異世界踏破譚~六つの異世界と五名の巫女~

カピバラ番長

序・始まりの異世界

第1話 それが救われた意味だと言うのなら


 悪くない生活だった。

そう思った途端だった。

突然誰かに殴られて死ぬ覚悟までしていたのに、気が付けば見知らぬ土地で橙色をしたウルフカットの可愛い女の子に薬草か何かで治療されていると気が付いたのは。

それから更に一週間ほどして、今度は眩暈も何もなく目が覚めると、見知らぬ土地も可愛い女の子も普通日本じゃあり得ない薬草での治療も全部現実だったと知った。

面白い事に死を覚悟するほどの痛みだった殴打さえも真実に違いなかった。こうして生きているのに。

それでやっと気が付いたんだ。要するに俺はすっかり流行りが終わっていた[異世界転生]ってヤツの一員になっていたんだって事に。

ま。とは言っても何事もそう上手くは事が進まない。

助けてくれた女の子に近くの村の事を教えてもらっている時に上の空でしか聞けないくらいに興奮が収まらなくったって一週間も何も起きなければ不思議に思うし、一か月も何も起きなければ[自分は転生しただけの人間だったんだ]と嫌でも思い知る羽目になる。

小説やラノベや漫画になるような煌びやかでハーレム的で成功溢れた冒険譚は単なる成功者バイアス的なアレでしかないと気が付いた頃にはすっかりこの世界に於ける庶民的な暮らしに慣れていた。

朝は早くに起きて昨日に摂った食事の残りを胃に入れて翌朝分までの食料を手に入れるために山に潜る。

手ごろな山菜や木の実が必要数採れた頃には大体いつも昼前だ。そしたらいつの間にか家に来ている俺を助けてくれた子と一緒に昼食を済ませて、その子と話をしながら近場で切り倒しておいた木の残りから足りなくなった分だけ薪を作ってようやく自由時間。

慣れるまでの初めの一か月は疲れはなくともストレスでくたくたで夜まで寝てた。でも一年も経った今じゃその子と一緒に狩り用兼趣味の剣術と魔法の訓練が行える。

で、その辺が気持ち良く済んだらお別れして夕飯と風呂。汗でだくだくの身体を流す最初の一掛け目はきっと何年経っても気持ちがいいままのはずだ。

全くもって充実した人生だったと思う。毎日毎日呼んでも無いのに可愛い子と話をした後に独りだけでとは言え充足感に満ち足りて布団に入る生活ってのは、確かに本当なら高校生の俺が送るような日々では無いにしろ幸福感のある毎日だ。

とてもじゃないが日本で普通の学生生活を送っていた頃とは比較にならないくらいの満ち足りた日々だった。……少なくとも、自分がこんな仙人みたいな自給自足の生活に耐えられる人間だとは死んでも気が付けなかったと思う。

でも、この異世界では平凡的なそんな生活もあの日を境に大きく変わった。

俺を助けてくれた少女ーーシャルを熊の群れから救った一週間前から。

 『食われてたまるもんかぁぁ!!』

あいつの叫び声が聞こえた。

尋常な声色じゃなかった。少なくともあいつの身を案じなければならないと、もしももあるかもしれないと、身構えるほどだった。

 『シャルーーーーー!!』

 『リューン!?来ちゃ駄目!!』

三……いや、四頭の熊の咆哮が聞こえて、居ても立ってもいられず叫んでしまった。

そのせいでシャルは集中力が削がれてしまったと気が付くのはほんの一秒も経っていない次の瞬間だった。

森を抜けて声の元に到着した俺が見たのはそこにいた四頭の熊に同時に襲いかかられているシャルだった。

シャルは俺と同じ十八歳の女の子だ。けどスマホだネイルだファッションだと言ってるような子じゃなくて、華奢で小さいのに二本の大きな戦斧を扱って家族のために狩りをしてる、他の戦士も真っ青な力を持った子だ。

