ニートとJK

楠木祐

プロローグ

 突然で申し訳ないが君にこんな質問をすることにしよう。

 君には夢があるか?

 こんな質問に答えても良い会社に入れる訳でも買い物に使えるギフトカードがもらえるわけでもないが真剣に考えてみて欲しい。

 他人に聞いておいて自分が答えないのは卑怯なので答えることにしよう。

 俺、ニートの二十四歳、小島こじま和也かずやにはない。だから初夏のよく晴れた平日の昼間に家の近くにある新生あらおい公園のベンチで昼寝をしている。

 俺は誘われなかったが小学生の頃にクラスメイトが鬼ごっこやサッカーで遊んでいた公園で昼寝をする未来がくるとは。何が起こるかわからないという大人たちの言葉は強ち間違いではないのだなと大人になった今になって思う。

 公園内は緩やかな風が吹いて気持ちが良い。エアコンの効いたオフィスでデスクワークをしていたら気づけない幸せがここにはある。

 働かないことは幸せである。そう、誰かが宣言してくれたら世の中は楽で生きることが楽しくなると思うのにそんな人間はこれまでの歴史で見たことがない。むしろ、働かない者は怠惰で醜く、価値がない。そんな悲しい言葉ばかりを耳にする。

 働かざる者食うべからず。このような言葉を残したフィリップ・ド・コミーヌを俺は許さない。

 働かなくても食える時代を作っていこうとなぜ誰も考えないんだ。みんなが好きなものを好きなだけ金を出さずに食べられる、そんな理想郷を目指さないのか俺にはよくわからない。

 働いた者もっと良いもの食べるべし。俺が作るならこんな言葉だろう。なんかダサいけど、こっちの方が幸せになる人は多くなる気がする。

 とにかく、自殺は良くない。

 そう思える今は幸せだと感じる。

「ちょっと、座りたいんだけど」

 金にならない考え事をしていると苛立ちを含んだ声が上の方から聞こえてくる。目を開けると最初に燦々と太陽が見えて、次に同じくらい輝く長いブロンドの髪が視界に入る。

「こんなところで昼寝しないで欲しいんだけど」

 そこには制服を着たギャルがいた。

 もう一度言おう、ギャルだ。ギャルがいた。ギャルってこの街にいるんだと新たな発見をする。こういう日々の発見もニートの醍醐味だ。

「聞いてる?」

 別にこの公園はキャッチボールは禁止でも昼寝は禁止されていない。

 それに昼寝は身体に良いと証明されているからな。

 だから、文句を言われる筋合いはない。だけど、俺はすぐに起き上がって口を開く。

「あー、悪い」

 全く反省などしていないが適当に謝っておく。謝って済むなら警察はいらないと言われるが謝って済む世界の方が生きやすいと俺は思う。

「どきますね」

 そう言って逃げようとすると彼女は口を開く。

「アンタ、仕事してないの?」

 金髪ギャルはいきなりの失礼な質問で核心を突いてくる。

 仕事をしていると嘘を吐いても良いが今更、こんなところで嘘を吐いても良いことがないと思うので正直に答えることにする。

「……してない」

 俺は徳を積む。

 正直に答えたのだから宝くじが当たりますように。できればジャンボで億が当たりますように。この際、ロトやナンバーズでも良いから当たりますよに。まだ来ない少し早めの七夕の願い事をここでしておく。

「ニートきも」

 ニートには人権がない。文句でも言ってやろうかと思ったが見下されるのにも慣れてしまったので怒りも湧いてこない。

 だいたい、ニートでなくてもキモい奴はちゃんとキモい。ニュースで会社員や教師なのに猥褻なことをして捕まる奴の方がタチが悪い。あいつらは権力を使って女の子に悪戯するのだ。不審者には気をつけろよ、と思ったが今は俺の方が不審者だった。

「悪かったな」

 面倒ごとは嫌いなので俺はさっさと彼女に席を譲ることにする。

 ニートには昼寝する権利もないのかと少し悲しくなる。

 仕方がない。昼寝の続きは家のベッドですることにしよう。

「ちょっと、待ってよ」

 足早に立ち去ろうとする俺の腕を彼女は掴む。なんだろう、パパ活には年齢も収入も足りていない。兄活か? と言っても兄活って何するんだ?

「なに?」

 威圧感を与えないように言ったつもりだが彼女は少し怯んでしまう。

 人付き合いが苦手な人間は与えるつもりはなくてもすぐ他人に威圧感を与えてしまうので困る。目つきが悪いからだろうか。整形をした方が良いのか?

「……アンタに聞きたいことがあって」

 彼女は指を組んで告白をするかのようにモジモジした様子で言った。

「聞きたいこと?」

 初対面の男に聞きたいことなんてあるのだろうか。俺がニートかどうかかと思ったがそれはさっき聞かれたから違うな。貯金が日々減っていくカードの暗証番号か。

 俺があれこれと考えていると彼女は口を開く。

「アンタ、彼女いるの?」

 からかっているのかと思ったが彼女の瞳は真剣そのものだった。

 やはり兄活か。俺に妹はいない。そろそろ妹を作る時が来たということか。

 俺は兄活っていくら出せば良いんだろうなと思いながら口を開く。

「いない」

 一応言っておくが彼女なんて人生で一度もできたことがない。風俗も行ったことがないので情けないが二十四歳でまだ童貞だ。可哀想な俺。優しいビッチがどうにかしてくれないかなと俺は彼女に期待の視線を送る。

 おっと、いけない。これでは本物の不審者ではないか。危ない、危ない、存在が危ない。

 やはり俺調べでも今のところニートという存在は世間が言うように危ないみたいだ。

 だから、これから俺がニートは危なくないのだと証明しなければいけないようだ。

ということで、俺はニートをやめられない。

「あっそ」

 興味なさそうに彼女は呟いてその場から去ろうとする。ニートは眼中にない、か。まあ、俺も君なんかに興味はないが彼女の正体を知りたいという好奇心は働く。

「おい、君は誰なんだ?」

 俺の質問を背中で受け取った彼女は半身で振り返る。

田村たむら美月みづき、そこにある敬葉けいよう高校の一年だよ」

 彼女が指差した敬葉高校は私立の高校だ。高い金を払う私立だからこそ、金髪が許されているのだろうと勝手に納得する。

 金を払えば校則は緩くなるのか?

 ツーブロックとかは清潔感が出るのでオッケーだと個人的に思います。

「あまり知らない人に名前を聞かれても言わない方が良いぞ」

 余計なお世話かもしれないが忠告しておく。

 もし俺がストーカー体質だったらこの子は一発でアウトだ。男は誰だって狼だからな。

 田村さんは面倒そうに溜息を吐く。

「聞いたのアンタじゃん。……それに、全く知らない訳でもないから」

「どういうこと?」

 彼女の言葉に俺は首を捻るが大した意味はないだろうとスルーする。

「じゃあね」

 手を軽く振る彼女を見送りながらなんで俺は起こされたのだろうかと思った。

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