エピローグ
九月に入り、夏の暑さが少しは落ち着いたように思える。
それをニートの俺は新生公園で昼寝をしながら肌で感じる。
今日から敬葉高校は二学期が始まるらしい。学生や教師の休みというのはあっという間だなと思う。
俺はと言うと、未だ終わりのこない休みを満喫中だ。残暑休みとでも言っておこう。
「大学まで出たんだけどなぁ」
俺はポツリと呟く。
大卒ニートという中途半端な肩書きを手に入れるために学費を親に払わせたのには申し訳なさを感じる。
もっと俺ならできると思っていた。思い上がっていた。そんな俺が気に食わなかったのか、社会は俺に罰を与えた。
目覚まし時計のように敬葉高校の鐘が鳴る。目覚めるのには丁度いい音だ。
俺はベンチから起き上がって、公園内にある自販機で缶コーヒーを買う。無糖のブラックコーヒーだ。
プルタブを開け、一口飲む。口の中に苦さが広がる。そして、その苦味を味わいながらこれからのことを考える。
なんの仕事をしようか、したいか。今の俺にできるのか、できないのか。
正社員に拘るのか、フリーターで良いのか、フリーランスの道を作るのか、起業するのか、あるいはニートから抜け出せないのか。
今のままだとニートから抜け出せない確率の方が高いなと思う。
コーヒー片手に考えても答えなんて出せず、俺は空を見上げる。美しい青空がどこまでも広がっている。
「この空を見ながら絶望している奴だっているんだよな」
皆が幸せになることなど無理だと俺は思っている。
平等なんてありはしない。目指しても意味はないと思っている。
皆が一緒なわけがない。人間なら贔屓だってあるし、戦えば勝者と敗者に分かれる。
それが現実だ。
綺麗事では社会の歯車は回らない。
「また昼寝してたの?」
学校指定である紺色のカーディガンを着た田村さんが声をかけてくる。肩まで流れる金髪は相変わらずよく手入れされている。
「まあね。ニートは暇なんだよ」
「働け」
真っ当なことを言われ、俺は苦笑する。
俺が働かなくても社会は回っている。それを毎日実感している。証明してしまっている。
「働こうかな」
働く気なんてあまりないのにそんなことを言ってみる。
「ねえ、小島」
唐突に名前を呼ばれて俺は首を傾げる。
「なに?」
「先生と何かあった?」
「え?」
まさか彼女からそんな質問がくるとは思わなかったので俺は戸惑う。
「なにもないよ」
「嘘だ」
なぜかすぐ嘘がバレる。どうやら俺は嘘が下手らしい。
俺は溜息を吐いてから白状する。
「あったよ」
「やっぱりあったんだ」
陽子の生徒にする話ではないんだけどなと思いつつ俺は話す。
「端的に言うと陽子とは付き合えないと言ったんだ」
「え」
その反応に俺はまた苦笑する。
本当、なんで俺は彼女にこんな話をしているのだろうか。自分でもよくわからない。だけど、俺の中に聞いて欲しいという気持ちが少しでもあるのだと思う。
「……なんで」
当然の疑問だと思う。俺は陽子が好きで陽子も俺のことが好き。だけど、付き合えない。付き合ってはいけない。高校生の田村さんには意味がわからない話だと思う。
だから、わかりやすいように俺は答える。
「ニートと付き合って陽子が幸せなわけがないだろ?」
収入はないし、将来は見えない。そんな先の見えない男と一緒にいる時間は陽子にはないはずだ。
陽子はもう大人の女性なのだ。いくら幼馴染だったとしてもこれ以上は彼女の時間を奪えない。
「陽子に相応しい男は沢山いる。だから、これからも俺たちは幼馴染でいられれば良い」
この選択はベストではないけどベターではあると思う。
それで陽子が幸せになるならいずれこの選択はベストに変わると思う。
「好きなんだよね、先生のこと」
バレていたのかと思いつつ俺は頷く。
「ああ、大好きだ」
「じゃあ……」
田村さんが言いかけたが俺はそれを遮って言う。
「だから、だよ」
好きだからこそ、その人の幸せを望むのだ。
好きだからこそ、距離を取ろうとするのだ。
好きだからこそ、俺は好きな人を諦めたのだ。
「馬鹿だよ、小島は」
「知ってる」
自分が馬鹿なことなど当然知っている。馬鹿じゃないと脱サラはできない。
「なんで君がそんな顔をするんだよ」