だから普通は心配しない。

でも相手は、上等な戦士ですら対面したくない狂獣の一種の熊。それも四頭。ちょっとやそっと腕が立つくらいじゃ、人並みに魔法が使えるくらいじゃ、まず太刀打ちできない。

シャルがどんなに優れた斧の使い手でも四頭どころか二頭同時だって熊を相手取るなんて無理だ。

彼女自身それが分かっていたから腰を地面に付けて反撃の体勢なんて取れない状況だったにも関わらず俺に来ないように叫んでいた。

心配する相手のせいで死ぬかもしれない状況になったって言うのに。

だけど、間に合った。

 『この……!!!畜生の分際で!!』

だから、振り抜いた。

 『リューン!?』

全力で、全霊で、今度は俺が命を救うんだと沸き上がる激情のままに。

今まで一度だって人前で振り抜いた事の無い、転生したその日から唯一持っていた武器を。

俺の身の丈を優に超える特大の剣を。

 『離れろッ…ってんだよ!!』

一刀だった。

異世界に来て自覚していた[変わった事]の一つの腕力で特大の剣を振り抜いたら、一回で四頭の熊の頭を跳ね飛ばしていた。

まともな感覚じゃないのは分かってる。それでも、はさみで紙を切るみたいなさっくりした感覚だった。

毛も皮も肉も血管も骨も全部まとめて四回分ぶった切ったってのに荒くなった呼吸の理由は間に合わなかったかもしれないという最悪の事態を想っての恐怖からだ。

 『はぁ…、はぁッ……!』

 『す……すご…い……』

最初に視たのは頭があったはずの場所から血の噴水を上げている熊の一頭。次が周囲の草花が風圧でのけ反っている様子で、三番目になってやっとシャルの顔が見えた。

その時になってようやく間に合ったと理解できて、どっと疲れが身体中に出た。人生で初めての感覚だった。出来ればもう二度と感じたくないような激痛にも似た疲労感だった。

けど、シャルを助けられなかったかもしれないと思えば膝から崩れ落ちてバラバラになるようなあの疲労感にも耐えられた。

 『すごい!すごいすごいすごい!!めちゃくちゃだよ!!お城の兵士だって勝てるか分かんない相手なのに!!』

 『な、なんだっていいよ。それより無事か……?なぁ…』

 『あったり前じゃん!リューンが護ってくれたんだから!!』

 『なら、良かった』

お互い熊の血を浴びていて凄惨な姿だったとは思うけど、それでも喜びのあまり抱き着いてきたシャルを抱き寄せるのに抵抗はなかった。

…暫くはお互い獣臭い気はしたけど、それも含めて今じゃ笑い話ながら話せる悪くない思い出だ。

だけど、そんなとんでもない事件があれば、そしてそこに一種のヒーロー性があれば誰だって他人に話したくなる。

なにより俺のこの力は所謂チート性がある。全力で振るうまで気が付かなかった俺にしてみても、勿論、異世界の住人達にしてみても。

だからこの話は瞬く間にシャルが住む村に広がって近くの町まで流れて、かなり遠いはずの城下町にすら行き渡った。

そして一週間後の今日、俺はシャルと一緒に一番近くにある城に招かれていた。

城の名はサリアンス。王様の名も勿論サリアンス。下に七世と付いてるだけで全く同じ名だ。

 「……気が重いよ、全く」

 「何でよー。お城だよ?王様だよ!?とっても名誉な事じゃんか!」

 「………だからだよ」

 「えー?」

前と後ろに二人ずつ護衛の兵士が付き添ってのレッドカーペッド上で憂鬱に話しながら歩く俺と、隣で対照的に浮かれまくってるシャル。

今いる場所は五日も掛けて王様の馬車で来たサリアンスの城内で三階。もう数分も歩けば謁見の間だろうってような所だ。

どこもかしこも血の気の多そうな兵士ばかりだし、たまに普通な感じの人を見かけても召使いや馬車使いくらいでみんな何処か恐怖心のようなモノを俺達に向けている。お世辞にも居心地は良いとは言えない。

お城はそんな場所なんだと俺とは違って最初っから分かってたはずのシャルは、やっぱりこの世界の最初からの住人なんだろう。初めて見る装い……要は鎧姿で王様との謁見に臨んでいる。

と言ってもガチガチの鎧姿ってわけでもなくて、へそ周りの見える胸元の開いた鎧と肩の付け根までを覆う籠手、そしてハイカットの脚部鎧っていう割と露出した、橙色を基調にした装備だ。

二本の戦斧を背負ってるとは言ってもぶっちゃけセクシーさのある格好だから王様には失礼に当たるんじゃないかと思ったけど、ここまで来ても兵士達は何も言ってこないし、視線がイヤらしく泳いでもいない。

どうもこの世界だと一般人が鎧を持っていても構わないし、そのデザインがどうであれ正装に当たるみたいだ。兵士の様子を見る限りこの程度だと露出にも当たらないのかもしれない。

お陰で着の身着のままな俺ですらお小言一つなかったのは有り難い話だ。

 「で、リューンはなんでそんなに憂鬱なわけなのさ。鎧持ってなくても中に入れたってのにさ」

 「何で…って、そりゃあ……」

相変わらず隣でウッキウキのシャルに問いかけられてまたため息が零れる。

そんなのの答え決まってるじゃないか。

 「村はずれに住んでる正体不明の男が熊を四頭切ったっていう真偽も分からない噂だけで王様との謁見まで話が進んでるからだよ」

そう。俺が憂鬱な理由は戦場での英雄的な行為を行ったわけでも、誰もが賞賛するような偉大な人物を身を挺して護ったわけでもない俺がお城に呼ばれて王様にまで会える事だ。

シャルの話じゃサリアンス七世はいち村人を直々に呼び出して会うだなんてまずあり得ない話らしいし、お陰様で唯一の望みだった[物好きな王様]って線まで消えてるんだから頭が痛いったらない。

