終章 蟲人魔王界編

第33話 到着

 幾多もの命が棄てられてゆく。

幾多もの命が挑んでゆく。

策はある。武器はある。技能はある。魔法はある。そして何より数がある。

結託するは世界の半数。

武勇も才能も戦歴も申し分ない猛者すらもここには立っていた。

それでもなお届かない。

否、同じ場に立つ事すら叶わない。

その強大で余りある魔力と、それにふさわしき超大な巨躯をもつ魔王には如何なる武勇も爪先すら届かない。

 「膝を付くな!首が遠のくぞ!!」

戦場で絶望を隠した檄を飛ばす女が居た。

背に蟲の翅、皮膚に甲殻のような特性を持つ以外人と変わらぬ外見の二十代程度の若い女だ。

彼女は身に軍服に似た衣類を纏い、この世界に於いての階級を示す勲章を胸元に示している。

 ーー答えは出ている……ッ!なのに私は後何度命じればいいんだ……!!

彼女の激によって、負傷した蟲人の兵達が雄たけびを上げながら再び魔王へと突貫する。

だが彼らは、彼女らは、間もなく砕けて帰ってくる。

勇敢さのみをその顔に映したまま。

 「くっ……!済まない、済まない……!」

苦痛を覚える間もなく死した兵達に刹那の黙とうを捧げ、視線を刺す先は四方八方を蟲人兵に囲まれた遥か彼方の魔王。

用意した兵数は万を超えている。物量差だけで言えば蟲人が負けるわけはなく、当然彼ら一匹一匹が修練を積んだ兵士であるために力も申し分ないはずだ。

だがそれでも魔王には届かない。

指一本すら動かされない。ただ佇んでいるだけなのに数千の蟲人兵達は負傷し、死亡し、或いは砕けた後に絶命に至る。

 「これで満足か…?野心に囚われ事実が視えぬ羽虫共……!貴様らが初めから手を貸していれば……!」

怒りのままに右手に逆手で握った大鎌の先を地に突き刺す女は今も死んでいく蟲人兵達を瞳に焼く。

魔王が現れてよりおよそ三時間。

最短の時間で三千の軍勢を編成し挑もうとした彼女達の国は、当然のように他国にも要請を出していた。

その要請は遥か古より確約された盟約であり、書き記した文字は当時魔王に挑んだ者達の混血だ。

にも拘らず、八つある大国を含むおよそ五十の国々の内二十の国は要請の返事を刻限になっても寄こしはしなかった。

その中に大国は五つ。残りの十五国を加えれば五万は超える兵の援助を受けらたはずの緒戦は、そも勝負にすらなっていない始末であり、有り体に言えば一方的な虐殺だった。

心を蝕むのは仕掛けた側が被害を受けている点だろう。

結果、援助も含めて揃えられた兵の数は二万。伝説を創った敵に挑むには恐らく少ない。

 「………いや、違うか。そんな腑抜けた連中の力を借りたところで増えるのは犠牲だけだろうな」

最早心情を隠し切る事も叶わなくなった女は表情を僅かに曇らせて独り言ちる。

彼女は、伝説を疑っているわけでは無い。寧ろ誰よりも信じていさえいる。

それでも彼女達はこの日のために他の異世界には無いだろう魔法の開発を行った。

その修得を兵たり得る条件にすらしていた。

故に、勝てると。例え勝てずとも追い込み、希望が辿り着くその瞬間まで封じれるだろうという自信があった。

だが、そんな傲慢は儚い妄想に過ぎなかった。

 「…やはり、担い手か」

伝説は伝説に足るだけの事実があり、数千万年の時を経ようとも変わらぬ事実が眼前にはあった。

 「皆の仇の屍をこの目に焼き付かせてくれるのは………いつだろうな」

小さく、震えた声で漏らしながら女は大鎌を天に掲げる。

最後の一軍に下される進軍の命だ。

羽音が、軍靴の音が、空と地を満たす。

砂塵とも見紛う進軍は文字通り空間を揺らし、死令に殉じる蟲人兵達の灯火は鼓膜が破けんばかりだった。

 「……戦姫様。行きましょう」

轟々と燃える灯火の只中で女の耳に囁かれる忠臣然とした男の声。

そこに感情は無く、あくまでも仕事としての進言といった様子だ。

女はそれが心の底から憎く、苦しく、同時に己に嫌悪を抱いた。

今は従わねばならない己が不甲斐無いがために。

 「…………分かった」

呟き、踵を返し、自ら死から遠ざかっていく女と隣に侍る忠臣然とした蟲人。

二匹はそのまま死地から姿を消した。

後に残されたのは、削り滓のように積もった死骸と無傷の魔王だけだ。




                         ーーーー ーーーー ーーーー



 もう五回にもなる[道]での旅を終え、俺達は草木も生えない荒地に出た。

肉体はユイームの言っていた通り洞窟を出た時に自動で戻った。お陰で今後の旅に支障は出なさそうだが、彼女との出来事が一つ消えたようで少しだけ苦しかった。

だから、ここで終わらせる。

こんなくだらない巫女の連鎖はここで終わらせる。

この最後の異世界……蟲覇界で。

 「なんていうか、殺風景だね…。本当に住んでるのかな」

 「以前来た時もこんな風だったからいるはずよ。他の場所がどうなのかまでは…ちょっと分からないけれど」

シャルの独り言にフィルオーヌが記憶を探るように返す。

シャルの感じたように歩み出たここだけを見れば確かにまともに生物が生きて行けるような場所では無いという印象だ。だとすれば火氷界のように異常な環境に適応できる種族が統べる地か、もしくは剣魔界や探求界のように場所によって大きく環境が変わる世界かもしれない。

