手を振る八磨に、僕は最早呆れたように息を吐き、狼の前に座り込む。剥ぎ取りだ。


「……そっちには強いのも居た筈なんだけど」


「でも、一撃でした!」


 そっか。まぁ、君ならそうかもね。


「取り敢えず、二階層も余裕そうだね」


「そうですね……もっとヤバいダンジョンとか行ってみます?」


 八磨の言葉に、今度は本当に呆れの息を吐く。


「そういうのはクリアしてから言うことだよ。このダンジョンをね」


「それもそうですね……ちゃちゃっとクリアしちゃいましょう!」


 軽いなぁ、頭が。


「君、このダンジョンが何階層あるのか知ってる?」


「えぇと、二十階層でしたよね」


 まぁ、正解と言えなくもない。


「惜しい、二十一階層だね。通常の階層が二十に加え、ボスとコアがある階層が一だ」


「殆ど同じですね」


 殆ど同じではあるが、本題はそこじゃない。


「二十一階層もあるダンジョンをちゃちゃっとクリアとか、僕らのレベルじゃ無理だよ」


「今の強さだとそうかも知れませんけど、潜ってるうちに強くなれるのがダンジョンですからね! 一回も行き詰まることなくクリアするくらい出来そうですけど」


 可能性はあるけど、可能性に過ぎないね。


「堂恵に言われたことを思い出しなよ。ダンジョンを舐めるなってね」


「……そうですね」


 とは言え、八磨は見通しが甘いだけで油断している訳では無い。今も、周囲を警戒しているというのが分かる。寧ろ、僕の方が会話と採取に気を取られて集中を欠いていたかも知れないね。


「白羽さん」


 八磨が立ち上がり、指を差す。その先には、のそのそと近寄って来る熊が居た。


「クローベアだね」


「……爪ですか?」


 八磨の問いに、僕は頷く。


「今は隠れてるけど、あの爪は伸びる。それに、さっきの狼ほどでは無いけど、俊敏だ。気を付けて」


「分かりました」


 僕の前に立ち、ゆっくりと歩く八磨。僕は熊と八磨の間に、達人の間合いのようなものを幻視した。


「悪いけど」


 僕はどちらが仕掛けるよりも先に熱線銃を抜き、熊の額に目掛けて撃ち放った。発射と同時に即着するそれは確実に熊に命中し、ジュッと焼けるような音と共にその額に穴を開けた。


「グォオオオオオオオオッ!?」


「神代流剣術、磊割靁剣」


 怒りの形相で僕を睨む熊。その瞬間に閃光が駆け抜け、熊の首を一瞬で斬り落とした。


「ナイス」


「ふふ、どうもどうも!」


 良いね。そこそこの強敵の筈なんだけど、どうにも楽勝だ。少しの隙を作ってやれば、八磨が確実に殺してくれる。


「良し、じゃあこの熊の爪を剥ぎ取ったら一旦帰ろうか」


「え、折角なら階層主まで倒しときませんか?」


 階層主か。


「まぁ、三層まで行っとけば楽だよね」


 一層進むごとに、転移陣から到達したことのある全ての階層への転移が可能になる。そもそも、階層の移動は転移陣によるものだから、理屈としては分かるが……到達したことのある階層までしか飛べないというのは、何かゲーム的な、恣意的な何かを感じる。


「とはいえ、このレベルの迷宮ならそういうことも無いだろうね……」


 このダンジョンは人が多いから出入り口付近に魔物が溢れるなんてことは無いし、囲まれるほど魔物が発生するような高難易度ダンジョンじゃない。


「うん、行こうか」


「お、本当ですか!」


 二階層の階層主は転移陣を守っているタイプだ。つまり、倒すか擦り抜ける手段が無ければ三階層に到達することは出来ない。


「ぶっちゃけ、強さ的にはピジョンマンよりも弱い筈なんだよね」


「じゃあ余裕ですね!」


 まぁ、ピジョンマンは殆ど不意打ちみたいに先手を取れたからってのはあるんだけどね。


「本当は詳しく話して、倒す手順を細かく決めて、何回かイメージトレーニングをしてから挑みたかったんだけど……想定以上に君が強いし、想定外の僕の強化もあったからね」


「うわ……回避出来て良かったです」


 残念だけど、三階層のボスはこれやってもらうからね。


「取り敢えず、探しますか」


「ん、階層主?」


 八磨が頷く。


「探す必要は無いよ。場所は分かってるからね」


「おぉ、流石です白羽さん!」


 何か僕、雑用みたいになってない?


「さぁ、駆け足で行こうか」


「はいっ!」


 こうして、僕らは草原を一直線に歩き出した。

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