第2話 カフェ
平日の夕方、俺は近くの商業施設に入っているカフェに来た。運動不足は健康に悪いから散歩も兼ねている。また、注文時に店員と話すことにも意外と意味がある。まあ、世間話なんてせずに注文するだけだが。
挨拶を会話とみなすかどうかはその個人によって違う。俺は挨拶を会話だと思っているので挨拶や注文だけで会話したことにカウントしている。
俺は緑のエプロンをつけた茶髪ポニーテールの店員にアイスコーヒーを注文する。サイズはトール。最初、この店に初めて入った時はどんな呪文を唱えればコーヒーが手に入るのかわからなかったが頼んでみたら意外と簡単だったことに拍子抜けした。
カウンターで笑顔の店員から受け取ったアイスコーヒーのカップを持ち外が見える窓際の席に座る。外の景色は絶景なんかではない。駐車場と空が覗けるだけ。でも、そんな普通が心地良いから俺はそこに座るのだ。
ふぅ、と注文以外は何一つ成し遂げないが一息つく。
窓の外に広がるオレンジ色の空をボーッと見ながらサラリーマンをやっていた時はこんなゆったりとした時間を過ごせていなかったなとしみじみ思う。
アイスコーヒーを一口飲む。口の中に苦味が広がる。コーヒーが舌の上で俺に働けよと叱っているみたいだ。悪いけど今のところ働きたいとは微塵も思えない。
本音を言えば永遠にこの生活を楽しんでいたいが現実に永遠などないことはニートでもわかるので何かしらの行動をしないといけない。それを頭ではわかっているのに行動しないのがニートという生き物なのだ。こんなクリーチャーを産んだ親が悪いのかこんな風に育った俺が悪いのか、両方悪くないと思いたいので社会のせいにしておく。
「アンタ、なんでこんなとこにいるの?」
転職活動やりたくないなぁと思っていると聞いたことのある声が耳に届く。俺は目線を上げるとそこには制服姿の田村美月がいた。
「前も気になっていたが一応俺、年上だぞ。君の担任の山口先生と同い年」
俺は胸を張って堂々と言う。
これで態度が変わってくれれば言うことなしだがきっとそうはならないと思った。なぜならニートは年齢を凌駕するほど下に見られるからだ。
「じゃあ、小島って言う」
「敬称をつけようぜ」
「めんどい」
まあ、良いか。ニートと呼ばれるよりはマシだとポジティプに考える。このポジティブさをなぜ仕事に使えないのかは知らん。
「それで、女子高生の田村さんは俺に何か用?」
学生に戻りたい、とはあまり思えないが働かなくても文句を言われなかったあの時代も悪くはなかったなと今更になって思う。
田村さんは頬を朱色に染めて言う。
「別に用なんてない!」
じゃあ、なんで声をかけてきたんだよ。前も思ったが本当に女心はわからない。あ、だから俺は童貞なのか。納得。
「あれ、美月の知り合い?」
俺が一人納得していると茶髪ボブの子が田村さんに声をかける。田村さんと同じ制服を着ているし、同じ学校の友達だろうか。
「まあ」
ニートを知り合いと堂々と言える今の女子高生は凄いなと感心する。俺だったら「あ、違います」と遠ざけるに違いない。
茶髪の彼女は俺にペコリと頭を下げてから口を開く。
「私、中村(なかむら)萌香(もえか)と申します。美月とは親友です」
親友、その言葉をサラリと言える彼女も凄いなと思った。
そして、ニートに謙譲語を使うとは素晴らしい子だ。
親友と言われた方の田村さんは顔を赤くして恥ずかしそうにしている。
そういう表情は可愛いなと思った。
「俺は小島和也。君たちの担任の幼馴染だ」
肩書きがないので俺は幼馴染を利用した。幼馴染はコンビニ並みに便利だなと思った。
「萌香。この人、ニートだから気をつけて」
田村さんが真剣な顔で親友にいらない忠告をする。
「おい、ニートが危険なんて良くない考えだぞ」
ニートはプライドが高く臆病でメンタルの弱い生き物だ。そんな生き物に危険なんて言ったら俺たちニートのお豆腐メンタルは終わる。わかったら、ニートには優しくしましょう。
「中村さん、ニートは口だけだから安心してくれ。度胸もないから無害だ」
「いや、その発言が既に危ないでしょ」
田村さんにツッコまれる。
そして、俺と田村さんをキョロキョロと見てから中村さんが目をキラキラと星のように輝かせて口を開く。
「二人は仲が良いんですね!」
「「全然」」
不覚にも息がピッタリ合ってしまった。
田村さんは俺の顔を見るとフンと目を逸す。
「ほら、仲良し。良いなぁ、私も混ぜてくださいよ」
「混ぜるって。萌香、この人、本当に危ないよ」
「人を劇薬みたいに言うな」
周囲に迷惑をかけてないだろと言いたかったが普通に親に迷惑をかけていたので口を噤む。
中村さんは田村さんの両肩にポンと手を置いて言う。
「私、美月を危ない人に関わらせ続けるなんてこと親友だからできないよ。それに、和也さんは危ない人? 本当に危ないなら美月は絶対に関わってないと思うけど」
図星だったのか田村さんはバツが悪そうに目を逸す。
「それは、まあ、そうだけど」
しぶしぶ認めた田村さんの頭を中村さんはよしよし撫でる。
「美月は良い子だね」
「子供扱いするな!」
「美月は自分が思っているより子供だよ」
笑顔でそう言う中村さんは確かに大人びて見える。
こんな子たちを教育しないといけないんだから教師の仕事は本当に大変だな。陽子、頑張れと心の内で応援した。
「なに、ニヤニヤしてんのよ。気持ち悪い」
悪態を吐く田村さんに俺は溜息を吐いてから皮肉を言う。
「君は少し、口の利き方を親友から学んだ方が良いかもな」
「ニートに説教されるのマジでムカつく」
眉間に皺を寄せる田村さんを中村さんだけがハハハと笑っていた。
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