 「まーなんにしても一先ず喜んでもいいんじゃない?目的地には着いたんだし」

 「…確かにそうね。まずはお疲れ様、リューン」

 「いいよそんなの。やる事は山積みだしな」

 「…そーだね。……うん」

アテも無く歩を進めながら明るげに口を開いたファズとは真逆にフィルオーヌとシャルの声色は暗い。

…いや、きっと俺もだ。

ここが最後の異世界であると言うのなら俺達の旅はここで終わり。同時にファズとフィルオーヌの命もここで終わる事を意味する。

そんな場所に着いたんだ。目的地ではあれど喜べるわけがない。

 「…ま、今回ばかりはあんたの言う通りね。ごめん」

 「謝るなよ。暗いままでいいわけないってのは分かってるんだ」

急に……いや、きっとこっちが本来の気持ちなんだろう、しおらしく伏し目がちに謝った彼女の肩に手を置く。

ファズがわざわざあんな明るい態度をとってくれた意味は全員が理解している。

けれど分かっているからと言って直ぐに気持ちを切り替えられるわけも無い。

この地に足を踏み入れるまでの旅路で気分が沈んでいったように。

それから少し、俺達は無言で歩いた。

思う事はある。言いたい事もきっと誰もがある。

けれど。それを声に出してしまえばきっと何かがーー今までの旅で得た全てすら変わってしまう。

そう、理解していたから。

 「……やーめた!」

誰もが沈黙を生んでいた中、シャルが突然吹っ切ったような声を張り上げる。

それから足早に俺達の前まで来ると彼女は両腕を組んで立ち塞がった。

 「ど、どうした……?」

 「暗くするのはやめたーって言ったの!」

恐る恐る聞き、返って来たのはそんな言葉。

その意思を示すかのようにシャルの面持ちは満面の笑みだ。

 「ここが最期になるとか、その次があるかもとか、そーいうのってさ、いらなくない?」

 「いらない…って?」

 「だって、何がどうなっても今までが無くなるわけじゃ無いし、って事は築き上げたモノはそのままって事でしょ?なら、それだけ分かってれば良くない?って」

笑顔を保ったまま告げられた彼女の考えは、はっきり言ってしまえばかなりぼんやりとした心構えの話だった。抽象的過ぎていまいち分かり難い。

だが、言いたい事は充分以上に伝わった。

ここまでに得た知識や経験が結末によって受ける印象が変わる事はあっても起きた事実が揺らぐ事は無く、また体験して来た真実が変るわけも無い。

決して楽で楽しい旅では無かった。寧ろ辛く苦しい凄惨の道だった。それでも多くの出逢いがあり、楽しかった瞬間が存在し、彼ら彼女らと過ごした時間全てが苦しかったわけでは無い。

