ダンジョンへGO!

 ダンジョン内部は石畳の空間とかでは無く、普通に青空や草原が広がっているような、地球とは違う別世界……いや、裏世界だ。


「しかし……凄いね」


「白羽さん、語彙力失ってますよ」


 そう、ここはダンジョン。この場所こそが世界の裏側に広がる別世界だ。堂恵と別れた後、僕たちは合格の結果を受け取り、その翌日に十分な準備を持ってダンジョンに潜った。

 この西荻ダンジョンは先ず大きな大きな穴が入り口になっていて、そこを潜っていくとこの裏世界に辿り着く。不思議なことに、このダンジョンにはその入り口からしか入れないらしい。ダンジョンがある筈の場所に裏側から掘り進めても、この大穴の壁にぶつかるだけらしい。


「天気が良いね……この言葉を地下に潜ってから言うことになるとは思わなかったけど」


「ピクニックでも出来そうな感じですよね。背の低い緑一色の草原に、雲一つない青一色の空。なんか、逆に気持ち悪いです」


 まぁ確かに、二色だけで構成された世界なんて少し気持ち悪い。


「話に聞いてた通り一階層は本当に平和だね。完全に観光のノリで来てる人も沢山居るよ」


「……うわ、本当にピクニックしてる人居ますよ」


 人を沢山呑み込んで殺した大穴の中で呑気にピクニックが出来る精神が僕には良く分からないが、実際それが余裕で出来るくらいにはこの一階層は平和だ。

 だが、この西荻ダンジョンはかなり新しいダンジョンで、分かっていないことも多く、どんな異常が発生してもおかしくない。この平和は所詮、いつ崩れるかも分からない仮初めのものだ。


「それにしても人が多いね。明らかに業者っぽい人も居れば、観光目的の人も居るし、僕たちと同じ冒険者の人も多い」


「そうですね……なんか、気が抜けちゃいそうです」


「駄目だよ、八磨。僕らは今日、二階層まで潜るつもりで来てるんだ。それに、一階層でも完全に安全じゃない」


 人が多くて安心しそうになる気持ちは分かるが、良くないことだ。この一階層ですら、イレギュラーが起きれば直ぐに阿鼻叫喚に包まれることだろう。はっきり言って、小数点以下のリスクだからと態々危険なダンジョンでピクニックしている奴らは馬鹿だ。どうせSNSにでも載せるのだろうが、全くもって命との天秤にはかからない。


「さて、一階層の魔物は今のところ数種類しか発見されてないらしいけど。少し狩ってみようか」


「はいっ、ウォーミングアップって奴ですね!」


 とは言っても、出入り口付近には殆ど魔物は居ない。いるのはチラホラと空に見える鳥だけだ。九割くらい鳩なあの魔物は、爪に申し訳程度の毒がある。身体中を引っ掻かれると流石に危険だが、それでも解毒薬を持っていれば問題ない。そして、このダンジョンに潜る上であの鳩の毒に効果がある解毒薬を持ってきていない奴は流石に居ないだろう。居ないと思いたい。


「じゃあ、えっと……あっちだね。あっちに向かおうか」


 僕は地図を確認し、この平原に立てられた黒い石で作られた目印を頼りに魔物が生息しているという場所に向かうことにした。


 一切景色の変わらない世界を歩きながら、人工の目印に沿って歩くと……少し、空気に湿気が混じってきた。


「やっぱり湿度が上がってる。つまり、近いね」


「え、湿度計なんて持ってるんですか?」


「当たり前でしょ。温度湿度計は常備だよ。って言っても、この万能時計の機能だから個別で持ってきてる訳じゃないけどね」


「この時計、そんな機能あったんですね……」


 勿体無いなぁ。君、この時計使う権利無いよ。本当に、いくらしたと思ってるんだ。


「時計、ストップウォッチ、タイマー、温度湿度計、録音と再生、録画、メール、無線、他にも色々。なんでも御座れの最強アイテムなんだから」


「それ、スマホじゃ駄目なんですか?」


「腕時計は常に巻いておけるから、スマホみたいにポケットやカバンから取り出す手間が無いんだよ。それに、音声入力をオンにすれば手を使わずに操作できる」


「なるほど……?」


 なんだこいつ。しょうがない。こういうのは僕の役目だと割り切ろう。八磨には刀を振るって魔物を二等分にして貰えればそれでいい。


「……ほら、そろそろ着くよ」


 僕が見えてきた目的地を指差すと、八磨は目を輝かせた。


「あっ! あれ、もしかしてスライムってやつですかっ!?」


「まぁ、そうだね。そうだけど、これはソフトスライムって分類の奴だね。所謂、ゼリースライムとか、雑魚スライムとか言われてる奴だよ」


 スライムと言っても、大まかに二つに分けられる。一つがソフトスライム。僕らの視界の中に居る、ポヨポヨした見た目の奴だ。こいつは一言で言うと雑魚で、子供でも倒せると言われてる。耐久力はゼリー並みに弱く、殴っても斬っても一撃だ。攻撃力も貧弱で、一応酸という攻撃手段はあるが数時間かけなければ赤子の指も溶かせない。


「うわぁ、ぷよぷよしてて可愛いですね……枕にしたいです」


「ウォーターベッドじゃないんだから。それに、流石に一晩を共にしてたら頭くらい溶かされるよ」


 そして、もう一つがハードスライム。こいつは一言で言うと化け物だ。斬っても一瞬で両断しなければ再生が間に合って無傷で終わり、打撃はほぼ効果を為さない。銃弾なんて撃ち込んだところで無意味だ。貫通するかすら怪しい。攻撃力も高く、予想外の機動力で跳ね回り、金属すら余裕で溶かす強力な酸の体で絡み付いて来る。

 また、どちらのスライムにも共通して言えることだが、彼らには属性と言うものがあるので特定の弱点が無い。


「じゃあ、早速……やっちゃいますか?」


「良いよ。行こっか」


 さて、平原からフィールドを変えて湿原だ。出現モンスターはソフトスライム。特徴は脆くて無力。得られる戦利品は特殊な酸性の液体、通称弱スライム液。それと、上手くやれば彼らの体と全く同じ色の核を得られる。こっちは少し価値があるが、体と同化していて見えない上に普通に脆いこともあって獲得は困難だ。


「よし……八磨、行きますっ!」


 これで漸く、冒険の始まりだ。

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