 「そりゃあ、本当の事なんだしへーきじゃない?」

 「俺達二人にとってはでしかないだろ。実際に見てないはずの色んな人達の話を事もあろうに王様が真に受けているってのが憂鬱の原因だよ」

 「まぁー、言いたい事は分かるけどさ~」

頭の後ろに両手を回して悩んだような顔を天井に向けるシャル。

けどすぐに回した手を下ろすと明るく笑った。

 「考えても分かんないんだし成り行きに任せればー?」

 「……はぁ」

 「あーー!今私の事バカだと思ったでしょ!!」

 「思ってない。能天気だなって思っただけ」

 「一緒!!」

いい年して頬をぷっくりと膨らませてシャルは怒る。

けど本当にバカだとは思ってないし、能天気だって言うのも流れでいった冗談だ。

正直な話何も分からないんじゃ成り行きに任せるしか取れる手は無いんだし寧ろ的を射た答えだと思う。

ただ、もしもの時の備えとして幾つかの仮説を立ててそれに沿った答えを用意しておきたいだけだ。

だって、謁見の間に入った瞬間に何人もの兵士にいきなり囲まれて「強すぎる芽は摘む」とか言われて殺されちゃうかも知れないわけだし。

 「…着きました。こちらが謁見の間です」

 「おー!!すっごいおっきい扉!!」

そうこう話しているうちに前を歩いていた兵士のうちの一人が到着を告げ、間髪入れずに歓喜の声をシャルが上げる。

同時に俺の憂鬱感は最大に。胃に痛みさえ感じる始末だ。

 「では、我々はこれで」

 「くれぐれも失礼の無いようにお願いしますね」

 「はいはーい!」

 「お前なぁ…」

後ろを歩いていた兵士二人はそう言うと元気に手を振るシャルに小さく会釈をしてからアイコンタクトで前の二人の兵士に後を頼む。そうしてどこかへ去ると謁見の間の大きな扉が軋みと小さな地響きを上げて開かれた。

 「お、おお!おお~」

 「バカ、うるせぇ」

 「でも~!」

 「やかましい」

失礼丸出しのリアクションを何とか咎めて開く扉を見守る事数秒、完全に開け放たれ真っ直ぐ正面に二人の男性の姿が目に入る。

一人は老齢で少し格式ばった格好で椅子の隣に立っていて、もう一人はいかにも王族といった格好の妙齢の男性で豪華とまではいかないけれど決して質素ではない品のある椅子に座っている。必要以上に長い背もたれが印象的だ。

 「あちらで立っておられるのが宰相様のブルファルキス様、そして座っておられる方こそこの国の王・サリアンス七世です。再三の忠告で申し訳ありませんが、お二人は一般市民でありますが故過度の礼儀作法を気にされる必要はないとサリアンス様から承ってはおりますがそれでも失礼の無いように尽くしてください」

 「は、はい!ききき気を付けます」

 「…今更緊張するなよ」

 「無茶!」

兵士からの丁寧な説明を受けた途端に身体をガチガチに強張らせたシャルは声まで上擦らせる。

きっと王様に会うって事はそれくらいとんでもない事なんだろうとは想像は付くけど、シャルのこれまでの経緯から考えるとため息が出るくらいの豹変ぶりだ。現金な所があるとは思ってたけどここまでとは思わなかった。

 「では、サリアンス様の元まで進んで下さい。我々は後ろから付いていきます。……くれぐれも妙な気は起こしませんように」

 「は、はい!」

 「勿論です」

いつの時代のロボットだよという風な脚運びで歩き出すシャルに続いて念のためいつでも背負っている剣に手を伸ばせるよう意識しながら彼女の少し後に続く。

一応今のところ周りに他の人の姿はないしそんな雰囲気も感じない。だから何事も無くすんなり王様の傍まで行く事が出来たし、現時点では心配していたような事は何も起きていない。

 「は、はははは初めまして!モルモル村から来ました!シャルです!」

 「その村の外れから来ましたリューンです。……こちらにお招きいただいた理由と伺いました熊を切り伏せた者です」

サリアンス王の居る王座の間と下々の者達の居る場所を繋ぐ数段ある階段から、更に数名分の距離を開けたところまで近づき、シャルに倣って片膝を付きながら王様に挨拶を口にする。念のため、間違ってもシャルが熊を倒した方だと思われないように最初から明言しつつ。

訪れるほんの数秒の沈黙の中、下げた頭の先で宰相と王様の二人が何か話しているような雰囲気を感じると年齢を感じさせる男の人の声が耳に届く。

 「面を上げなさい二人とも」

 「は、はい!」

頭を上げつつ確認できたのはさっきまでよりも近めに立っている宰相のブルファルキス様だ。

遠目では分からなかったが浴衣のように余裕のある右袖が左袖に比べて僅かに膨らみ沈んでいる。何かまでは分からないが物が入っているのは間違いない。

……もしもの時の護衛用のナイフか?それとも……?

