第13話

ヴィクターは、不機嫌丸出しの顔で、歩いていた。それを見て、察した使用人たちが、ぱっと、廊下の端にいき、頭を下げる。

ヴィクターに八つ当たりされないためだ。


なぜ、俺があんな女に媚びなくてはいけないのか。

何度も父親に言われたことが、頭を反芻する。そのたびにイライラして、思わず壁を蹴り、その辺の花瓶を割った。

使用人たちが、そそくさと、片付けをしているが、ヴィクターの知ったことではない。


―俺は、王太子だぞ!


この国で2番目に尊い人間。それが、俺だ。

なのに、なぜあんなニコニコと何も考えていない顔で笑う女の機嫌をとらないといけない。俺が機嫌をとるんじゃない。あいつが、俺の機嫌をとるんだ。

そうじゃないとおかしいじゃないか。

それなのに、どうして父上は…。


ぶつぶつとつぶやくヴィクターを誰もが、面倒そうに見つめていることも知らずに。

ヴィクターは、幼い弟たちが、自分よりはるかに優れていることを知っていた。特に第2王子のエドマンドだ。王族の象徴でもあり、正当な血筋であることを示す銀髪と青い瞳。

生まれた時から、その美しさは、ほかの国にも知れわたり、彼の誕生日にはたくさんの祝福が送られていた。

それに対して、ヴィクターはというと、誰もが、まずヴィクターの容姿で判断した。

母親ゆずりの茶色の髪と茶色の瞳。

それは、確かに愛らしかったが、代々の王は銀の髪と瞳を持つものが、その席についていたことから、さんざん陰で、揶揄されていた。幼いヴィクターの心を傷つけるには、十分余りあるほど。


それでも王太子に選ばれたのは、事実。

だから、ヴィクターは、自身の悪口をいう人間を徹底的に排除した。

婚約者であるナターシャの財力を利用して、ほかの王子よりも、もっと高価で、貴重な宝石を使った腕輪や王冠や指輪を何個も作らせた。

ほかの王子たちよりも数多くのプレゼントを要求した。

そして、それらは、自分の力だと言った。自分は、王太子にふさわしいから、これだけの贈り物がされるのだと、叫んだ。

王子たちが、たとえ、どれほど多くの人間たちから、贈り物をされようと、祝福されようと、自分には、ナターシャがいる。

ナターシャの財力には、誰も勝てないのだと悟ったのは、早かった。

そして、その力におぼれ、うぬぼれた。

ナターシャのものは、俺のものという方程式が、ヴィクターの中で、盤石なものになっていた。だから、ナターシャから、婚約破棄されるなど、ありえない。


俺は、王太子だぞ。

誰もが、俺と婚約したいと思い、結婚したいと望む男。

その俺が、あんな金だけの女に頭を下げることも媚びることも、これから先、一生ない。

あいつだって、誇りに思っているはずだ。

俺の力になれたこと。

苦労もせず、王妃になれることも。

金以外、価値のないつまらない女だ。

ほかにあいつに、婚約を申し込む男なんて、いるわけがないんだから。

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