第14話 プール
八月中旬、俺は四街道の中央公園にあるプールに来ていた。
別に泳ぎたくて来たわけではない。女子高生に誘われたからである。
市営プールは夏の期間限定で解放され、大人は210円、中高生は150円、子どもは80円で利用できる。
プール内は思ったより人が少ない。皆、長期の休みを使って海水浴に行っているのかもしれない。
安全のため、黄色のTシャツを着た係員が立ってプールを見守っている。大学生くらいに見えるので多分、アルバイトだろう。
更衣室で着替えを終えて、俺が待っていると水着に着替えた女子二人がやってくる。
「お待たせしました」
ピンクのビキニ姿の中村さんが言うので俺は首を横に振る。
「全然待ってないから大丈夫だよ」
俺がそう言うと中村さんの横に立っている水色ビキニ姿の田村さんが口を開く。
「萌香、気にしなくても小島なんてずっと待たせておけば良いんだよ」
「おい、それは酷いだろ」
「どうせ暇でしょ。女子高生にプールに誘われてノコノコ来るんだから」
「それは君がしつこく誘ったからだろ」
俺は溜息を吐く。
最初は江ノ島の海に行かないかと田村さんに誘われた。
俺は勿論、断った。四街道から江ノ島は意外と遠い。リア充だらけの海だけのために二時間以上の移動はしたくなかったので代替案として、できるだけ近いプールを選んだ。
「し、しつこくなんて誘ってないから!」
慌てて否定する田村さんに微笑んでから中村さんが言う。
「美月は今年買った水着を和也さんに見せたかったんだよね」
優しく田村さんの背中を中村さんが押し、前にいた俺との距離を近づける。
それならじっくりと見させてもらうとするか。
「ちょっと萌香、押すな」
俺は田村さんに首を傾げて聞く。
「そうなのか?」
しかし、田村さんは手をブンブンと振って否定する。
「ち、違うから! だから小島は私たちにキモい目向けてくるのをやめろ!」
「俺の目のどこがキモいんだよ」
「さっきから萌香の胸ばかり見て、この変態!」
罵倒されて俺は苦笑する。
確かに、中村さんの胸と比べると田村さんの胸は小さい。だけど、好みは人それぞれ。貧乳が好きな男だって当然いる。俺もどちらかと言えば貧乳派だ。しかし、大きな胸が魅力的に思うのは確かなので俺は頷く。
そして、田村さんの肩に手を置いてから言う。
「わかった。田村さんの水着も平等に見るから許してくれ」
配慮が足りなかったなと俺は反省する。
「哀れみの目も向けてくるな!」
くだらないことを一通りやったので俺は溜息を吐く。
「まあ、良いからプール入ろうぜ。ここ暑すぎる」
「流すな!」
文句を言う田村さんを無視してプールに入ろうとすると中村さんに止められる。
「和也さん、待ってください。ちゃんと準備体操をしてから水に入らないとダメですよ」
中村さんに言われてさっさとプールに入りたい俺は面倒だなと思った。
それが顔に出ていたのか、中村さんが苦笑して言う。
「私たちが手伝いますから」
中村さんが俺の後ろに回る。
俺は足を伸ばして太陽で熱されたコンクリートに座り、中村さんに背中を押される。
「痛いな」
押されても俺の手と足の先は全く近づかない。
「和也さん、とても硬いですね」
困ったように言う中村さんに俺は苦笑しかできない。
「萌香、代わって」
そう言って田村さんが俺の後ろにくる。
「手加減してくれ」
「どうしようかな」
ニヤリと笑って彼女はグイグイと俺の背中を押す。痛すぎて足が千切れる!
「ギブギブ」
俺がギブアップと言っているのに田村さんはやめようとしない。さらに圧をかけてくる。
そして、背中に手よりも柔らかいものを感じた。
俺が振り返ると田村さんの顔が真っ赤になっていた。
「田村さん、今のって」
俺が確認すると彼女は泣き出しそうな顔で口を開く。
「バカ!」
バチん!と俺は頬を思い切り叩かれた。
*
準備体操を終えてから俺たちはプールに入った。
別に泳ぐわけではない。水の中でダラダラと過ごすだけ。水中で歩くだけでも運動不足の俺には効く。
プールは太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
田村美月に叩かれた俺の頬はヒリヒリとしている。
「赤くなっちゃいましたね」
中村さんが俺の頬に優しく手を当て心配する。
彼女の後ろに隠れるように田村さんは立っている。きっと、ビンタをしたことを気にしているのだろう。
「まあ、これくらいの痛みは平気さ」
これより痛いことを経験してきた俺は笑って言う。
ただの暴力より言葉の暴力の方が俺はタチが悪いと思っている。
身体的な痛みは時間が経てば癒えるが精神的に与えられた痛みは時間が経てば経つほど、自分を蝕んで苦しめるような気がする。
中村さんが俺の耳元で話す。
「あんなことをしちゃったけど美月、本当に今日を楽しみにしていたんです。だから和也さん、どうか美月のことを嫌いにならないであげてください」
俺から離れてペコリと頭を下げる中村さんに俺は苦笑する。
「嫌いになんてならないよ。……なるわけがない」
俺は二人に向けて、そう言った。
一人では二度とプールなんて行かないと思っていた。
田村さんの強引さがなかったらきっと誘われても断っていただろう。
彼女たちがいなかったら夏をこんな風には過ごせなかったと思う。
だから、俺は改めてお礼を言う。
「誘ってくれてありがとな。あと、二人とも水着、超似合ってる」
ニカっと俺は笑う。
二人とも頬を朱色に染めている。
本心を伝えただけなのに、こんなに照れられるとは思わなかったので俺は苦笑する。
まさか、ニートになって女子高生とプールに行く未来が来るとは思いもしなかった。
あの時、生きるのを諦めていたら女子高生の水着なんて拝めなかった。そう思うと生きていて良かったなと心から思った。
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