何より、仲間が出来た。俺の手で殺めてしまうとしても共に旅する仲間が出来た事実は絶対に揺るがないし、揺るがせない。

そうして築き上げられたのは恥ずかしげも無く言うならば絆だろう。

多分シャルはそういう事が言いたかったんだと思う。

口下手なシャルらしいと言えばらしい表現の仕方だ。

 「……そうね。確かにそう。私達の過ごした時間の中には楽しい事も確かにあったわ。それが嘘になる日が来るはずないわよね」

 「てか、嘘になんてさせないから。せっかくアイドル活動休止しまで付き合ってるのに私生活まで嘘にされたら堪んないわよ」

どうやら彼女達も意図を充分に汲めたらしくフィルオーヌとファズの声色が少しずつ明るくなる。

それを聞いて、今度は作った笑顔では無く本心の笑みをも浮かべたシャルは続けた。

 「でしょでしょ?ならさ、最期までふつーに行こうよ。で、お別れの時だけちょっと泣いて、次に会える日を楽しみにする!それでどう?」

 「………ま、私はその方が良いかな。アイドル的にも暗いままじゃステージ立てないし」

 「ふふ、ふふふ。確かにそうね。今更何が変わるわけでもないならその方がきっといいわ。少なくとも楽しみが出来るもの。お別れと、再開の、ね」

 「ほらっ、だからリューンも!ね?」

両手を腰に当てて前屈みになったシャルに名指しされる。

その顔はやはり笑顔で。だけど少しだけ。……少しだけ瞳の奥が悲しく濡れていた。

理由はきっと、俺に問うた言葉の意味を理解しているからだろう。

……再開のために再び旅をしなければならない、と。そして、[宝玉化を解く術]が存在するか分からない以上死ぬまで旅してもダメかもしれない、と

 「……ああ、そうだな。俺達にも送り出す言葉と再会の挨拶を考える楽しみが出来た」

そんなシャルの不安に対する俺の答えはこれだった。

 「……!!だよね!だよね!」

濡れた瞳の奥を一瞬で乾かして更に笑みを深めるシャル。

そう、俺は彼女が居れば大丈夫だ。例え死ぬ直前まで解決策が見つからなかったとしても、彼女と共にあって、そして最期まで護れるのなら。……俺は今以上に辛い旅だったとしても耐えられる。越えて行ける。

 「じゃ、そーと決まれば!!……って、ん~?」

文字通りもろ手を挙げて喜びを表現したシャルは振り向いて歩き出そうとする。

…が、一歩を踏み出す前に何かを見つけたらしく動きを止めた。

 「……何か居たのか?」

 「敵…ではないみたいだけど」

 「この世界の生き物?」

 「うーーん、多分そうだと思うんだけど……」

俺達の質問に歯切れ悪く答えながら視線を逸らさないシャル。

恐らくもう視力強化を行っているんだろうが、それでも判別がつかないとなると妙と言えば妙だ。

 「なんていうか……蟲、みたいな?おじいちゃんが倒れてるっぽくて……」

シャルは自信無く見たままを教えてくれる。

…のだが、声色は若干引いていた。

 「蟲?だとするとここに住む蟲覇人かもしれないわね」

 「え、あんなにしっかり蟲っぽいの…?大丈夫かな……」

フィルオーヌの返答に対しより明確に困惑の色を乗せて口を開くシャル。

すっかり忘れていたが彼女は一部の蟲がかなり苦手だ。

剣魔界にいた時は多足系の蟲を見つけるや否や俺を呼び出し退治するように懇願ーーと言うか殆ど命令をされてい記憶がある。黒光りするヤツはまるで平気に処理するのに。

ちなみに俺は蟲全般があまり得意ではない。のに、当然知っているはずのシャルはよく俺に頼んで来たので若干恨んでる部分はある。

 「まぁなんにしてもとりあえず行ってみよう。生きてるかどうかわかるか?」

が、それはあくまでも一般的な蟲であって倒れている蟲覇人に人の要素がどれだけ入っているのかが分からないし、その辺を確かめるためにもまずは助けに行くべきだろう。 

 「………。ピクリともして無いから、どうだろう」

 「蟲としたらしぶといんじゃないの?見た事は無いけど大体そーなんでしょ?」

 「そ、その言い方はどうかとは思うけれど、確かに丈夫だったのは間違いないわね」

 「ならまだ生きてるかもしれない。直ぐに行こう」

 「うー、気は進まないけど……。でも、そうだよね」

もしかしたら現地民が倒れているのかもしれないと言うのに中々緊張感のない会話を終え足早に向かう。

まぁ、正直言ってみんなそれぞれ思うところはあるんだろう。なんて言っても蟲系なわけだし。

確かに俺達は映像では見た事があるわけだがファズはともかく俺とシャルは[影が空を飛んだりしていた]程度の認識だ。

翅があるのは知っているが見た目がどれほど蟲なのかは分からない。なのでその時は平気だったがいざ対峙するかもしれないかと思うと不安がかなり大きい。

これでもし、理科の授業の時に観たドアップの蟲のまま人の大きさになってたとかだったらどうしよう。

 「…やっぱり、蟲覇人みたいね」

などと考えているうちに着いてしまった俺達は……と言うよりも俺とシャルは互いに顔を見合わせてしまった。

不安を更に膨らませた面持ちで。

 「思ったより、蟲の背中してるね……」

 「してるな……」

露わになっている透けるように白い大きな翅……。きめ細かな羽紋は芸術的とさえ思うが、あくまで蟲の持ち物であると知っているとどうしても喉をつっかえてしまう。

ならそれ以外で想像が杞憂と言い切れないだろうかと思い見回してみるが外蓑に似た衣類で隠されているため何も分からない。

もう今までの所見でかなり怖いが、ここまでしっかり蟲だと顔や身体の正面には更なる不安が掛かる。

 「帽子?みたいなの被ってるから顔までは分かんないわねー。とりあえずひっくり返してみる?」

 「ファズ…?失礼でしょう?」

あくまでも蟲として扱おうとするファズに本格的に怒りを見え隠れさせるフィルオーヌ。

彼女達のやり取りは放って置くとして、見た感じまだ生きている様子だ。なんとなくだが背が動いている気がする。

ファズの提案に賛同するわけでは無いがまずは身体を上向きにした方が良いだろう。

 「…リューン?いい……?」

 「………後で武具の手入れ手伝えよ」

シャルからの懇願する声に対価を示し、頷くのを確認してから倒れている蟲覇人の肩にそっと触れる。

思った通り暖かい。そして人肌よりも若干硬い。

…………すっごく不安だが…。

 ーーええい、ままよ!

