい

「そういうことなら、兄様に任せなさい」


 意気揚々と安請け合いをしたのは、ジュディの実兄であるところの、アルフォンス・ブラックモア子爵である。

 その横で「よく言うわね」とすかさず言ったのは、アルフォンスの元婚約者であるヴィヴィアン・ロセッティ。

 金髪にヘーゼルの瞳、化粧映えのする妙齢の美女であった。丁寧に編み込んだ髪型も、豊かな胸や細い腰を強調した朝もやのような青系のドレスも、非常に洗練されていて、ほれぼれ見とれるほど。

 まさに、流行を知り尽くした社交界の淑女と呼ぶにふさわしい。

 ガウェインのイメージ戦略において、「見た目からして有無を言わさぬ『華』のある女性になりたい」と言ったジュディに対し、秘策を授けに馳せ参じてくれたのであった。


(アルシア様のお手を煩わせるわけにもいかないですし、王都で人材を確保できるのは大変ありがたいのですけど……。ヴィヴィアンさんは、兄様とは婚約解消していて、もうなんの約束もなく恋人関係でもないのですね?)


 ことの発端は、ジュディからアルフォンスに対し「今後について相談があるので、街中のレストランで都合の良いときに会いたい」と手紙を出したこと。なんと「今晩で! もう個室を押さえた!」とアルフォンスから折り返しの手紙が即座に返ってきて、ばたばたと出てきたのであった。

 席は六人。ジュディとステファンに、フィリップス。ガウェインは後から合流するということ。

 アルフォンスは当然のようにヴィヴィアンと連れ立って現れて、てっきり父が同席するものと思っていたジュディを驚かせた。


 二人の縁談は破談になっているはずであり、揃って顔を見せられてもコメントが難しい、と。

 ジュディとしては、破局の原因はなかなか帰国しないアルフォンスに対してヴィヴィアンが待ち疲れ、愛想を尽かしたという認識なのだが、いざこうして二人が揃っているところを見ると「仲良し」に見えてしまうのが不思議である。


「ろくでもない一回目の結婚のせいで、社交界と縁遠くなっていたジュディが再婚を機に『社交界の華』になりたいだなんて。兄として、協力を惜しまないよ!」


 やや妹贔屓のきらいのあるアルフォンスが、余計な一言二言混じりに熱弁を振るえば、その横でグラスを傾けたヴィヴィアンが目を細めて「実際に力になるのは私よ?」と合いの手を入れる。

 どう見ても、息が合っている。


 ジュディは、隣に座ったステファンに対して「どう思います?」の意味で視線を送る。

 気づいたステファンは、軽く片眉をはねあげて、すばやく唇の動きだけで答えた。「この二人、付き合っているでしょう?」と。


(ですよね……!? 別れた後に見えませんよね……!!)


 さてどうしたものか。ここは完全に鈍感なふりをしてやり過ごすべきか、それとも二人につっこむべきなのかと思案していたところで、ヴィヴィアンから水を向けられた。


「あの堅物宰相閣下との結婚だなんて、どきどきしちゃうわね! しかも大聖堂で王族並の式を挙げるなんて。しかも最短一ヶ月で仕上げるだなんて。しかも……しかも、あとはなんだったかしら。ほんっとやることなすこといきなり過ぎて、ありえなくてびっくりしちゃう……。理解が追いつかないわ!」


 途中から、結婚にまつわるドキドキがロマンスではなくアクシデントの意味に様変わりしていたが、ジュディはそれこそ鈍感を装い、気づかなかったふりをしてにこにこと笑顔でこたえた。


「ええ! 皆様の記憶に残るような、素敵な式にしたいと思っているんです! 今まで名前ほどにお顔が知られていないガウェイン様ですが、今後はご自身のすべてを売り出すおつもりだと、絵姿の手配もなさっていて」


