二階層、主。
魔物の虫や狼に絡まれながら草原を進んでいくと、遂に転移陣を発見した。
「居たね」
「居ましたね」
そして、その上には緑の鹿が立っていた。
「弱そうだね」
「弱そうですね」
その体躯は通常の鹿よりも少し大きいくらいで、狼のような俊敏さも熊のような力強さも無い。
「だけど、舐めちゃダメだ」
フィジカルこそ弱いが、それでも階層主だ。当然、それに相応しい力がある。
「ピトジェニックディアは植物を操ることが出来る。」
「ピト……何ですか?」
僕はその問いに答えることなく、言い換えることにした。
「緑鹿は植物を操れる。蔦を伸ばして掴んで来たり、毒を分泌して来たり、色々出来るみたいだね」
「確かに、植物そのものみたいな姿ですもんね」
緑の鹿。その緑は植物の緑だ。幾重にも緑の植物が絡み合い、鹿の姿を形成しているのだ。良く見ると少し神聖な感じもするが、僕の神性簒奪は反応しない。
「そして、厄介なことにアイツは再生する」
「再生ですか?」
僕は頷き、足元の草を引っこ抜き、力任せに二つに千切った。
「こんな風になっても、元通りにくっつくんだ。だから、君の斬撃も意味を為さない可能性もあるね」
「え、じゃあどうやって倒します……?」
僕は笑みを浮かべ、オレンジ色の模様が印象的な、玩具のような拳銃を取り出した。
「これだよ。あの鹿は、見た目通りに火に弱い」
「おぉ、見た目通り過ぎますね!」
ただ、この弱点には落とし穴がある。
「だからって、やたらめったら火を放ってもダメだ。そうすると、鹿の操作する植物が燃えて、燃える蔦で僕らを掴んで来る」
「なるほど」
こっちまで引火したら大惨事だからね。それは避けないといけない。
「だから、的確に本体だけを燃やすんだ。幸い、操る植物は本体から生えることは無いみたいだからね」
「ふむふむ、完全に分かりました!」
本当かなぁ。
「燃やせば良いんですね……ふふ、摩擦熱を知っていますか?」
「……うん。まぁ、気を付けてね」
僕は八磨の後ろから熱線銃を構え、鹿に銃口を向けた。鹿はまだ動かない。距離は約三十メートル、有効射程にはまだ近付く必要がある。残弾数は七発だ。
「僕の射撃からスタートだ。良いね?」
「分かりました」
ゆっくり、ゆっくり近付いていく。鹿はじっとこちらを見ているが、まだ動かない。きっと、あの転移陣を守る以上、一定範囲までは襲ってこないようになっているのだろう。
「キャンッ!」
「ッ!」
甲高い声で鳴いた。その瞬間、僕は反射的に発砲した。熱線が鹿の体に着弾し、その場所から火が燃えるが、変形した植物の体に潰されて消えた。流石に遠すぎたんだ。
それと同時に、僕と八磨を囲むように地面から植物が伸びて僕らを掴もうとする。
「私が守ります!」
「いや、行けッ!」
植物達を一振りで斬り払った八磨は僕の言葉に頷き、鹿に向けて走り出した。
「蒼紋ッ! 僕を狙うなら、それで良い!」
地面から無数に生える植物が僕を狙うが、蒼紋の力で強化された身体能力で駆け抜け、僕は植物の追手を躱しつつ、鹿へと距離を詰めた。
「ッ、邪魔です!」
僕を狙う植物が居なくなり、代わりに八磨の前に植物が柵のように現れ、鹿への進路を塞いだ。容易く斬り払う八磨だが、その度に別の植物が生えてまた柵を形成し、八磨を囲むように植物が伸びる。
「残念、有効射程だ」
僕の初撃は確かに弱かったが、今度は違う。
「ファイア」
熱線が放たれる。鹿の体に着弾したそれは、さっきの倍以上の炎を上げ、体を燃やす。直ぐに体を変形させ、炎を圧し潰して消火しようとする鹿だが……
「一発じゃ終わらないよ」
続けて、二発。鹿の体に着弾した。凄まじい勢いで炎が燃え上がり、一瞬にして鹿の体を包みこんだ。
「ッ、危ないね」
鹿の体が燃えながら倒れると同時に、足元から植物が鋭く槍のように伸び、僕の胸を貫こうとした。だが、蒼紋によって向上していた身体能力もあり、躱すことが出来た。一番は、警戒を怠っていなかったことだが。
《階層主の討伐を確認》
《討伐対象:ピトジェニックディア。初回討伐。ランク……2》
《報酬を付与します》
良し、僕らの勝ちだ。
「勝ちましたね、白羽さん!」
「うん、ナイスだ。助かるよ」
「いやいや、今回は白羽さんのお陰ですよ!」
僕は首を振り、八磨の言葉を否定する。
「僕ならあの量の植物に囲まれれば終わりだからね。少なくとも、一撃も喰らわないなんてことは出来ない」
「それはまぁ、私は剣士ですからね。刀を使う、ジャパニーズ侍です」
後衛は、前衛が居てこそ成り立つものだ。だが、逆はそうとも限らない。基本的に、このダンジョンと言う場所で一番偉いのは前衛だ。危険を背負い、傷を受け、命を賭けて戦う必要がある。
「まぁ、感謝してるってことだよ……それで、報酬はどう?」
「え、あぁ、これです!」
八磨が見せたのは、蔦が絡み付いた剣だ。
「僕はこれだね」
そう言って僕が見せたのは紫色の水晶のような石だ。半透明で、内側から光りを放っている。。
「魔石ですね」
「うん、魔石だ」
僕も詳しくは無いが、この大きさの魔石であればそこそこの値段では売れるだろう。普通はダンジョンの中で掘れたり、宝箱から出たりするらしい。
「それで、その剣は?」
「分からないですけど、蔦が取れないんですよね」
刃まで絡み付いた蔦。それは除去しても除去しても復活し、また絡み付いてしまう。これでは、まともに剣としては使えない。
「ちょっと、貸して」
「はい、良いですよ」
剣を受け取り、何もない場所に剣先を向けて魔力を流すと……
「うわっ、何ですかこれ」
蔦が伸び、何もない地面に小さく穴を開けた。
「うーん……売却かな」
「え、勿体無いです」
八磨は、取り敢えず何か能力があれば強いと思ってるよね。
「有効射程は三メートルくらいで、速度もそんなに速くない。普通に重いし嵩張るし、蔦のせいで鞘にも入らないし……神性簒奪も反応しない」
「……言われてみると、要らないですね」
まぁ、一応ダンジョン産の魔道具ではあるからね。魔石と同じかそれ以上の値段では売れるだろう。魔道具には収集家も多い。
「さて、帰ろうか」
「そうですね、私も結構満足出来ました! 楽しかったです!」
それは良かった。僕としても、一日の稼ぎとしては破格なので喜ばしい限りだ。
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