 「おい、大丈夫か」

呼びかけながら肩を引き、仰向けになるように身体を地面から引き剥がす。

そうして表になったのは……。

 「ぐ…うぅ……?」

 「お、おじいちゃん……?」

 「それもかなり普通の、だな」

俺やシャルと大差の無い、かき上げた白髪の乱れた顎に白髭のある老人だった。


                              ーーーー


 「いやいやはやはや!助かった助かった![煙内に生を得る]とはこの事よな!はっはっは!」

 ところ変わり蟲覇人の夫妻が営む食事処。

老人の倒れていた場所からは暫く行った荒地と荒野の境にいあるここは彼の行きつけの店らしく、夫妻に事情を説明したらお代はいらないので回復するまでゆっくりして行けと言われたので甘える事になった。

それから少しして老人は一気に元気を取り戻すと、ぴょんと跳ね起きてさっきのあんな感じで口を開き始めた。

ちなみにその夫妻も何かしらの蟲の特徴はあるものの老人同様殆どが人間で、見た目に嫌悪感のようなモノは一切抱かずに済んでいる。

この調子なら火氷界のように多種多様な見た目という線は考えなくていいかもしれない。

 「まぁ、なんにしても無事で良かったよ」

 「はっはっは!ワシもそう思う!」

 「…ホント、癖の強いじーさんね」

 「ファズ…!」

 「いやいや結構!女房によく言われとるし、無礼も美しき者にされるのは中々悪くないもんじゃて!」

 「だってさ」

 「あのねぇ……!」

 「あ、あはは……」

快活と言うかなんと言うか、ファズの言葉通り癖の強い爺さんはガハガハと笑いながら湯呑みみたいな器に注がれた飲み物を飲み干す。

それと同時くらいに店の旦那が料理と人数分の取り皿を手にしてやってきた。

お盆に乗せられた大皿の料理は見た感じは野菜炒めのようだが、匂いは明らかに別のナニカだ。……俺達でも食べられそうな匂いではある。

 「お待たせ、いつものヤツだよ」

 「おおお、悪いのう!急に来たのに助かる」

 「気にしなさんな。いつも贔屓にして貰ってるからね、今日は療養って事でお代はいいよ」

 「何と!では次に来る際は倍払わんとな!」

 「っはは!今日の迷惑料って事か。いいね、それでいこう」

行きつけと言うだけあって親しい間柄のような会話を交わす彼らは更に少しだけ世間話を交わす。その後どちらからともなく話を終えて旦那が立ち去った。

そうして卓の上で存在感を放つ料理に全員の目が行くと、爺さんは自分の傍に置かれていた取り皿と二股のフォークと箸のような物を俺達に回してくれた。

 「悪い。そんな感じだからすっかり忘れてたけど、倒れてんだよな」

 「なぁに、気にするな。恩人には尽くさんと」

自身の取り皿に料理を盛りつけながらそう言う爺さんの顔色は明るい。

言葉通り、こちらの世界の礼儀なのか彼の本心らしいとみて分かるほどだ。

 「お、恩人ってほどじゃ…。結構元気みたいだし」

 「そーね。これで倒れてた~なんて誰かに話しても信じてもらえなさそう」

 「……まぁ、こればかりは同意、かしらね…?」

それに対しての俺を含めたこちらの無礼さときたら少し恥ずかしさを覚えてしまう。

しかも困った事に各世界の代表みたいなものなので結構アレだ。

いや、言い訳させてもらえるとしたらこの爺さんの雰囲気に呑まれているからだと言いたい。実際、初対面には必ず敬語のシャルの口調が既に崩れている。それだけでかなりおかしい。