田村さんは顔を歪めている。俺よりも苦しそうな顔をするので俺は苦笑してしまう。
泣き出しそうな声で彼女は言う。
「だって、先生も小島も辛そうだから」
「そうか」
田村さんにも心配をかけてしまうなんて大人失格だ。
金髪という見た目で勘違いされるかもしれないが田村さんは本当に優しい子だと思う。
そして、そんな優しい子が傷つかない世界になって欲しいとも思う。
「小島はさ……」
「うん?」
名前を呼ばれて俺は首を傾げる。
そして、田村さんは言う。
「小島は彼女いるの?」
それは彼女と初めて出会った時にされた質問だった。
俺は首を横に振る。
「いないよ」
わかっているはずなのにと思いつつ、苦笑してそう答えた。
「あっそ」
興味なさそうに田村さんは呟く。
出会った頃のようなそっけない態度に俺はクスッと笑う。
「彼女のいないニートを馬鹿にして楽しいか?」
「そういう意味で聞いたわけじゃないから!」
慌てて田村さんが言うがそんなことはわかっている。
穏やかな風が吹く。木々を揺らし、彼女の金髪を靡かせる。
そして、彼女は口を開く。
「……小島さ、私と付き合わない?」
一瞬、彼女がなにを言っているのか理解できなかった。
言葉を咀嚼してから俺は答える。
「俺なんかより良い男が学校にいるだろ」
敬葉高校は共学だ。だから、容姿が良い彼女が彼氏を作るのは簡単なはずだ。だから、わざわざ、ニートと付き合おうとしなくても良い。
「いるよ」
田村さんは即答した。
「それなら……」
俺が言いかけると彼女は真剣な顔で俺の言葉を遮る。どうやら、さっきのお返しみたいだ。
「でも、今の小島には私が必要だと思う」
ハッキリと確かに田村さんは言った。
「今の俺には、か」
彼女が言ったその言葉はとても正しくて、しっくりくる。
それにしても女子高生に慰められるほど、俺は弱っていたのか。
「そうよ、今のアンタには、よ」
念押しされて俺は苦笑して聞く。
「ニートなんて気持ち悪いんじゃなかったのか?」
「小島だからギリ許せる。それにニートと付き合ったら人生経験にはなるでしょ」
「大した経験にならないと思うけどな」
「それでも、別に良いよ」
めちゃくちゃだなと思う。それでも、彼女なりの優しさは今の俺には傷口に塗った軟膏のように効いた。
「私が小島に自信をつけさせてあげる」
田村さんは大して大きくもない胸を張って小悪魔のように笑ってからそう言った。
自信、それが俺が仕事を退職してから失ってしまったものの正体だ。
それを彼女はつけさせてくれるそうだ。
「前は自信過剰だって言われた気がするけどな」
一緒に映画を観に行った時のことだ。田村さんは首を傾げる。
「そうだっけ?」
「忘れたのかよ」
「細かいことは良いの! それでどうするの?」
そう問われて、俺は苦笑して言う。
「……それは、とても魅力的な話だな」
男という生き物は生物学上、若い女を好むらしい。
だから、俺が田村さんに惹かれてもおかしくはない。
普通なら断らないと倫理的におかしいと周りから糾弾されるだろう。
しかし、普通ではない俺は女子高生とだって平気で付き合える。
それが幼馴染の幸せに繋がるのであれば尚更だ。
「でしょ」
満足気に言う彼女に俺は口を開く。
「じゃあ、俺と付き合ってくれ」
少し早口で軽く俺は言った。そんな俺の告白を聞いた田村さんは溜息を吐いてから口を開く。
「雑な告白。まあ、良いけど」
苦笑して言う彼女に俺も苦笑する。
今はこんな告白で良い。本気で彼女を愛した時にまた、しっかりと告白をすれば良いのだから。
「彼氏らしさなんて求めないでくれ。こう見えて、初めて付き合うからな」
「求めないわよ。それに小島なんて童貞にしか見えないから」
「酷い彼女だ」
「それはこっちの台詞よ」
俺たちは言い合ってから笑い合う。
笑い声はよく晴れた九月の空に吸い込まれる。
ニートとJK。
おかしな関係性で結ばれた恋の話。
そこに本物なんてありはしないけど、羽休めには丁度良い。
了
ニートとJK 楠木祐 @kusunokitasuku
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