 「今日は遠くからご苦労であった。本日呼び立てた理由はそちらのリューンが申したように熊を切り伏せたという一件についてだ。…もっとも、正確な理由は[四頭の熊を一振りで絶命に至らしめたというにわかには信じがたい噂話の真偽]についてだが」

 「……はい、承知しています」

淡々としてはいるが決して軽んじている様子はない口ぶりでブルファルキス様は俺達を呼んだ理由を口にする。

少なくとも怒っているだとか敵視しているだとかって感じはない。ただ、何か企んでいそうな雰囲気はあった。

 「…感謝するブルファルキス。それより先は私が話そう」

 「承知致しました」

僅かに、威圧感を感じる声だった。

恐らくはそれこそが国の全てを背負う者の持つ覚悟が表に現れた声なんだろう。

そして。

 「……貴殿に幾つか問いたい事がある」

切り出し辛い話題が裏にある証左かもしれない。

 「私のお答えできる範囲であれば全てお答え致します」

 「そうか。では初めに言っておく。決して嘘は申すな。良いな?」

 「はい。……何の足しになるかは分かりませんが、横にいる命の恩人のシャルに誓います」

 「え!?私!?!?」

 「……良かろう。それを持って貴殿の言葉を信じるに足る証としよう。……誓いは重い。努忘れるな」

 「はい」

横であたふたしてるシャルを除き深刻な空気になった謁見の間。

最後に俺が発した返事からほんの数秒も経っていないって言うのに口の中がカサカサに乾いている。

尋常じゃない緊張感だ。そのせいかさっきまで無駄に慌てていたシャルですら状況に気が付き額に冷や汗をかき始めている。

 「……まず、貴殿が狂獣の熊を一刀で切り伏せたとは真か?」

 「はい。本当です」

 「同時に四頭をだな?」

 「はい。この大剣で一刀の下に切り伏せました。四頭共に首または首を含む肉体上部をです」

 「…ではその剣はどこで手に入れた?聞くまでも無く人外の者が扱う武器に見えるが」

 「それは……」

答えに、詰まってしまった。

サリアンス王の質問に対する答えは一つだ。

『いつの間にか背負っていた』。それ以外にない。

この特大の剣は俺が倒れていた場所で、俺に添えられるように並んでいたとシャルから聞いているし、それ以上の事は何も分からない。

だがそう答えた場合次に返ってくる質問は『何故知らない』に決まっている。

それの答えは当然『転生者だから』だが、そんな馬鹿げた事を言えば誓いを反故にされたとみなされるに決まっている。というか、転生者という言葉を知っているのかがそもそもの疑問だ。

となれば後はどうなるかなんて分かったもんじゃない。

なら、なんて答えるのが正解だ?

 「どうした。答えられぬ事情でもあるのか」

 「い、いえ。少しいきさつが複雑ですのでまとめているところです」

 「……ふむ」

口から出まかせ……ってほど出まかせじゃないが、言い訳したお陰でなんとか時間は貰えたらしくサリアンス王は僅かにだが口を噤んでくれた。

しかし時間を貰えたからって事実が変るわけでもない。なんて言うべきだ?下手な事は言えないぞ……?

 「あ、あの…」

 「うん…?」

 「わ、私から答えてもよ、よろしいですか?」

 「お、おい」

通じそうな言い訳を全力で考えている最中、隣でずっと目を泳がせていたシャルが突然口を開き始める。

俺はこいつにも転生者だって話はしていない。だから間違ってもそんな言葉が出てくるわけはないが、だとしたら尚更何を言いだすつもりなんだ?

 「(お、おい。妙な事は頼むから言わないでくれよ。どうなるか分かったもんじゃ……)」

 「(分かってる。私に誓ってくれた人の事を変に言うはずないでしょ?だいじょーぶ任せて)」

他の誰にも聞こえないようにシャルに話しかけると彼女はいつも通りの明るい笑顔でそう答える。

……どちらにしろ今の俺じゃ良い言い訳は思いつかない。聞いてくれるかはサリアンス王次第ではあるが賭けてみるか。

 「…ふむ、良いだろう。貴殿はリューン殿の誓いの先だ。無論、嘘は申すまい?」

 「はい。亡き父と病に伏せる母に誓って」

 「よかろう。では答えよ。リューン殿はあの巨大な剣をどこで手に入れた?」

 「それはですね……」

幸運にもサリアンス王はシャルの言葉を聞くと言ってくれた。

これで彼女が俺じゃ思いつかなかった良い言い訳を言ってくれれば一先ずは解け……。

 「それは、分かりません」

 「……は?」

 「なんと」

解決するだろうと思った矢先、シャルの口から出たのはよりにもよって俺が最初に出して候補から消した答え……つまりは事実だった。

そしてそれは同時に……。

 「分からないとはどういう事だ。あれだけの剣だぞ?入手した日の事を忘れるわけあるまい」

 「それは…私もそうだと思います」

 「ならば」

肘置きに置いてあったサリアンス王の手に僅かに力が入る。

それはきっと戸惑っているというよりも怒っているからのはずだ。なにせシャルは知らないのを知っていると言ったんだ。馬鹿にされたと思うのが普通だろう。

 ーーど、どうすんだよおい。これじゃマジで……。

 「と、言うのもです。王様。彼はその……記憶を失っているようなんです」

 「…なに?」

一色触発まで間もないと思った時、シャルの口から出たのは記憶喪失を意味する言葉。

……成る程、確かにその手があった。実際俺はどうやってこの世界に来たのかも知らなければ本当の名前だって覚えてちゃいなかったんだ。だとすればそれは記憶喪失に他ならない。言い訳どころか事実と何も違わない。