 「はっはっは!良い良い!正直こそ全也、とな!ま、日ごろ女房にも言われとるのよ。『殺しても死ななそう』と!はっはっは!」

怪我人……怪我人?に結構最悪な反応を示したはずの俺達に対して爺さんはそれでも変わらずガハガハとより大きな声で笑ってくれる。

なんて器のデカい漢なんだろうか。

 「そうか。気にしてないんならいいんだ。ありがとう」

知らず喉を通った言葉に爺さんは得心の言ったような顔で頷いた。

その後、俺達は勧められるまま料理を自分の取り皿に盛り付け、大皿の料理が相応に減ると爺さんは待っていたかのように口も付けずに話題を一変させた。

 「はてさて。つまめる物も用意できたわけじゃし、本題に入るとするかの。のぅ、異世界からの旅人殿?」

さっきまでと変わらない賑やかな面持ちのまま発せられた爺さんの一言。

だが、俺達は皆同時に一種の恐ろしさを彼に視た。

 「おっと、流石に場数を踏んでいるだけあるの。隠したつもりだったんじゃが」

 「…何を、だよ。爺さん」

 「はて、なんじゃろな?ボケたかの~。はっはっ」

背骨に凍った鉄を差し込まれたかのような身を穿ってくる恐ろしさ。

それが何なのか、俺達は知らないようで知っている。

あれは……そう。殺意だ。

それも普通の殺意とは違う。死と日常的に在り、死を恐れていない者が出せるモノ。

そう形容できるモノだ。そんな気の振れたモノは感じた事がないはずなのに明確に理解できた。

……ならきっとこの爺さんは、己の腕だけで相当の死場を潜って来たんだろう。

何も知らない相手にすら感じさせる事が出来るのだから。

 「ま、いずれにせよ、じゃ。おぬしらの目的は知っておるし、次の目的地も知っておるぞ」

今度こそ本当に殺意を隠して話を始めた爺さんは何の前触れも無く俺達を見透かした事を口にする。

しかもはったりや鎌かけなんかじゃない。確信を得ての発言だ。爺さんの何処か自信に満ちた表情が俺の確信を裏付けている。

 「な…んで知ってるんだ……?」

 「はっは。そりゃお前、魔王が復活云々の時に来た蟲覇人以外の種族となれば答えは一つじゃろうて」

 「そ、そんな事まで知ってるの……?」

続けられた爺さんの確信の元を聞いてシャルだけでなく俺達全員が驚きを露わにしてしまう。

そして同時に、僅かだが明確に俺達と爺さんの間には溝が出来た。

……どこまで知っているんだ、この爺さん。

 「…はっはっは、少し意地が悪かったかの。そう警戒する事は無い。何もわしだけが察せる答えではないんじゃからの~」

俺達の中で瞬間的に沸き上がった警戒心を見て取ったからなのか、爺さんは発言通り意地の悪そうな無邪気な笑みを浮かべ、何故知っているのかを説明してくれる。

 「わしら……つまり蟲覇人は遥か昔からおぬしら担い手と巫女を待っておったからの。であれば必然、言い伝えでは無く歴史になる。故に、と言ったところよ」

爺さんの説明は簡潔で分かりやすく、特にフィルオーヌには合理的に聞こえたらしい。

彼女は一度深く頷くと、爺さんの説明を補足するように俺達に向けて続けてくれた。

 「…そう、確かにそうよね。ここは他の異世界とは違って魔王が封印されている場所。それなら伝承も伝説も全て事実として扱われているわよね」

 「そう言う事よな。流石に聡いか?エルフじゃし」

言いながら爺さんは事も無げにフィルオーヌの種族を言い当て、反射的に驚いてしまう。

しかし、今の話から察すれば当然各異世界の大まかな事や巫女の特徴なんかは知っているだろうから言い当てられるのは不思議では無い。寧ろここの夫妻が同様に知っていたとしてもおかしくはないんだろう。

だがまぁ、今までの経験から考えれば魔王や巫女に連なる事情を知っていたのは少数だったし、驚くなと言うのは無理があった。

実際、シャルも少しばかり動揺しているようだ。

 「って事はよ?あそこで行き倒れてたのは演技だったって事で良いのかしらね?」

 「いやいやそれは買い被りじゃな剣魔界の……いや、機生界のお嬢さん。アレはホントに倒れてただけよ」

次いで疑問を投げたファズに対し爺さんは明朗に笑ってさらりと受け流す。

爺さんの言うようにあの時の様子が嘘だったとは思えない。何より俺達が出てくる場所を知っていたからと言って時間までは分からないはずだし多分本当の事を言っているんだろう。

