報告、連絡、相談。

 地上に戻り、常に人の多い道を通って家に帰りついた僕は、先ず八磨に電話をした。


「もしもし、聞こえる?」


『はい、聞こえますよ。ただ、家の用事で私も居ないといけないので……もう少ししたら、暫く話せなくなりますね』


 家の用事、最早それすら怪しく思えてくる。


「家の用事ってのは、家の中?」


『そうですけど……どうしました?』


 家の中か。それなら、敵の仕込みである可能性は低いな。


「ついさっき、僕は精神に作用する能力を受けた。具体的には、気分が高揚して自信にあふれる……そんなところだね」


『えっと、それの何がダメなんですか?』


 確かに、考えようによっては良い感じに聞こえるかもしれない。


「僕はそれによって、大した備えも無しにダンジョンをソロ探索することになった」


『えっ、あの白羽さんがですか?』


 驚いたように言う八磨。実際、有り得ない話だ。


「そのせいで僕はゴブリンに襲われて死に掛けたし、冷静に戻って帰ろうとした時……組合内で会った、あのおかしな男が剣を持って走って来た」


『ッ、今は大丈夫なんですか!?』


「うん、もう逃げ切った。部屋番号までは知られて無いだろうし、エレベーターを昇る時には階層も偽装した。家まで殺しに来ることは無いだろうね」


『それは……良かったです』


 安心したように息を吐く八磨。だが、安心できないのはここからだ。


「多分だけど、アイツらの狙いは僕じゃない。僕を狙う理由が無いからだ」


『じゃあ誰を……ていうか、アイツらってどういうことですか?』


 良く気付いたね。


「八磨が言っていただろう。あの男はおかしいって。動きを強制的に止められたり、精神に異常をきたしていたり……だから、操られているのが自然だと思うんだ」


『そうなると、操ってる奴も敵ってことですね……!』


 その通りだ。良かった、真面目な時は頭も働くらしい。


「寧ろ、あの男は被害者だから潜在的には仲間である可能性すらあるけど……今はそれより、君のことだ」


『……私ですか』


 神妙に呟く八磨。思い当たる節を探しているのだろう。


「あの男が洗脳されているとしたら、最初にアイツが求めていたのは……八磨、君だ」


『そういえば、言ってましたね!』


 アイツと言い争いになったのは八磨を巡ってのことだ。そして、家柄的にも、能力的にも八磨が狙われる可能性は高い。


 神代流剣術。相伝のそれは例えスキル化していない状態でも、スキル化することが予想されるものだ。剣術等の武術は高度な物であればある程、スキルとなる可能性が高いからだ。


「敵が求めているのは、まだ世間には知れ渡っていない君の力だろう」


『私が可愛いからという可能性は無いんですか』


「無い……とも、言い切れないけど可能性は低いでしょ」


 はっきりと否定できないレベルなのが残念だが、流石に客観的な価値としては、容貌よりも能力の方が上の筈だ。


「洗脳系の能力を持っているなら、君を手駒に置けることのメリットは極めて大きい」


 八磨を思い通りに操れれば、多大な利益となるだろう。


『……気を付けます。それと、家族にも共有した方が良いですよね』


「勿論。出来れば、君の家の力で解決して貰うのが一番好ましいね」


 僕らみたいな初心者じゃ、出来ることにも限界がある。


『因みに、いつ誰に能力をかけられたってのは分かってますか?』


「具体的には分かってないね。ただ、恐らく僕が外に居るタイミングだ。君とダンジョンの探索を終えた帰り道かな。帰った時には、もう明日ダンジョンに潜るってのは決めてたからね」


 そして、帰ってからは翌日まで外に出てない。だから、予想できるのはそのくらいだ。


「勿論、能力の発動にディレイをかけられるなら分からないけど……それだと、考えてもしょうがないレベルだからね。考察するなら、そのくらいの時間帯になるね」


『なるほど。誰かは分からないってことですね』


「うん。具体的なタイミングが分からない以上、難しいね」


 一応、怪しいと思ってるのはあの肩がぶつかった通行人だ。体が直接触れたのはその時くらいだ。もし、能力の使用条件が触れることであれば、あの男は相当怪しい。

 それと、組合で出会ったアイツと僕では精神の変容具合が違いすぎる。きっと、洗脳レベルの変化を与えるには、深く能力を発動させる必要があるんだ。その場合、接触は接触時間が条件であると容易く想像できる。


「それっぽいかなと思う奴は居るんだけど、顔も名前も分からないし……多分男ってくらいかな」


『あんまり、参考にはしない方が良さそうですね……』


 そうだね。一応ってだけの情報だ。


「取り敢えず、解決するまではダンジョンに潜るのはやめよう」


『……私は、反対です』


「駄目だ。流石に、危険すぎる」


 幾らダンジョンに潜りたいって言っても、この状況は無理だ。僕が納得できる理由が無い限り、今回は絶対に潜らない。

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