第8話 パチンコ

 人生はパチンコに似ている。みんな同じ銀色の玉なのに釘という障害に邪魔され、ヘソに入らなかった玉はチャンスすら貰えずに排除されていく。運良くヘソに入れたとしてもスロットで外れればおしまいだ。

 玉を人間に例えると一流大学を卒業して運良く大手企業に入れても上司ガチャなどで外れれば鬱病コース行き。ほら、パチンコは人生だろ?

 そんなことを考えながら台を選ぶ。

選んだのは海物語だ。俺は現実の海には行かないがパチンコだと海にすぐ行く。パチンコと言えば海と言っても過言ではない。物語があるだけで現実は豊かになる。

サンドに千円札を入れる。貸出ボタンを押すとジャラジャラと玉が上皿に流れる。ハンドルに手をかけて少しだけ回す。ここで回しすぎると右打ちになってしまうので気をつける。当たってもないのに回しすぎると左打ちに戻してください!と強めな口調で機械に注意される。

 俺は玉を左打ちしていく。玉が釘に当たり流れ落ちる。ヘソにはなかなか入らない。

 あっという間に千円分の玉がなくなった。一度、俺は席を立ち、自販機で無糖の缶コーヒーを買い席に戻る。プルタブを開けてゴクゴクと飲む。苦い。自分に厳しいところを台に見せることで当たりを狙う作戦。

 追加投資の千円札をサンドに入れる。サンドはスルスルと千円札を吸っていく。

 打ち続けるが当たりはない。ヘソには入るが当たらない。当たらないのだ。そして、玉が全てなくなった。

 仕方がない。パチンコとはそういうものだ。だけど、俺は遊ばせてもらった。金を捨てたのではなく、海物語を堪能させて貰ったのだ。海を眺めるように俺は海物語の台を眺めた。

「ありがとう、海物語」

 そう言って、俺は台に深く頭を下げた。


 午後二時、パチンコ屋を出た俺はラーメン屋で遅めの昼飯をとることにする。

 カウンター席に座った俺に店員が水を持ってくる。それを飲んでから俺はメニューを開く。

 醤油ラーメンと味噌ラーメンで迷うところだな。醤油は王道の美味さがあるし、味噌はコクがあって美味い。結局俺は醤油ラーメンを選び注文した。ラーメンを待っていると隣の席に金髪が見えた。

「「あ」」

 視線が合って息も合った。俺は驚く。制服姿の田村さんが一人、麺を啜っていたのだ。

「田村さん、学校は?」

 一応聞くと彼女は目を逸す。なるほど、サボタージュか。

「……先生には言わないで」

 悪いことをしている自覚はあるようだ。

「どうしよっかなー」

 彼女には普段から馬鹿にされているのでこういう時に憂さ晴らしをしても良い。でも、そんなことをしても本当の憂さ晴らしにならないことは知っている。パチンコと同じだ。

「……お願い」

真剣に頼む彼女を見て俺は溜息を吐く。別に俺は教育者ではないので目を瞑ることにする。

「わかったよ」

 サボりとかに陽子は相当うるさいのは知っている。だから、ラーメンに誓ってわざわざ告げ口をするようなことはしないと決める。

「ありがとう、小島」

 店員が醤油ラーメンを持ってくる。俺はそれを受け取り、割り箸を割って食べ始める。

「美味いな」

 醤油ベースのスープはあっさりとしていてちぢれ麺とも相性抜群だ。乗せられているメンマや海苔やナルトも美味しい。

 あっという間に俺はラーメンを完食した。

 隣に座っている田村さんがもう食べたのと驚きの顔をこちらに向けてきた。

 早食いの俺と猫舌なのかゆっくり食べる田村さんは同じタイミングで会計をしてから店を出る。

「ちょっと、着いてこないでよ」

「人をストーカーみたいに言わないでくれ。俺の帰る方向が君の行く道と同じなんだよ」

 一度、俺の家に来ている彼女は気づいたのかしぶしぶ頷いた。

「これからどこかに行くのか?」

「小島には関係ないでしょ」

「陽子に学校サボったこと言っちゃおうかな」

 悔しそうに俺を睨む彼女は溜息を吐いてから口を開く。

「……カラオケ」

「ガチで遊ぶ気だな」

「違うわよ!」

「別に良いよ。陽子には言わないから」

「本当に違うのよ。……ただ、家だと練習ができないから」

「練習?」

「アンタには関係ないでしょ」

 まあ、関係ないな。弱みを握っているとは言え、隠し事をなんでも言えというのは無理がある。だから、俺は黙って頷く。

 道が分かれている。俺は横断歩道を渡って坂を上るが彼女の目指すカラオケがあるのは真っ直ぐいった場所にある。

「じゃあな」

 俺は手を挙げて彼女と別れようとする。

「……待って」

 振り向くと田村さんがモジモジと何かを言いたそうにしていた。

「どうした?」

「アンタ、これから暇?」

 これからというのはこれから先の遠い未来のことを言っているのだろうか。いや、違う。この後、時間があるかどうかということだ。ニートなので時間なんて売るほど余っている。問題は何をさせられるかだ。何かを奢れというのはニートには難しい話だ。

「暇だけど金がない」

「別にお金なんて求めてないわよ。ちょっと付き合って」

「え?」

「だから、カラオケ。一緒に来てって言ってるの!」

 田村さんの頬が朱色に染まっている。要するに俺は誘われたのか。それも女子高生にカラオケを。でも、なんで俺?

「行くのは構わないけど。俺と行っても楽しくないぞ」

 盛り上げることとか下手くそだからな、俺。

 大学のゼミで行った時は歌わずに一人ドリンクバーをシャトルランのように往復していた記憶がある。

「別に良いわよ。そんなの求めてないから」

 求めてないと言われると少しは盛り上げてやろうという気持ちにもなるがそういうことではないのだろうな。

 俺は溜息を吐く。

「じゃあ、行きますか」

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