…ただ、手離しにそう断言できないのはこの爺さんと話して感じた得体の知れなさがあるからだが。

 「…食えない爺さんだ」

 「そうか?ま、歳はくっとるからの。経験値の差じゃろうて」

あの殺意といいこの感じといい、敵意こそないもののこの爺さんは危険だと言っていい。

もしも何かの手違いで敵に回ったとしたら……。そう考えただけで生きた心地がしなくなってくる。

 「っと、そう言えばお互い名乗りがまだじゃったな」

 「…ああ、そう言えば確かに」

次々湧き出て来る爺さんに対する疑問や不信感。

それらを切り捨てかねない話題が爺さんの口から出てくる。

勿論、俺が忘れていたというのは嘘だ。今まで同様名乗りの有無で警戒すべきかを計っていただけで常に意識はしていた。

……が。

爺さんは俺が警戒心を上げようとした瞬間に名を名乗ると言い出した。

まるで図っていたかのように。

 「わしはビーウル。一応刀の腕で飯を食ってきた。ま、あのように倒れていたわけじゃし、だいぶ耄碌しとるがの」

 「俺はリューン。見ての通り特大の剣を使ってる。腕前は…まぁ、悪くは無いんじゃないか?」

 「私はシャル。えっと、使ってる武器も言った方が良いのかな?二本の斧を使ってるよ」

 「何?そういう流れなの??私に装備されてるのはビームナックルなんだけど…分かる?あ、名前はファズね」

 「……では、最後は私ね。名はフィルオーヌ。武器はこの槍・精環槍。特殊な形状だけれど、慣れれば悪くないわ」

爺さんーービーウルの名乗りに続けて俺達は名を名乗り、同様にして使っている武器を邪魔にならない程度に見せながら答える。

……そう、奇妙な事に自分の使っている武器を彼は口にしたのだ。

俺達はつられたように答えてはいるがその実、全員が奇妙さを感じているのを僅かな雰囲気の違いで察している。

恐らく爺さんは何かを目的としている。

そして……思い過ごしであってくれればいいが、あそこで倒れていたのはその目的を成す入り口としているんだとしたら俺達はまんまと罠に嵌った事になる。

考え過ぎならいいんだが、爺さんのこの感じや武器を見せはしないせいで言い切れないのが怖い。

 「ほうほう、ファズの使う武器は知らんが他の者が使っとる武器はこの世界でも一般的じゃな。ま、それぞれ普通とは違うみたいじゃから?一概に同じとは言えんがな」

 「爺さんこそ刀なんて珍しいの使ってるんだな。見せてもらってもいいか?」

 「ほほー?わしの刀を見たいと申すか。中々中々」

会話の流れを利用し、恐らくは敢えて見せなかったのだろう爺さんの武器を見せてくれと頼んでみる。

無論、その意味は理解している。

爺さんに敵意があるかどうかはともかく、刀の腕で生きて来たという相手に『それを見せろ』というのは一種の挑戦状と変わらない。いわば挑発だ。

お前の獲物を目にしてもこちらは生きている自信があるぞ、と言っているに等しい。

 「……よし!助けてもらったお礼じゃ!大奮発じゃし心して目にするんじゃぞ~~?」

ほんの一瞬の沈黙の後、ビーウルは自分の背後に手を回すとどこからともなく一本の刀を取り出す。

使っていた魔法は多分隠匿魔法の[灯台の下]だろう。幾つかの物を人の目に見えないように魔力で迷彩する魔法で、中級、上級と級を上げるごとに隠せる量や触れた時の感覚そのものを消す事が出来る割と便利な魔法だ。

