夢の岐路
春鏡凪
第1話
夢と一言にいっても皆さんご存じの通り、夢にも種類がある。
夢で見たことが本当になる正夢、正夢とは逆に、見たことと逆さのことが起きる逆夢、自分の日々の記憶から作り出される雑夢。起きれば忘れてしまう夢だが、最近俺は夢を見るのが楽しみだった。夢の中では何もかもが自由だ。何をしても怒られないし、どんなものにだってなれる。学校のみんなはスマホゲームに夢中だったが、俺はそれよりも夢の中にいるほうがよっぽど楽しく思えた。家で睡魔が襲ってきたらすぐに布団に入り、朝親にたたき起こされるまで意地でも眠る。
俺は夢に依存しているといわれても過言ではないと思う。
気が付けば俺は夢の中でこれが夢だと認識できるようにまでになり、こんな夢を見たいと思えば思った通りの夢が見られるようになった。夢の廃人と化していた俺はもちろんのめりこんだ。起きた後にぼんやりとしか覚えていないとしても、自分の欲望のままに夢を作っては見て、作っては見てを繰り返す日々はとても満たされていた。
その日はスーパーヒーローになって世界を救う夢を望んだはずだった。
「なんだよ……ここ」
眠りにつき、目の前に現れたのは枯れた大きな木を中心に高くそびえたった円状の本棚の中。
上を見上げれば枝と枝の合間に小さく青空が見えてこの建物がとても高いことが分かった。
「スーパーヒーローの基地……とは言えないよなぁ」
俺は小さく見える青空を見上げながらそうぼそりとつぶやいた。
棚には本がぎっしり詰まっていてところどころにネズミのような、鳥のような生き物が本の整理をしている。
その生き物に近づいてみればこちらに気づいて俺に一礼したあと本を木のうろの中に運んで行った。
なんだか異世界にでもいるような気分だ。
俺は頭が混乱してきて、ポリポリと頭を搔いていたところ、横から声が聞こえた。
「あれ、いらっしゃい。訪問者が来るのは久しぶりだね」
俺がバッと声のほうに視線を向ければ、黒い着物のようなローブを羽織り、大きな木の杖を持った女の人がニタリと笑いながらこちらに歩み寄ってきていた。
「君はどこの時代の人かな?前は縄文時代の人が来て焦ったんだけど、君は……」
俺のつま先から頭のアホ毛までじっくり見た女の人はホッと息をついた。
「あ~よかった。君は僕の知ってる時代の人だ。話が通じる」
自分だけ納得して話を続ける女の人に俺はストップをかけた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ⁉これはどんな夢なんだ⁉知らない夢で戸惑ってるのに勝手に進んでいくなよ‼」
俺がそう叫べば女の人は「はて?」と言わんばかりに首をかしげて俺をじっと見た。
「なんで君これが夢だって思ってるの?」
「え、それは……」
ローブの下から覗いた群青色の瞳にすべてを見透かされそうで俺の肌がゾワリと逆立った。
俺は言い淀んだ。
いままで夢の住人にどうして夢だと思っているのかなんて聞かれたことあったか?
もしかしてこれは夢なんかではなくて現実――
「まぁいっか!僕の仕事は変わらないわけだし!」
「……」
「え、何その顔?」
「いや、無駄に怯えて損したなと」
俺がそう言えば彼女は目をまん丸とさせて、次の瞬間には腹を抱えて笑っていた。
「やだなぁ、僕の友人じゃあるまいし、人を喰ったりなんかしないよ」
「人を喰う友達がいるの?」
俺は一歩後退った。
そんな俺の態度に彼女は慌てたように訂正した。
「大丈夫‼少なくとも君が生きている間に現れないから!前身がいるだけだから‼」
「前身がいんの?」
俺はもう一歩後退った。
いくつか不安になる単語を聞いて俺が怯えるので彼女は頬をポリポリとかいて苦笑いした。
「まぁいっか。どうせすぐバイバイだし」
彼女がボソリとそう呟いてパンパンと手を叩く。
その瞬間に本棚にあった本が全て色とりどりの蝶になった。
「うわぁ……俺の夢なのにきれいって感動してる……」
「気に入った?僕もこの光景は好きだよ」
彼女が木に指をさせば蝶たちはいっせいに木にとまった。
蝶たちが木の上で羽を開いたり閉じたりしている。
さっきまで何もついていなかった枝に色とりどりの葉が生えたようにも見えてその光景は本当に美しかった。
「さて、君がここにいられる時間も短く済ませたいし、この場所について説明するね」
