討伐報酬

 八磨の刃を受け、鳩人間は倒れ伏した。僅かに時間が経ってから、ゴロリと首が離れて転がった。空を舞っていた鳩もどき達も慌てて散っていく。


「ナイスだよ、八磨。本当にナイス。思ってた数倍君は強いみたいだね……正直、死ぬかもと思ってたんだけど」


「ふふ、私にかかればこのくらい余裕です。それに、白羽さんも良い援護でしたよ? お陰で、寸分違わず首を狙えましたから」


 本当に余裕そうなのが怖いところだ。これ、僕いらなかったんじゃないのか。


「す、すすすっ、凄いですッ!! ピジョンマンを一撃って……な、何者ですかッ!?」


 と、存在を忘れかけていた戦犯君が興奮した様子で八磨に駆け寄る。


「ふふ、名乗る程の者でも無い……ですが、敢えて言うなら……若き天才剣士、神代八磨」


 どっちも言いたかったんだね。その台詞も、自己紹介も。


「はいはい、調子に乗るのはそのくらいでね。一流の剣士は残心を怠らないんでしょ?」


「む、心外ですね。調子には乗ってますけど周囲の警戒は怠ってないですよ」


 僕の目からじゃ分からないんだよね。


「まぁ、折角狩ったしピジョンマンの素材を頂いちゃおうか。思いがけず結構な収穫になったね」


「おぉ、もしかして剥ぎ取りって奴ですか?」


 少し興奮したように言う八磨だが、あまり楽しいものではない。


「剥ぎ取り、やり方覚えてるよね?」


「大体は覚えてますよ?」


 いや、大体じゃ困るんだよね。特にこんなレアな素材を────


 《階層主の討伐を確認》


 《討伐対象:ピジョンマン。初回討伐。ランク……2》


 《報酬を付与します》


 声が響いた。ゴブリンを殺したあの時のように。


「報酬を、付与……そうか」


 階層主を殺したからだ。そういえば、そんな話もあった。しかし、誰がどんな目的でこれをやってるんだろう。ダンジョンは謎ばかりだ。


「ん……これが、報酬ってことかな」


 いつの間にか、僕の手の中には内側から光が溢れるグミのような緑色の小さな球体が収まっていた。見覚えがある。偶にダンジョンでドロップすると言うアイテム、回復グミとか呼ばれる奴だ。これを食べれば指の欠損くらいは治してくれるだろう。素直に嬉しいけど、階層主を倒したにしてはしょぼいね。


「そうだ。八磨はなんか貰った?」


「は、はいっ! なんか高そうなナイフ貰えました!」


 そう答える八磨の手には銀色の短剣が握られていた。その刃には青銀色の美しい紋様が描かれている。


「へぇ……確かに高そうだね。ちょっと貸して貰っていい?」


「良いですよ。ていうか、使いますか? 私、コレがあるので短剣はあんまり使わないんです」


 確かに、八磨には刀という立派な得物がある。とはいえ、僕なんかが使って良い武器か確かめる必要がある。僕に不相応なら売ってしまうのも手だろう。


「あ、あのっ、俺も……これ、貰っちゃいました」


 短剣を受け取る僕の背後から声をかけたのは戦犯君だ。若い男の手には、一本の矢が握られている。鏃は強烈に光を発し、目立つことこの上ない。


「あぁ、光ある矢トゥインクルアローだね。そこそこ有名なアイテムだよ。光るだけだけど。僕らはいらないから貰っちゃって良いよ」


「あ、え、えぇと、ありがとうございます」


 なんか僕、ビビられてない? 多分、歳でいうと僕と同じか、僕の方が下ってくらいだと思うんだけど。まぁ、敬語を使う気は無いけどね。


「にしても……このナイフ」


 僕の能力が、疼く。


「使うか? そもそも、使えるのか? ……いや」


 このナイフに対して、僕の力を使える気がしている。でも、それをすることで何が起きるのか全く分からない以上、やるべきではないだろう。


「少なくとも、これの鑑定が済んでからだね」


 いつかこの力を試す必要はあるはずだが、取り敢えずこのナイフの能力を調べてからでも遅くないだろう。


「取り敢えず、保留だね」


 ナイフの能力は地上で調べないと分からない。となれば、バックパックの中に居てもらおう。黒い素材保管用の箱の端のスペースにナイフを突っ込んでおく。


「やっぱり、話通り討伐報酬は貢献度に依存してるっぽいね」


 一応そこそこサポートをした僕は悪くない回復アイテムを。碌に活躍していないどころか邪魔だったと言っても良い戦犯君には光るだけの矢を。最も活躍した八磨には何か力がありそうなナイフを。


「さて、剥ぎ取りの時間だよ。あ、君。剥ぎ取りはできる?」


「あ、はい! 一通り習ってます!」


「じゃあ、僕らに迷惑をかけた詫びに……いや、いいや。帰っちゃっていいよ」


 お詫びに剥ぎ取りを手伝って貰おうと思ったが、そもそもこんな事故を起こす奴に任せるべきではない。流石に素材の所有権を主張したりはしないと思うが、素材をダメにするくらいは有り得そうだ。


「え、い、いや、俺も出来ることがあれば手伝いますよっ!」


「悪いけど、僕には剥ぎ取りに関わる秘密のスキルがあるんだ。悪いけど、部外者に見せる訳にはいかないんだよね」


「白羽さん……」


 嘘をついた僕をじーっと見る八磨。


「そ、そうなんですか……分かりました。じゃあ、離れて置くので終わったら呼んでください! 荷物持ちしますっ!」


 いや、しなくて良いんだけど。


「君は多分、最初から最後まで善意で言ってるんだろうけど……ごめん、邪魔なんだ」


「邪魔にはなりません! 火の魔法も使えますし、体力もあります! 最悪、囮にして捨ててもらって構いませんから!」


 囮になんかなられてもこっちの気分が悪くなるだけなんだけど。


「はぁ……正直に言うけど、僕たちダンジョンデート中なんだ。二人きりの方が良いんだ。分かるでしょ?」


「えっ!?」


「えッ! そ、そうなんですか……分かりました……えっと、本当に、貴方と八磨さんが……?」


 失礼だな。言外に僕じゃ八磨に不相応って言ってるだろお前。


「そうだよ。ね、八磨?」


「は、はいっ! 凄く恋人ですよっ!」


 顔を赤くして言う八磨。ちょっと初心すぎないかな。


「分かりました……じゃあ、帰ります。ご迷惑をおかけして本当にすみませんでした」


 とぼとぼと去っていく男の背に僕は声をかける。


「うん、今度は気を付けてね。僕じゃなかったら大変なことになってたかも知れないよ。巨額の請求とか。いやぁ、本当に僕たちで良かったね」


「白羽さん、性格悪いですよ」


 悪くないよ。


「さて、八磨。剥ぎ取りの時間だよ。先ずは何をするのか、覚えてるよね?」


「……え、えっと……白羽さん、ここは任せますっ! 私は周囲の警戒をっ!」


 僕は溜息を吐き、解体の手順を一から教え込むべく、逃げようとする八磨の腕を掴んだ。

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