さっき彼の背に触った時は何も感じなかったのを見るに中級以上だろう。

 「わしのこの大太刀を見た者は大体死んでおるからの、おぬしたちは幸運じゃぞ?」

 「へぇぇぇ……!カッコいい!!」

 「…確かに、悪くないじゃない」

 「ほほー。見る目があるの!シャルにファズ!!そう、この太刀はかっちょ良いんじゃよ~~!」

爺さんは自身の背丈と同じくらいの長さを持つ大太刀を両手で掲げるように持ち上げると恍惚とした表情をでろでろに崩してニヤニヤと眺める。

シャルとファズはそれにつられてなのか、本心からなのか、普段よりも面持ちを柔らかくして同様に大太刀を見上げた。

勿論、俺もフィルオーヌもその大太刀を見ているわけだが、彼らのように無邪気な気持ちのまま見る事は出来そうになかった。

……所謂、血の臭いを噎せ返りそうになるほど感じたから。

 「(分かるかしらリューン、アレから感じる並みじゃない臭気を)」

 「(どういうわけか、な。何回か死にかけたせいで敏感になったのかもな)」

 「(冗談を言ってる場合じゃないでしょう?あの様子じゃ十や二十じゃ利かないわよ。下手をすれば三桁……。何なのかしら、あの男)」

 「(人殺しか、辻斬りか、もしくは逆に処刑人か。なんにせよ命に近く、命が軽い場所にいる奴だろうな)」

 「(…そうなるわよね。少し、助けるかを話し合うべきだったかしら)」

大太刀を見て興奮する彼らを他所にお互いが聞こえるギリギリの声量で言葉を交わし、爺さんの底の知れなさを改めて認識する。

さっき感じた殺気とこの大太刀が放つ血の臭い。更に彼が爺さんだという点を加味して考えれば、およそ立ち上がる答えは一つ。

どんな歩みかはさておき、ビーウルと言う爺さんは歳の数だけ人……蟲覇人を切ってきた者という事だ。

であれば、こんな人のよさそうな顔をして自分の武器を眺めている彼を信用する事だけは絶対にあってはならないだろう。

 「(これからの行動をどうするかは分からないけれど、彼を信用するかどうかは慎重に決めなければね)」

 「(だな)」

どうやら俺と同じ結論に達したらしいフィルオーヌに提案され、一拍の間も置かずに頷く。

雰囲気に呑まれてかシャル、ファズは恐らくもう彼を信用しているんだろうが、俺達だけでも冷静でいなければ大変な事になるだろう。

 「さてさて、あまり見世物にしてもこいつが錆び付く。此度は終いじゃ」

 「ありがとう。いいモノが見れたよ」

 「なんのなんの。褒めてもらえると嬉しいからの~。たまには悪くないもんよ」

大太刀を再び背に回し、灯台の下を使って見えなくする爺さん。

シャルとファズは完全に消えて見えなくなるまでずっと見ていたのでかなり気に入ったんだろう。

……こいつらがこんなに武器好きだったとは思わなかった。

 「さて、では話を戻すとするかの。件の魔王の事じゃが…」

二人の知らなかった一面に少し驚いている中で告げられたビーウルの言葉に、さっき出来た溝が再び浮き上がる。

俺達と爺さんとの間にある警戒心と言う名の溝。それを爺さんが感じていないはずは無いだろう。

けれど爺さんはまるで意に返した様子も無く話を続けた。

 「あれな、実は一週間ほど前に復活しおったんよ。厄介な事にの~」

 「な…!」

 「!!!!」

 「っと、そう焦るなよ?まだまだ戦は始まったばかりじゃからな」

事も無げに発せられた言葉に俺とフィルオーヌの時間が止まる。

いや、止まっている場合じゃない。なんだって?復活した!?しかも、一週間も前に!?!?

 「ちょ、ちょっと待てよビーウルの爺さん!!復活したのか!?それも一週間も前に!?」

知らぬ間に卓を叩いて立ち上がってしまった俺は自分で出した音に若干驚きながらもビーウルに詰め寄る。

対し、爺さんはどこ吹く風といった顔ですんなりと[正しい]と口にした。

 「じゃなぁ。わしがそこまで耄碌してなければ日数は間違い無いはずじゃて」

 「……被害はどうなっているんです?」

 「うーーん…。公表されている分にはそれほどでもないとはあったが、実際は小国が消し飛ぶくらいには兵が失われているそうな?情報統制下では何とも言えんがの」

フィルオーヌの問いに顎の白髭を何度も右手で弄びながら答える爺さん。

だがその内容は爺さんの態度とは真逆に余裕などない切迫したモノだ。

 「そ、そんなに…!?」

 「………映像でもヤバいとは思ってたけど、やっぱり桁違いね。…ムカつく」

 「はっは。まぁ手は焼いておるようじゃな。少なくとも国同士の小競り合いは無くなったくらいじゃし?」

 「国同士の小競り合い…?」

 「うむ。ま、政治の事はよー分からんが、仇も荒波共にすれば仲間、と言ったところかの」

含み笑いの混じるビーウルの言葉に俺達はより明確に事態の深刻さを理解する。

特に、政治に関してはこの中で誰よりも詳しいだろうフィルオーヌは表情に険悪ささえ見える。

 「……この世界に国は幾つあるのですか?」

 「うーむぅ?大国が八つで、他が確か……四十とか?じゃったかな?」

 「五十近い国が手を取り合わねばなった、という事ね…」

尋ね、独り言ちるように完結したフィルオーヌはより険悪さの増した表情で唇に曲げた指を当てる。

理由は恐らく、呉越同舟を余儀なくされているから、だろう。

全ての国が全ての国と仲が良いなんて事は絶対にあり得ない。蟲覇界の成り立ちは知らないが国がこれだけ多くあるという事は大なり小なり衝突があり、統一されなかった事を意味する。

