異常

 敵の数は残り六体。内二体がこちらに走り込み、三体が投石の構えを取っている。残りの一体は何処に行ったか分からない。


「グギャッ!?」

「グギェッ!?」


 二発。接近する二体の体を撃ち抜くが、倒れたのは一体だ。もう一体は腕に当たり、致命傷にはなっていない。


「グギャッ!」

「グギャギャッ!!」

「ギャギャッ!」


 投げつけられる三つの石。凄まじい速度で迫るそれを、僕は蒼紋で上昇した動体視力によって見切り、何とか回避する。


「ファイアッ!」


 腕を抑えながら走るゴブリンを撃ち抜き、足元の剣を拾いながら木の影に隠れた。


「ふぅ、ふぅ……大丈夫。勝てる」


 呼吸を整えながら、考える。消えた一体はどこに行ったのか。


 先ず、逃亡。これは可能性が低い。というより、考えても仕方がない。

 次に、仲間を呼んでいる可能性。この場合、僕は焦る必要がある。これ以上、数が増えれば不味い。

 最後に、潜伏。隠れて僕に接近し、奇襲を狙っている可能性。とは言え、森の中だ。音も無く近寄ることは不可能に近い。だが、迂闊に動けば対処できない可能性もある。


「……少しだけ、待とう」


 投石をしていた三体のゴブリン。もし近付いて来るようなら、仲間を呼ばれている可能性は低い。だが、このまま様子を伺ってくるようなら仲間を呼ばれている可能性がある。


 …………行く、か。


 瞬間、パキリと乾いた音がした。


「グギャッ!」

「グギャギャァッ!」

「ギャギャッ!」


 接近だ。音を殺してゆっくりと近付いていた三体のゴブリン。


「近いが、許容範囲内ッ!」


「グギャァッ!?」


 最も近いゴブリンを撃ち抜く。しかし、その隙に残り二体が急接近する。


「グギャァッ!」


 振り下ろされる棍棒。僕はそれを回避し、擦れ違い様に熱線銃をぶっ放した。頭を貫かれ、ゴブリンはふらりと倒れる。


「ギャギャッ!」


 素手で両手を伸ばし、獣のように飛び掛かって来るゴブリン。回避が間に合わないと判断した僕は後ろに倒れながら熱線を放ち、その胸を貫いた。


「ギャァッ!?」


「退、けッ!」


 僕の上に倒れ込むゴブリン。だが、即死はしていない。僕は何とかゴブリンを押し退け、その頭に熱線をぶち込んだ。



「――――グギャァッ!!」



 上だ。最後の一体は木の上から飛び降りて来た。だが、倒れた体勢からでは避けきれない。僕は銃を強く握ったまま、腕をクロスして顔を守った。


「グギャッ!?」


「ぐッ、痛いね……」


 胸辺りに落ち、頭に拳を振り下ろすゴブリン。僕は何とかその攻撃に耐え、乗りかかるゴブリンの額に銃口を押し当て、引き金を引いた。


「グギャァッ!?」


「はぁ、はぁ……僕の勝ちだ」


 僕の上に倒れるゴブリンに、僕は念押しの熱線をぶち込んだ。


「残り、二発……もう、戦えない」


 僕はゴブリンの死体を押し退けて何とか立ち上がり、痛む胸と腕を気遣いながら歩き始めた。


「剥ぎ取りは……無理だ……」


 この状態で接敵する訳にはいかない。兎に角、逃げる必要がある。


「クソ、なんで何も持ってきて無いんだ僕は……」


 応急処置が可能な物は何も無い。何故、こうも備えなくダンジョンを訪れたのか謎しかない。本当に、僕が僕じゃないみたいな行動だ。


「……待てよ」


 僕は、一つの考えに思い当たる。



 ――――僕は、何かされたのか?



 誰かに、何らかの攻撃を受けている可能性がある。精神に作用する何かだ。だが、だとして何の意味がある? 僕をダンジョンに送り込むような洗脳……いや、洗脳というよりも、ただ異常なまでに気分が高揚していたように思える。


 クソ、どこからだ?


 どこから、僕は……分からないな。だが、ダンジョンに向かう時には既におかしくなっていた。それは間違いない。

 自身の精神などと言う曖昧なモノを材料にするのは難しいが、良く調べるべきだ。対処する必要がある。この異常には。


 ……良し、着いた。


 何事も無く、僕は転移陣まで辿り着いた。


「ふぅ……」


 疲労の滲んだ息を吐く僕。映り行く視界に映ったのは……


「は?」


 血走った目でこちらへと走る男だった。覚えている。あの時の男だ。最初に冒険者組合に入った時、僕に因縁を付けて来た、あの様子のおかしな男。


 逃げよう。


 僕は一階層の転移陣から出入り口まで全力で走った。比較的安全な筈の一階層を全力で走る僕に怪訝そうな目を向ける者も居たが、考えている暇は無い。流石に蒼紋は使っていないが……良し、追いかけては来ていないな。


「はぁ、はぁ……」


 危なかった……アレは明らかに、殺しに来てた。


「だけど、何だ?」


 直接僕を殺しに来るなら、僕をおかしくする必要があるのか? いや、一人でダンジョンに来させる為の誘導か。そして、人気の無い場所に僕が入り込んだところで、殺す……そういう作戦だったのかも知れない。


「……危ないな」


 僕を殺す理由。アイツなら確かにあるが……アイツ自身も様子がおかしいというのがきな臭い。八磨の話から考えると、アイツも操られていそうだ。


「狙いは何だ?」


 僕を殺す理由。アイツとの因縁……だが、それも操られた結果だと考えれば理由にならない。僕は恨みを買うような生き方はしていない筈だ。

 もしかすれば、あの時のことが……いや、有り得ないな。僕以外、誰も知らない筈だ。


「……八磨」


 可能性は、ある。敵の狙いが僕であるとは、限らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る