第1話 幼馴染
夕方、ピンポーンと家のインターホンが鳴る。
専業主婦の母親が出たのを2階の自室で確認して俺は読書に戻る。
ペラペラと紙を捲っていると階段から足音が聞こえてくる。少ししてから部屋のドアがノックされる。母親のノックは強い。借金の取り立て屋ではないのだからもう少し静かにノックして欲しいものだ。
「和也、
母親の声はいつもより少し弾んでいた。
陽子ちゃん、その懐かしい響きを聞いて俺の胸が跳ねた。
「わかった」
それだけ答えて俺は本を机に置き、椅子から立ち上がって部屋を出る。
陽子が今更俺になんの用なんだ?
いや、用がなくても別に良いじゃないか。
それにしても彼女に会うのはいつぶりだろうか、高校卒業以来だろうか。
階段をタンタンと下りながらそんなことを考える。
フローリングの廊下を歩いて玄関に辿り着く。
深呼吸してから俺はドアを開けると艶やかな黒髪が風で揺れた。
「……久しぶり、和也」
恥ずかしそうに俺の名前を呼ぶ彼女は山口陽子。俺の幼馴染だ。彼女は黒のスーツ姿だった。ワイシャツの白もチラリと見える。
「ちょっと、話があって。今良い?」
ニートなので時間には余裕があるので俺は頷く。
陽子は深呼吸してから口を開く。
「私さ今、近所にある敬葉高校の教師をやっていて。和也のところに田村さんが来なかった? 金髪の」
金髪の女子高生、田村美月が俺に声をかけてきたのは事実なので頷く。
陽子は溜息を吐いてから口を開く。
「やっぱり、あの子。……まったく」
こめかみに手を当てる彼女に俺は苦笑する。どうやら厄介な生徒を抱えてしまっているようだ。
「……陽子が先生か」
俺はポツリと呟く。
陽子は仕事としてちゃんと教師をやって、生徒について悩んでいる。その姿を見ると嬉しいようで羨ましくも感じる。
「何よ。もしかして教師に向いてないと思ってる?」
俺はブンブンと首を横に振る。
「思ってないよ。ただ、陽子はちゃんと自分の仕事に真摯に向き合っているんだなと思っただけだよ」
今の俺ができていないこと。今の俺がやるべきことを幼馴染がしっかりやっている。そんな幼馴染と関わりたくなくて地元に帰ってきた俺は彼女と距離を置いていた。
俺の言葉に陽子は困っている様子だった。それもそうだろう。ニートの幼馴染になんて声を掛ければ良いかわからないのだから。俺だって逆に立場になったらわからない。
気まずくなったので話題を変えることにする。
「それで、あの子はなんなんだ?」
「え、うん。田村さんは私のクラスの生徒で良くも悪くも目立つ存在で」
俺の学生時代も目立つ奴は何人かいた。勿論、俺は目立たない人間だった。
ルッキズムや見た目で判断するのはいけないが金髪の少女が目立たない訳がない。
「そんな子がなんで俺なんかに声をかけてきたんだろうな」
「……それは」
陽子の反応に俺は首を傾げる。言いづらそうにしている彼女に俺は聞く。
「それは?」
「なんでも良いでしょ。それに女子高生の考えなんて若くない私にはわからないわよ」
急に不機嫌になる陽子。なんか俺、怒らせるようなこと言ったかな?
「いや、二十代は若いだろ」
女は若ければ若いほどモテると科学的に実証されている。陽子だって例外ではない。きっと彼氏だっているのだろう。
「そうじゃない! 帰る!」
踵を返す陽子に待ってと声を掛けるがその声は届かない。届いているのかもしれないが無視されてしまった。
「え、意味わからねえ」
こんなにも幼馴染のことがわからないのは久しぶりの感覚だった。
俺はそのまま立ち尽くす。女心なんて学校では学ばなかったので文句を言われても困る。その後、母親になんで陽子を家にあげなかったのかと怒られた。
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