けど、この世界で記憶喪失だなんて症状認めてもらえるのか?俺の元の世界だって半信半疑みたいなところあるのに。

 「信じられない事だとは思います。でも、初めて私が彼に会った時、彼は頭から大量の血を流していました。幸い母の治療をする都合で薬草の知識を僅かにですが付けていた私は出血によく利く薬草をすり潰して手当てする事が出来ました。それから一週間ほど経つと何とか起き上れるまでに回復したので名前を尋ねてみたのです。すると……」

 「名乗らなかった、と」

 「はい。私程度が訂正するのはおこがましいですが、正しくは『名乗れなかった』ようでした。傷の原因も、倒れていた理由も、何もです。彼自身非常に取り乱していたのでそれ以上の追及は辞め、一先ず今の名[リューン]と名乗ろうと二人で決めました。しかし、流石に不思議に思いましたので彼を看病しつつ身元を村で探ってみました。ですが彼に繋がるような情報は何も得られませんでした。これほど大きな剣を背負っている人物を、です」

 「……ふむ。ブルファルキス」

 「はい」

シャルの説明を聞くとサリアンス王は何か引っかかったらしくそれまで黙らせていた宰相に小さく耳打ちを始める。

異様に長く感じる僅かな二人の会話の後、サリアンス王は再びこっちに向き直り口を開く。

 「確かにシャル殿は一年ほど前にモルモル村でそういった内容の聞き込みをしていたようだな。こちらで村の護衛に派遣していた兵士の何人かも聞き及んでいたそうだ。とすればシャル殿の話は本当なのだろう。……問題は」

サリアンス王はそう言うと俺に対し僅かに鋭さを含んだ視線を向ける。

理由は言わずもがなだ。

 「貴殿がシャル殿に嘘を申したか否かという話になってくる」

 「……そう、でしょうね。私も同じ疑いを持つと思います」

シャルが本当の事を言っていたとしても俺が最初から嘘を言っていた場合は話が変ってくる。

けど、少なくとも俺は嘘は吐いていない。少しだけ事実を隠しているに過ぎない。

ここはなんとか押し切るしないだろう。

 「ですが嘘など吐いていません。もしもやましい事実が……それこそ何者かに追われるような身であると知っていればサリアンス王に会うよりも前に逃亡を謀るはずですし、もっと言えば回復し次第彼女の前から姿をくらませていたはずです。先ほど考えをまとめていると答えたのも記憶を失っている事をどう伝えればいいのかわからなかったためです。どうか信じて下さい」

話せば話すほど信憑性が失われていくのは分かっている。けどそうでもしないと自分の素直さの理由を説明できない。

ならいっそ分かる範囲で[嘘を吐く理由が無い]理由を訴えるしかない。

それをどうとらえるかはあの二人次第だ。

……最悪、いざとなればシャルの潔白だけでも証明するために嘘を吐いて、拘束された後隙を見て逃げればいい。

何があっても、命の恩人で一年近くも殆ど毎日を一緒に過ごした彼女に迷惑が掛かるような事態だけは避けないと。

 「…………よかろう」

重々しい沈黙がサリアンス王の一言によって開かれる。

無意識に生唾を飲み込んでしまったのは隣にいるシャルも同様だ。お互いの喉の鳴る音が嫌というほどはっきり聞こえた。

サリアンス王の受け取り方次第では最悪俺は極刑。王に対する嘘はきっとそのくらい重いはずだ。シャルは……何とも言えないが無罪放免とはいかないだろう。少なからず今以上にきつい尋問を受けて嫌な思いをするかもしれない。

頼むから押し切れてくれよ……。

 「我々は貴殿らの言葉を信じる。リューン殿の申すように何らかの事情で追われていると知っていて危険を承知で城に足を運ぶ愚か者はいないだろう。それに、我々が入手した情報を聞く限り貴殿らの村内での評判は悪くない。これらの事実を鑑みリューン、シャル両名は信頼に足る人物と考え、訊問を終了する」

 「あ、ありがとうございます」

 「感謝いたします、サリアンス王」

それまでの張り詰めていた空気が一瞬で霧散する。

淡々とした話し方だった宰相の顔には柔らかな笑みが浮かび上がり、俺に鋭い視線を一瞬とは言え向けていたサリアンス王からはそんな雰囲気は一切無くなる。

どうやらなんとか押し切れたみたいだ。それに向こうは判断材料を他にも持っていたらしいし下手な嘘を付かなくて本当に良かった。日頃の行いって本当にあるんだな。

……いや、ちょっと待て。

俺達はそもそもなぜ呼ばれたんだっけ?

大ボラを吹いたと疑われたからその罰のために訊問を受けた?

いいや違うはずだ。そんな程度で呼ぶとは思えない。それこそ宰相とかその辺の役職に任せて真偽を確かめに村へ送れば話は済む。

だとすれば、だとすれば……?