彼女はそう言いながらいつのまにやらこちらに飛んできていた蝶たちのうち美しい青色の羽を持った蝶を指にとまらせた。
「僕はここの守護者。まぁ司書とでも思ってくれてかまわないよ。そしてこの場所の名前はノア。過去、未来、現在。すべての時間において生み出された本を保存しておくための場所なんだ。何かを強く知りたいと願って、ここまで飛んでくる力がある人間にだけこの場所への扉は開かれる。この蝶たちはさっき君も見たかと思うけど、本の精霊みたいなもの。今君の周りに飛んでいるのは君の知りたいという思いに釣られて集まってきた子たちだよ。そして運よくここに来られた君にはご褒美としてその子たちの中から一つだけその子の持っている知識を持ち帰れるってわけ。さぁ君が知りたいことは何?」
そう言って蝶を指から離してやる女性は相変わらずニンマリと笑っていた。
まるで俺の返答を試すように。
――とりあえず俺はここから自分が持ち帰りたい知識を選んで持っていけばいいんだな。
それなら簡単だ。
そう思って選ぼうとするがなにせ選ぶ知識というものは蝶の形をしているわけで……。
「あの……これどうやって選べばいいんだ?文字とか書いてないけど……」
「え、そんなわけ……あ、そうだった、そうだった。この子たちの知識の名前、僕にしか見えないんだった。君に近寄ってきている蝶を教えて。僕がその蝶の名前を教えるよ」
うっかりしてたと舌をちろっと出してとぼけて見せる司書に俺は少し呆れながらも、とりあえず俺の近くを飛んでいた蝶を指さした。
「じゃあこいつは?」
金色の美しい羽根を持つ蝶だった。
俺が指をさした蝶を一目見ると司書はなんでもないように蝶の名前を答えた。
「あぁそれは金の知識だね」
「金の知識?」
「この場所は過去の本であろうと未来の本であろうとなんでも保存する場所だって言ったでしょう?それは紙の本だけじゃなくて電子で著されてた本や、粘土板に書かれた本。はたまた人の脳の中にだけあった本まで保存してるの。その蝶は人間の世界が生まれて滅びるまでの金の知識が詰まってるから、その知識を持っていったら君きっと大金持ちになれるよ。しかもすっごく楽に」
「それ本当にヤバい知識じゃないか」
「そう?ここではそうでもないんだけどな、その子」
なんて魅力的な話だろう。俺はこの蝶を手に取ろうとしたがそれを司書が引き留めた。
「ちょっと待って、ちょっと待って‼その子は君の近くを飛んでただけだよね?じゃあ、きみはそこまでその子の知識を求めてないってことになる。君が本当に欲しい知識を持つ蝶は君にくっついているはずだからもうちょっと探してみない?」
そう言われたので俺はその蝶にかざしていた手をどかした。
体にくっついている……俺の頭にそういえば一匹くっついてきていた。
「じゃあこいつは?」
この蝶も鮮やかな桃色の羽と長い触覚をゆらゆらさせている美しい蝶だった。
「あぁその子は愛の知識だね」
「愛の知識?」
「そうそう、誰かに愛されたいとか、気になるあの子を振り向かせたいって気持ちがあるならおすすめだよ。それを持っていったら君も明日から愛されキャラ!てね」
「なんかうさんくさい本のキャッチフレーズみたいだな」
「だまらっしゃい」
――愛か、別にそこまで欲しいとは思ってなかったはずなんだけど。恋とかよくわからないし。
「俺別に恋とかしてないぞ」
「いや、それはまだ気づいてない恋って可能性もない?それを持っていけばきっと無意識に好きだった子とゴールイン!私的にはそれを持っていってほしいかなぁ~」
「お前に関係ないだろ、俺の恋路なんて」
「君の人生もここに記録されるから読んでみたいんだよ」
――こいつ、つまり自分の娯楽のためにこのふざけた蝶を持ち帰らせようとしてるのか……。
「却下」
「え~」
残念そうに司書が声をあげ、俺が蝶の羽をそっとつかんで離してやるのを未練たらたらに最後までにらんでいた。
俺の人生なんだから、口出しすんじゃねぇよ。
俺はまだ他についていない蝶がいないか体をさすってみた。すると手に一匹の蝶がふわりと舞い降りた。
さっきの蝶たちとは打って変わって赤黒い羽根に黒い胴体が特徴的だ。
少し毒々しい印象も受ける。
「なぁ、この蝶の名前は?これもしょぼかったら俺は金の蝶をつれていくぞ」
その蝶を見た瞬間、司書が固まった。
