階層主

 スライム達の湿原を超え、先に進んだ僕たちはとある魔物を見つけた。


「おっと、珍しいね」


「あ、もしかしてあれ……階層主とかいうやつですか!」


 僕は頷いた。人の多い一階層。とはいえ、この地下世界は広く、出入り口から離れてしまえば人の少ない空間に辿り着くこともある。そんな人の居ない空間に、階層主。流石におっかないね。


「にしても……変な見た目ですね」


「まぁ、階層主が居るってことは二階層が近いってことだよ。悪くない」


 僕らの視界の中心に映るのは一応人型の敵。灰色の短い体毛に包まれた体、鳩の頭を持ち、背からは立派な翼が生えている。普段は隠されているが、十本の手指からは50cm程度の鋭い鉤爪が伸びる。


「完全に見つかってるっぽいけど」


「見られてますねー」


 はっきり言って、まぁまぁ怖い見た目の鳩人間。しかし、恐れることはない。あれは自分から人を襲わない。巣に入ったり、ちらほらと空を飛んでいる九割鳩の鳥を射落とさなければ問題ない。


「じゃあ、早速やっちゃいますか?」


 八磨は刀を抜いた。鳩人間が目を細める。


「いや、君。僕の話もう忘れたの? ピジョンマンは自分から人を襲わないんだ。巣に無理やり入ったり、こいつの前で空を飛んでるあの鳥を撃ち落とさない限り平気だよ」


「ピジョンマンって、見た目通りの名前ですね」


 そりゃ、見た目通りの名前の方が分かりやすいだろう。ペットの名前を付ける訳じゃないんだ。


「えー、じゃあ、やめときます?」


「聞かれるまでもなくやらないよ。あいつは、見た目通り結構強いんだ。元が鳩なだけあって、筋肉量は凄いし、動体視力は凄まじい。飛べはしないけどよく見ると棘が生えている羽根でリーチの長い攻撃をしてきたり、逆に攻撃を防いだりしてくる。それと、空を飛んでる鳥達もあの鳩人間の言うことを聞くらしいから数的不利も作られる。絶対やめた方が良い」


 そこまで言うと、流石に八磨は怖気付いたようで刀を握る力を弱め、刀を鞘に納めようとした。



「────火球ファイヤーボールッッ!!!」



 背後から迫る熱気。それは僕らの頭上を飛び越え、鳩人間の厚い胸に向かっていく。鳩人間は寸前で回避したが、その目は細められた。


「大丈夫ですかッ!? 助太刀しますッ!」


 若い男の心配の声。鳴き声をあげる鳩人間。吐き気がした。


「そうだね……今、大丈夫じゃなくなったよ」


「そ、それはどういう……?」


 僕は吐き気を堪え、答える。鳩人間は既にその大きな翼をパタパタとはためかせ、両手から鋭い鉤爪を伸ばしている。戦闘態勢だ。


「しょうがない、八磨。こいつから逃げるのはどうせ無理だし……戦おう」


「ふふっ、待ってましたッ!」


 何故か嬉しそうに頷き、鞘に戻しかけていた刀を構える八磨。


「あ、あの……もしかして何か余計なことをしましたか?」


「もしかしなくても、そうだね。あれはこっちから手を出さない限りは何もしてこないタイプの魔物だ。君の火の玉でアレは起動したことになるね」


 青ざめる青年。歳は僕と同じくらいだろうか。髪も目も黒く、特徴と呼べるものはその手に握られた杖くらいだろうか。顔の出来は悪くないが、特別良い訳でもない。


「そ、そんな……すみませんっ、そんなつもりじゃなくてっ!」


「良いから、戦うよ。時間が経てば経つほど不利だ。鳥が増えるからね。あの鳥の解毒薬はもってるよね?」


 無言で俯く青年。クソが。


「これ、先に飲んどくだけでも多少はマシになるから。八磨も」


「一錠で良いですか?」


「五つ。イッキだよ。時間無いからね」


 僕は瓶から五つずつ錠剤を取り出して渡す。鳩人間はまだ襲ってこない。代わりに鳥が空に集まってきている。


「さぁ、時間が無い。急ぐよ」


 僕はそう言うと、リュックから赤い小さなボールと懐中電灯を取り出した。一先ず、赤いボールを鳩人間の方に投げつける。


「うわっ、なんですかこの匂いっ!」


「バラだね。ミントも良いらしいけど、僕が苦手だからバラの匂いにした」


 そう、このボールは芳香剤みたいなものだ。弾けて、匂いのする液体をぶちまける。鳩人間には効果は薄いが、これで飛んでる鳥はあまり近寄ってこない。正直僕的にも匂いが強すぎて気持ち悪いが、我慢だ。


「お、俺もやりますッ!」


 青年は杖を構え、魔力を流した。魔術の気配がする。


「『我が炎よッ! 燃え盛りッ、敵を穿てッ! 火槍ファイヤーランスッ!』」


 さっきよりも強力な火魔術だ。しかも、詠唱付き。隙は多いが威力は高い。当たりさえすれば傷を付けられるだろうが……やっぱりダメだね。


「クックル……グルル……」


 低く鳴く鳩人間。威力の高い火槍ファイヤーランスに驚いたようだ。そして、その発生源である青年を睨み、警戒している。


「じゃあ、白羽さん。なんかダメだったみたいですし、私もそろそろ行っていいですか?」


「良いよ。僕も支援する。ただ、絶対振り返らないでね。失明するから」


 僕はそう言うと、懐中電灯を構えた。凄まじい光量を放つ冒険者用の懐中電灯。これを集光モードにして、最大光力でぶちかましてやる。


「じゃあ、行きますッ!」


「うん。そうだ、君。こっち見ないようにね。危ないから」


 走り出す八磨、その間に僕は青年にも警告をしつつ、鳩人間に向けて歩き出す。


「あ、あの、懐中電灯なんかで勝てるんですか?」


 鳩人間が八磨を視界に捉える。二人の間隔は、約八メートル。ここだ。


「言っとくけど、並の光魔術より強いよ」


 僕はただ、鳩人間の顔に懐中電灯を向けて、スイッチをオンにした。


「クルルゥッ!?」


「神代流剣術、磊割靁剣らいかつらいけんッッ!!!」


 鳩の顔に伸びる閃光。同時に駆け抜ける閃光。ズガァッ、と雷鳴が響くような音と共に刀は振り抜かれた。


「ク、クル……クルッポゥ……」


 ズサリ、鳩人間はたった一撃で地面に倒れた。

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