 「さて、では本題に。お願いします、王よ」

 「うむ」

何かに気が付きそうになった矢先、宰相の言葉にサリアンス王が頷く。

そして王は椅子から立ち上がり……。

 「リューン殿。貴殿に頼みがある」

 「お、王様!?」

あろう事か俺の前にまで来て僅かにとはいえ頭を下げた。

 「ちょ、ちょ、王様!?ああああ頭をお上げください!!」

 「そ、そうですよ。いきなりどうしたんですか!?」

それまでの片膝を付いた体勢から弾かれたように立ち上がりサリアンス王を説得しようと焦るシャル。

あれだけの緊張や圧を放っていた相手だ。俺も反射的に同じようにして王に理由を尋ねてしまった。

 「…いいやこれでよい。これより我々は貴殿に苛酷な選択を迫るのだからな」

 「苛酷な…って、急になにを……?」

 「そ、それってどういう事ですか、王様」

俺の問いに姿勢を変えないままそう答えたサリアンス王は更に話を続ける。

だがその内容はとても現実離れした……それこそ嘘くさく思えるような内容だった。

俺の異世界転生が霞むくらいに現実離れした。

 「貴殿は……そちらのシャル殿も含めこの世界の全ての人々が知る由もない事実がいくつかある。そしてそれを一つでも聞いた時、リューン殿は選択せねばならなくなる。己を生かすか、世界を生かすか、その二択を」

 「な……ど、どういう事ですかサリアンス王」

 「この世界はーーいや、異世界と表現すべきか。この異世界は我々の世界も含めて六つあるのだ。それは星という意味ではなく次元を指し、言ってしまえば本来なら干渉する事すら不可能な別世界の事だ」

 「い……異世界………?」

 「そうだ。にわかには信じ難い話だろう。各王家で代々受け継がれている話とは言え信じている者など私を含めいなかっただろうからな」

サリアンス王の口から出て来たのは本当にとんでもない言葉だった。

いや、理解はできる。何なら俺は既に体験しているし体験中だ。

だけど、仮にーーいや間違いなく、俺の元居た世界を含めて更に後四つも異世界がある?

俺がこっちの世界に来た事だって奇跡なのに他にもあるだなんて信じろって言うのが無理な話だ。

 「これより二人に伝えるのは我々が住む異世界に在する全ての王家に言い伝えられているとする一種の神話だ。あまりに荒唐無稽な内容だったため私や、我が王国と親交の深い別の国々でも子らの寝物語として扱われている。恐らくは全ての国がそのような扱いをしているだろう。……だが」

 「も、もしかして、[本当だった]ってなるような出来事があった……とかですか?」

 「そうだ。別の異世界……名を火氷界。人の姿になれる龍族が住むという我々の常識的には有り得ない世界の者が私と隣にいる宰相のブルファルキスに接触してきた。手段は次元を超える事の出来る通信魔法と言っていたがその正体は定かではなく、現状あちらからの接触が無ければ白昼夢だったかすら確認できない」

 「そ、そんな一大事をどうしてリューンに…?」

 「良い質問だシャル殿。現在の我が国は先の大戦によって疲弊しているのは知っているな?」

シャルの言葉に頷きそう口にするサリアンス王。

王の口にした大戦とは俺が転生した時にはすでに終わっていた戦争の事だろう。

俺が転生した頃より二年ほど前までこの国と幾つかの連国で遠国の連合軍と戦っていたらしい。

現在は和平が成立して暫くの間は戦争の心配は無いのだそうだが、戦争自体は十年近く大規模に続いていたのでかなりの疲弊がそれぞれの国にあるとシャルに聞いた事がある。

幸いにもモルモル村は徴兵こそあったものの戦場になる事の無かった数少ない土地の一つなのでなんとかできなくも無い食糧難と男手不足以外は今までと変わらない生活をしているらしい。

 「……勿論です。私の父はその中期頃に戦場で無くなりましたから」

そしてその戦争は彼女から父を奪った。

個の大戦の話になると必ず彼女は父との最期の別れの話をする。誰かに助けを求めるように、縋った声で。

天真爛漫で明るい彼女とはいえ年頃なのは変わらない。父が戦場に向う数日前に間違ってスプーンを使われたとかで大喧嘩をしてしまい出立する日にすらまともに口を利かなかったらしい。

もしもあの日喧嘩をせず、もしもあの日忌憚なく送り出せていれば戦地で余計な事に気を取られずに戦えて生きて帰ってこれたかもしれないと。

元々持病のあった母の身体が一気に弱ったのも父の死と関係があるはずだと思い込んでいるのも尚更彼女を追い込んでいた。

 「…そうか。大義であったな。後ほど母の名をブルファルキスに伝えておきなさい。貴殿の母の病、我が名に懸けて治療してみせよう」

 「……ありがとう、ございます」

それなのにシャルはサリアンス王に問い詰めもしなければ一方的に怒鳴り散らしもしなかった。

ただ、いつもなら明るく輝いている橙色の瞳を暗く濡らして形式的にしか聞こえない感謝を口にしただけだ。

 「…話を戻すとしよう。火氷界の代表を名乗った男、ヴァヴァル・アインはこう申していた。『これより近いうちに全ての異世界で何らかの異変が起きる。災害か飢饉かそれとも全くの予想もつかない異常事態かは分からない。しかし、確実にこれまでの日々を覆すような何かが起きる。何故ならそれは…』」