さっきはパッと答えていたのになにやらもじもじし始めて、中々蝶の名前を言おうとしない。
「なぁ……なんなんだよ、この蝶」
俺がそう急かせば女性は意を決したように口を開く。
「……その蝶は誰にも知られず楽に死ぬための知識」
小さくそう呟いた言葉に俺は目を丸くした。
「お、おい冗談だろ?俺がそんなこと望んでるわけないし?」
「そ、そうだよね。きっとその蝶は間違えてきちゃったんだよ」
俺はその蝶を愛の知識の時と同じように羽をつまんで逃がしてやろうとした。
しかしその蝶はすぐにUターンしてこちらに戻ってきて、俺の頭にぴったりとくっついた。
「あーこれは相当強い願いだね……」
司書が頭に手をあてて、その場で項垂れる。
どうして、どうして俺はこんな知識が欲しいって考えてるんだ。
いままで死にたいなんて思ったことないのに。
俺が死んだら両親も友人も悲しむことはわかっているし、厳しいけどいつも俺を大切に思ってくれる両親、優しい友人、彼らを悲しませるのは絶対に嫌だ。
――じゃあ君自身は?
「え?」
どこからかそんな声が聞こえた。
「ん?どうしたの?」
司書には聞こえていないようだった。
――君自身はどうなの?今の生に未練はある?今君が考えた理由以外で。
「それは……」
あるにきまってる……と言えたら恰好が付いたのだろうが残念ながら俺に生に固執する理由はない。
やりたいこともやるべきことも明確でない自分がもしこの場で死んでしまったとしても、たぶんこの世に残る未練は周りの人間への申し訳なさだけだろう。
――じゃあもし周りの人間が全員君をいらないって言ったら?君はどうして生きてるの?
そう声が聞こえた瞬間に心の中が空っぽになった気がした。
あぁそっか。
俺はどうして自分が生きてるのかわからないんだ。
誰かのために生きているなんて言えば聞こえはいい。でもそれは誰かがいなきゃ自分という姿かたちを保てないという意味でもある。
じゃあ両親や友人がいなくなったら俺はどうして生きるんだ?
――じゃあそれでいいんじゃない?君が死ぬときが来たならこの知識を使って死ねばいい。大丈夫、誰にも見つからないから誰にも迷惑はかけないよ。
「そう……かもしれないな」
誰かもわからない言葉に俺はうなずいてその蝶を手に取ろうとした。
赤黒い羽根、血のようにも見えるその蝶。この知識を手に入れればおそらく俺は誰にも気にされず静かに死んでいくんだろう。
「え、本当にその蝶を持ってくの?」
司書があわあわしだしたが関係ない。あぁ確かに俺はこの知識を求めていた。
何も起きない人生ならば、早めに退場するほうが効率的だ。
しかし俺の手がその蝶をつかもうとした瞬間だった。
「あれ?君の足元にもう一匹蝶がいない?」
司書が俺の足元を指さしながらそう言った。
視線を落としてみればそこには白い蝶が俺の足元にへばりついていた。
あ、違う羽が破れているんだ。胴体が白いだけの蝶だ。この蝶って司書が本を蝶に変えた存在じゃなかったのか?
「なぁ、なんでこの蝶は羽が破れかけてるんだ」
俺はいったん死の蝶から手を放してその蝶を手の上に乗せてやる。
「羽が破れるのはその子の存在が危うくなっているから。この場所は過去と未来に繋がってるっていったでしょう?この場所は本来は君の人生の台本には入るわけがなかった場所。だからここにくることによって君の考えが変われば君が生み出すはずだったものも変わる。だからたぶんその蝶は君の人生によって生み出された子だよ」
もう一度その蝶を眺めてみる。
破れた羽は海のような美しい青色だった。
「なぁ、この蝶の名前ってなんだ」
「えーっと待ってね。ちょっと名前が読みづらい……あ、この子は漫画だね」
「漫画?」
「そうそう、憂鬱展開ばっかりで読んでるほうも気分が悪くなってくるような漫画。これを読むことが当時の罰ゲームになったくらい」
「なんで俺とそんな漫画が関係あるんだよ」
「さあ、君が書いたんじゃない?内容は中々だけど一定のファンはいたみたい。でもこの子を書いた作者は若くして交通事故にあって亡くなってる」
「……」
少なくとも俺が描いたとは思えない。だって俺は絵がものすごく下手だから。
じゃあなんで俺はこの知識が欲しいんだ。
蝶が近づいてきたってことは俺がこのまだ見たことがない漫画の知識を欲しがってるってことなのか?