とすれば歴史上に蟲覇人同士の争いはあり、彼ら彼女らの遺伝子には血文字の怨嗟が刻まれているはずだ。

なのに。魔王復活によって力を合わせねばならなくなった国々は血文字から目を逸らす事を余儀なくされている。

それは異常事態としか呼べず、如何に魔王の存在が強大かを意味しているはずだ。

 「……分かりました。おもてなしいただいた身で無礼とは存じますが、私達はするべき事が出来ましたのでこれで失礼致します」

 「お?もう行くのかの?」

 「はい。今知っておくべき情報は充分に得られましたから」

立ち上がりながら静かに言い放ったフィルオーヌは面持ち冷たくビーウルを見下ろす。

それを爺さんは真正面から受け取って置きながら「残念じゃのぅ」とわざとらしく瞳を潤ませ、両の人差し指を合わせてつんつんとし始めた。

 「…行きましょう、リューン、シャル、ファズ。これ以上の長いは無用でしょう?」

 「あ、ああ。そうだな。行こう」

 「そう、だね」

 「……まぁ、そうね」

かつて見た一つの世界を束ねる者としての迫力に気圧され言葉が詰まってしまう俺達を無視し歩き出すフィルオーヌ。

彼女の向かう先は当然店の出口で、その足取りは速く、何より物々しい。

 「せっかちなエルフじゃのー。向かう先も分かっとらんじゃろうに」

後を追いかけようとする俺達を止めるためか爺さんに如何にも含みのある言い方で話しかけられて足が止まる。

そしてそれはまさに図星で、急く気持ちのまま路頭に迷ったところで意味は無かった。

 「…なら爺さんは知ってるのか?」

 「まーの。この店を出て暫く真っ直ぐ行けば大国の一つに行き当たる。そこでコルリィカという娘に会いに行けば事は進むはずじゃよ」

 「随分、詳しいのね。何でかしら」

 「ほほー、気になる?気になるかの?長くなるぞ~?それまでエルフちゃんは待ってられるかのぅ?」

露骨に煽ってくる爺さんの口調にフィルオーヌの表情が一層険しくなる。

…いや、それどころか喉元まで暴言が出かかっているのが見て取れた。

 「え、えっと…またの機会で……」

だからかシャルが間に入って会話を濁し、フィルオーヌの背を押すようにして爺さんから視線を逸らそうとした。

 「ほーかの?ざーんねーんじゃ」

 「……あんた嫌いよ。クソジジイ」

誰が見ても分かるフィルオーヌの怒り。それを更に煽る物言いをした爺さんに、今度はファズが苛立ちを露わにする。

 「あ、あははは!じゃ、じゃあビーウルさん、また今度!」

 「おーぅ、またのー」

であればこのままでは争いに成る。それを見越し、シャルはファズの背も押して先に外へと出て行った。

 「それにしてもクソジジイか…。はっはー!クソジジイか!悪くない響きじゃの!!」

残された俺と、愉快そうに笑うビーウルの視線が交じり合う。

……困った事に爺さんの目は声ほど笑っていなかった。

理由はきっとファズの発言のせいじゃない。

多分、いやきっと、狙っているんだ。さっきの大太刀を抜く瞬間を。

俺と切り合う機会を。伺っているんだ。

 「ん?どうした?巫女らは行ってしもうてるぞ?……それともまだわしに何か用が?」

確信はない。だが、爺さんの放つ妙な気配のせいで迂闊に背を見せられない。

…どころか、緊張が足元から這い上り地に縛られているような感覚だ。

 「…なぁビーウルの爺さん。一つ聞いてもいいか?」

 「お、本当に聞きたい事があったんじゃな??いいぞ~なんでも聞くと良いぞ」

次第に強まってくる緊張感を晴らすために出した苦し紛れの言葉に、爺さんはわざとらしく明るく答えると湯呑のような器に入っている液体を口に流し込む。

それからほんの少し、時間が止まる。

再び動き出したのは質問が俺の口から出て来た時だ。

 「…………あんた、何で魔王と戦いに行かないんだ?」 

 「……ほぅ」

何も考えず、さりとて無思慮というほどでもなく、口を吐いた言葉はいわば本質的な疑問だった。

爺さんの話では一週間ほど魔王との戦が続いていて、その間に出た被害は小国一ヶ国分と、呉越同舟を余儀なくされた政治。

戦を知らない身としてはそれがどれほどの被害なのかを言い表せないが、たった一週間で世界が変りかねない被害が出ているという事は充分に分かる。

とすれば、だ。志願兵だけでなく徴兵令が出ていてもおかしく無く、仮に出ていなかったとしてもこんなところをうろちょろできるほど余裕はないはずだ。

 「……そうだ、そうだよな。なのに爺さんは、何で……?」

 「ほっほー。そこまでじゃな。担い手よ」

 考えれば考えるほど深まっていく疑問に、だが、爺さんの笑いで現実に戻される。

 「生半可な輩ならどうしてやろうかとちょいと試験してみたが、いやいや中々どうして悪くない。これなら一先ずは命運を預けても悪くはなさそうじゃの」

 「…そうか」

 「はっは、そうそう。そう言う所じゃよ。今、わしに対する疑問を飲み込んで頷いたじゃろ?聞けば戻れぬと察して」

指摘され、喉が小さく鳴る。

爺さんの良い当てた通り俺は今疑問を飲み込んだ。

『倒れていたのも計画だったのか?』と。

だがそれを聞いたところでまともな返事は返ってこないだろうし、返って来たらそれこそ恐ろしい事に成りかねない。

そんな直感が働いて疑問を飲み込んだ。

それを爺さんは言い当ててみせた。……だとしたら。

 「うむ。ま、恐らくはお前さんの思った通りじゃな。いやいや、これほど聡い者が担い手なら安泰かもしれんのー」

…やはり、俺が感じた爺さんに対する今までの直感や疑問は全て正しかった。

こいつは、全部分かった上でやっていたんだ。名乗りを見計らっていたのも、武器を聞いてきたのも。

 「…やっぱり食えない爺さんだな、あんた。敵に回らないでくれよ」

 「ほっほー、そんな気は毛頭ないぞ~。そんな事してる場合じゃないしのー」

笑みを浮かべるビーウルに背を向け、フィルオーヌ達の後を駆け足で追う。

その間、背後に爺さんからあの殺意を感じていたが、本気では無いとも同時に理解できたため振り返ったりはしなかった。

 「ほうほう。殺意の種類だけでなく中に混じらせた真意にも気が付くか。ますます惜しいのぅ」

残されたビーウルは更に取り分けた料理を口に運びながら独り言ちる。

その表情は言葉通り落胆に染まり、子供のような無邪気さが垣間見えた。

 「何の事も無い平時であれば切り合いたかったのぅ。残念残念」

今にも泣き出しそうな声で落ち込むビーウルはそのまま食事を続け、もったいないとばかりにリューン達が取り分けた分も平らげていた。

僅かに、殺気を溢しながら。




to be next story.

 

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