そこまで言ってサリアンス王は口を結んだ。しかしそれは僅かな視線の泳ぎの後にすぐ解かれる。

とても言い難そうに。

 「『……遥か古に封印された魔王が復活するからだ』と」

 「ま……」

 「魔王…?」

 「うむ……。そしてその魔王を再び封印するためには五つの異世界にそれぞれ存在する巫女の力を借りねばならないのだとも」

サリアンス王は無意識のうちに僅かに下げていた頭を元に戻し額に手を当てる。

ふと視線を向けた宰相すら視線を逸らすように床を見つめてため息を吐きそうな具合だった。

 「正直に言えば普通ならこんな話は信用しない。恐らくは戦後処理がひと段落して押し寄せてきた極度の疲労のせいで何らかの幻覚や幻聴をブルファルキスと共にしたと断じていただろう。……しかしだ。仮に本当に起きていた出来事だとした場合、このヴァヴァル・アインと名乗った赤と青の龍族は我ら全ての王家が代語り継いできている寝物語……神話に記されていた事を悉く的中させたのだ」

疲労困憊といった様子で言うとサリアンス王は小さくため息を吐く。

それを話しの終わりだと捉えたシャルは感じていた疑問を恐る恐るといった感じで言葉に変える。

 「そ、その寝物語にも魔王……が、いるんですか?」

 「ああ。困った事にな。それ故我々は幾人かの要人を集めて会議を行った。結論は[ヴァヴァル・アインを信頼する]であった。そしてそれは同時に寝物語を誰かしらによる事実の伝記として認める事に他ならず、故に我々の世界から一人の勇者を立てねばならぬと決定した」

 「ど、どうして……?」

 「簡単だ。我々の王家で語られていた寝物語で魔王を封印に至らしめたのが人間であったからだ」

さっきまでとは違う何かに狼狽えながらサリアンス王に問いかけたシャルは王の答えに小さく目を見開き、その場に腰を抜かして座り込んでしまう。

……出来る事なら俺もそうしたい気分だった。

これだけ話を聞けば馬鹿でも何が言いたいのか分かる。

チートじみた戦力を持つ人間を呼び寄せ、酷な選択を迫る。その理由として話したのは寝物語になるほどの武勇に満ちた真実だ。

と、くれば。

 「故に、リューン殿よ。選択して欲しい。魔王退治に旅立つか否か。世界の異常に目を瞑るか否かを」

当然、こういう話になる。

どれだけ真実が含まれているかも定かじゃない寝物語を頼りに魔王を倒しに行けと。

 「お、王様!お言葉ですが王様!!我らが軍の誇る英雄はいかがでしょうか!?出過ぎた真似とは思いますがご一考を……!」

 「それも既に考えた。しかし先も言ったように我々は大戦によって多くの同胞を失い、同時に英雄も猛将も知将も名だたる将を数多く失っている。……はっきり言えば今の我が国の軍事力は十年前とは比較すらできないほど衰えた。ならば戦いを生き抜いた名高き将達を失うわけにはいかんのだ」

 「ですが!!」

 「分かっておる!!」

シャルは俺のために無礼を承知でサリアンス王を問い詰めてくれた。

けどそれを王は、民を背負う王としての一言で黙らせる。

 「…分かっておる。だからこそ私は貴殿らに頭を下げた。どこまでが事実かも分からぬ、そもそも帰る術があるのかも定かでは無い、死を覚悟せねばならぬ情報無き旅だ。戸惑いも憤りも全て承知の上で打ち明けた。かつての大戦に参加した全ての国の将を比較にしても見劣りせぬ戦士に、全てを」

 「そ、それは……」

力強い声と視線を一身に向けられシャルは完全に口を閉じてしまう。

それを見たサリアンス王は俺に向き直るとどこか恐ろしさを覚える声色で話し出した。

 「知っておるのだぞリューン。貴殿、あらゆる魔法を中程度までなら扱えるそうではないか」

 「……どうしてそれを?」

 「此度の真偽を確かめるために聞き込みを行った際に数名の村人から聞いたのだ。と言っても魔法を使っている姿を偶々見かけただけらしいがな」

 「…成る程」

決して嘘は許さないと込められたサリアンス王の視線に俺は頷く。

事実、俺は魔法というモノの全てを中程度まで扱えるようだった。

戦闘魔法・補助魔法・回復魔法・移動魔法・隠匿魔法・使役魔法・錬金魔法ーー。

大きく分けるとするとこの七つになる魔法は、シャルの話だと更に細分化でき、その場合本来は相反する属性のモノを絶対に扱えないはずらしい。

戦闘魔法で言うのなら火と水、補助なら強化と弱体のように、相反する属性は使えないはずなのに俺は何故かその法則を無視していてその上この七種全ての魔法を中級程度まで扱えるようだった。当然、可能な限り細分化したとしても[全て使える]事実は変わらないはずだ。

……断言できないのは試しきれていない魔法がまだいくつもあるように感じているからで、一先ずそれを失くすのが日々の剣と魔法の訓練の目的だった。

恐らく村人達はその訓練を見たんだろう。

 「……とても信じられぬ事ではあるが先ほども申したように我々は貴殿らを信じると決定した。故にこれも事実と捉えている。で、あるならば、これより先どんな事態が起きるかもわからぬ旅路であるからこそ全ての場面に対応できる貴殿のような剣だけでなく尋常ならざる魔法の使い手が適任であるのだ」