頭にたくさんの疑問が浮かんできて俺は混乱してくる。
その時司書が俺にそっと話しかけた。
「それ、もしかして君によって人生を変えられた人が書いたものなんじゃないかな」
「え?」
俺が呆然とする。なんの目標も持っていない俺が誰かの人生を変える?そんなことありえないだろう。
「人は一人で生きていくことはありえない。生まれるときには必ず最低でも母親という人間が側にいる。もちろん生きていく中でいろんな人と関わってお互いに影響されながら生きていくんだ。それがどんな人であろうと人はそこにいるだけで誰かに影響を与えてる。その本はもしかしたら君がこれから関わる人が生み出すものなのかもしれないね」
「俺が……誰かの人生を……」
俺は黙って自分の手を見つめた。
生きる意味……誰かのためにしか生きられなくて自分でしたいことが見つからないそんな俺でも貰うばっかりじゃなくて与えられるのか?
いるだけで誰かのためになれるのか?
俺は司書に静かに言った。
「見つかった。俺がずっとほしかった知識」
「そう、じゃあその子を連れて行くの?」
「いいや、違う。俺が欲しい知識は……」
俺が欲しい知識の名前を言えば、司書は目を丸くした。
「それは……ここにはないなぁ」
「あるだろ。ここにある」
その言葉に司書はにっこり笑った。
「初めてだよ、そんなこと言った人は」
その司書の言葉を最後に俺の夢は終わった。
「じゃあ原稿見せて」
インクと汗のにおいが混じったある漫画会社である漫画家の卵が原稿の持ち込みをしていた。
「ど、どうでしょうか」
声が震えて仕方がない。もう何件もこの原稿を断られて、後がないのだ。
読んでるだけで気が重くなるとか知らねぇよ。
ずっと憂鬱って言葉が貼り付けられているような人生送ってきたんだからしかたねぇだろ。
目の前でペラペラと紙がめくられる音だけが自分の中に響く。
お願いだ、今度こそOKと言ってくれ。
祈るような気持ちで目の前の人物を見つめていたが、ふと彼は自分のほうに顔を向けた。
「君、この漫画って誰かのパクったりしてないよね」
「なっ……そんなわけないでしょ⁉誰かのパクったっていうならどうして自分はたらい回しになんてされてるんですか……あ」
やってしまった。たらい回しにされたこと黙ってたのに……。
多分今自分の顔は真っ青になっていることだろう。
その顔を見た担当の人はプッと笑い始めた。
「な、笑うことないじゃないですか!」
「いやいや、すまない。君の顔が明らかに絶体絶命みたいな顔してたから」
「う……」
図星である。
「いやーでもたらいまわしにされるのもわかるよ。だって見ていて気持ちのいいものではないから」
「それはわかってますよ……でも……」
「でも?」
「それが私の好きな漫画の形なんです」
ずっとおかしいといわれ続けたこの趣味。でも自分の好みに嘘なんてつけないから。
「そっか、そっか。自覚はしてるんだね。でも俺は分かるって言っただけで俺が持った君の漫画への印象は言ってない」
「え」
担当の人は肘を膝につき、立派に蓄えたチョビひげを撫でながらこちらを下から見つめる。
その目は何もかも見透かしているようで自分はドキッとしてしまった。
「癖になる気味悪さ。俺はそう思ったよ」
しわだらけの顔をくしゃとして笑いながらそう言われた瞬間に今まで白黒だった世界が色づいていくような衝撃が体中に走った。
「君さえよければこの出版社でこの漫画の続き、書いてみないか?」
自分はまるで赤べこのように首を何度も縦に振った。
誰かに、誰かに認めてもらえた!
自分の好きを‼
「よ、よろしくお願いします!」
自分が頭を何度も下げるのを苦笑しながら止めた担当の人は「ところで……」と何かをいいかける。
「え、なんて言いました?」
「いや、大したことじゃないんだけどさ……君、交通安全のお守りって持ってる?」
「え?」
終
夢の岐路 春鏡凪 @tukigakireidesune
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