 ヴィヴィアンが、邪気のない様子で「素敵ね!」と言う。


「皿に焼き付けて参列者に配るのかしら? あのお綺麗なお顔の上で、ナイフでお肉を切ったりフォークで突き刺したりしてもいいってこと?」


 肩をすくめて、茶目っ気たっぷりに片目を瞑って笑いかけられた。

 ジュディは目を瞬き、実に真剣にその光景を想像してみる。


「お皿ですか。私だったら、その記念プレートが食卓に出てきた時点で、好きが高じてそのまま食べてしまいそうです。ガウェイン様を喰らわば皿まで。いけませんね、もっと食欲と切り離した記念品でなければ」


 ヴィヴィアンは、横に座ったアルフォンスを肘でつついた。


「あなたの妹、何を言っているのかしら。閣下を『毒』みたいなこと言ったわ」

「好きすぎて食べたいって話じゃないか? いいさいいさ、晩餐会ではユーモアのセンスは必須だ。ジュディは最高だろ?」

「私が思うに、彼女はユーモアとしてではなく、真面目に言っている。宰相閣下はあのひとことで、三日は笑えるセンスの持ち主なんでしょうね。きっとお似合いの二人なんだわ」


 聞こえるように言う二人の言葉に、他人を萎縮させるとげとげしさはない。

 ただし、何かしら安心できる要素も、一切なかった。

 ヴィヴィアンはそこでジュディに向き直ると、立板に水のごとく話し始めた。


「とにかく、わかりました。婚礼衣装にはもう着手しているでしょうし、ドレスも揃えているとは思うけれど、あとは夜会や舞踏会に顔を出せるだけ出すべきね。さらには毎週決まった曜日に、とても限られた顔ぶれだけで開かれている特殊な『お上品な』夜会があるの。行ってみると案外ぱっとしないんだけど、なにせ参加するだけでステータスなものだから、結婚相手を探す独身男女は、そこの招待状が欲しくてしかたないのよ。もちろん既婚者も、顔つなぎの意味でとても重要。宰相閣下なら招待状はどうにでもなるでしょう。一度行っておくべきだわ」


 社交界に疎いジュディには、なんともぴんとこない話であった。だが、ステファンもフィリップスも頷いているので、これはおそらく知る人ぞ知る有名な話なのだ、と気づく。


「とてもありがたいですわ。私が今後必要になるのは、そういった知識だと思います。早速ガウェイン様に相談してみますね」


「私の分も」


 すらっと、ヴィヴィアンが付け足した。

 ジュディの目を見て、真剣な様子で言う。


「夜会を取り仕切っている、主催の御夫人から、今年は招待状が届いていないの。お忘れになっているみたいだけれど、毎年のことだから顔は出しておきたいのよ。ぜひ、宰相閣下に私の分もお願いしたいわ」


 参加するだけでステータスになる夜会。

 一部の人は、喉から手が出るほど欲しい招待状。

 それは、出席者が厳しく管理されているということだ。


(手違いで届かないなんてこと、ある? 何か主催の機嫌を損ねることをして、外されている可能性は?)


 ジュディはすばやく、現実的な算段をする。

 だが、それはもしかしなくても婚約解消のせいでは、という結論に行き着いた。

 ちらっとアルフォンスに目を向けると、何やら心外そうな表情で、ヴィヴィアンの横顔を見ている。


「私に言ってくれれば、すぐなのに」


 すると、ヴィヴィアンはぴしゃっと「なんであなたと一緒に行くのよ。私の結婚相手が、いつまでも見つからないでしょう?」と言い返した。


(やっぱり! 少しだけ結婚年齢を過ぎたヴィヴィアンさんは、男漁りをなさるかもしれないと警戒されてしまっているのかも……!)


 これは、アルフォンスが悪い。

 その結論に至ったジュディは、笑顔で答えた。


「わかりました。必ずや、一緒に行けるように手配いたします」


 兄がごめんなさい、の気持ちを込めて。

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王子様の教育係、承りました! ~純情で腹黒な宰相閣下の策略から始まる溺愛、実は重い。すごく。~ 有沢真尋 @mahiroA

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