 「お、王様……」

 「許せとは申さぬ。国事とは言え私は貴殿の父上を戦地に送り、帰らせる事が出来なかった。その償いも済まぬうちに今度は最も親しいだろう人物に死を受け容れろと申している。恨んでもらって構わぬ」

 「そ、そんな事……」

さっきまでとは別人のような沈んだ声でサリアンス王はシャルに頭を下げる。

シャルはそれを、今度は慌てて止めたりはしなかった。

 「リューン……」

ただ、助けを求めるように俺に縋るような視線を向けるばかりだ。

 「…では決断の時だ。如何する、リューン殿」

二人の視線が……いや、宰相や扉の傍に立っている兵士の視線もが俺に集まる。

 「俺は」

……悪くない人生だった。

異世界に飛ばされてからの一年間、決して楽だったわけでは無いけれど普通じゃあり得ない能力を手に入れていて、シャルっていう可愛い子と殆ど毎日一緒に過ごせた。

そんな特別を普通だったと認識できるくらい充実していた。

…けど。

 「その、魔王ってのを倒さないとこの世界にも何らかの異変が起きるんですよね?それも重大な」

さっきまでの話が本当なら、俺を救ってくれたシャルの住む世界がおかしくなるって事だ。

 「うむ。そう聞き及んでいる。……どこまで関係あるかは分からぬが同盟国が保有する幾つかの村で小規模な飢饉や害獣による被害も出ておる」

 「………分かりました」

 「リューン!」

決心はついた。

元々望んでいた冒険だ。命の一つや二つ懸けたって構わないつもりだったんだから今更そこで悩む必要も無い。

むしろそれでシャルを救えるなら一石二鳥ってヤツだ。良い事しかない。

 「やります。俺が、魔王を倒してきます」

 「……そうか。感謝する」

 「リューン!!」

サリアンス王の謝罪にしか聞こえない感謝の言葉がシャルの声でかき消される。

隣を見れば……声から分かっていたけれど、涙を流している彼女の顔があった。

 「考え直すつもりは……無いの……?」

 「……無い。今までありがとうな、シャル。本当に助かった。命も、記憶が無いのに色々教えてくれた事も」

彼女は滅多に泣かない子だ。

両親のーーさっきのような話の時に瞳を潤ませる時以外、こんな顔は見た事が無い。

そりゃあそうだ。これだけの場で一年近く毎日会っていた友人と二度と会えないかもしれないなんて言われたら誰だって胸にくるモノがあるに決まってる。

……いや、寧ろ感謝するべきなのかもしれない。

シャルにとって俺は家族同然のような存在と思ってもらえていたんだから。俺が彼女にそんな感情を向けているように。

だったら、なおの事だ。

仮にもし俺の転生した理由が今日からのためだったとしても関係ない。

俺は命を救ってくれたシャルのために旅をする。そして魔王を倒してみせる。

 「……分かったよ、リューン」

 「…シャル」

一筋だけ流れた涙を拭い力強い色がシャルの瞳に灯る。

 「私も行く」

 「は、はぁ!?」

……そして、予想していなかった一言を口にした。

 「私も行くよ、リューン。嫌とは言わせないから。本当に私に感謝しているのなら、命の恩人の私の言う事が聞けないはずないもん」

 「そ、そんな力技な……」

立ち上がったシャルは驚いている俺に近づくと右手を握りしめてくる。

 「…言ってなかったけどね、私のお母さんもう長くないの。……一週間かそのくらいなんだって。それを知ってお母さんは私に言ったんだ。『自分を生きなさい』って。『私のせいで奪ってしまった時間を生きなさい』って。…だから」

一際強く右手が握られる。

それこそ骨が軋むくらいに強く。

 「だから、私も行く。せっかく救った命が知らない所で知らないうちに死なれてたら困るもん」

そう言った彼女の目に涙は無かった。

有るのは普段と変わらない明るい表情だけ。僅かに頬を上げた笑みにも見える顔だけだ。

 「…あい分かった。ではこれより王命を下す」

何も言えなくなった俺と決心を固めたシャルに、背筋の伸びるようなサリアンス王の声が降りかかる。

 「これよりモルモル村のリューン及びシャルの両名は我が王城地下に封じられし[神話を紐解く扉]より異世界へと旅立ってもらう。定めし日は半月後の昼だ。それまでに全ての準備を整えておけ!よいな、変更は許さぬ!!」

 「はい!」

 「…承知しました」

 「であれば此度の謁見は終了とする!……勇者よ、そして同等に勇気ある者よ。全ての異世界の命運を託すぞ」

最後にそう言い残しサリアンス王は宰相と共に奥に消えて行った。

残された俺とシャルは謁見の間の扉を護っていた兵士二名に連れられその場を後にし、来た時同様に最終的に四人の兵士に護衛を受けながら帰路に向う馬車に乗り込んだ。

互いに、一言も話せないまま。



to be next story.

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