堂恵からのアドバイス

 堂恵は真剣な目で僕らを見て、言葉を続ける。


「今、新峻が言った通り……ダンジョンを舐めるな。確かにダンジョンには魑魅魍魎が跳梁跋扈しているような人外魔境の地な割に、ダンジョン内での死者数自体は問題になる程多くはない」


 そうだね。ダンジョンは人が到底敵わないような化け物ばっかりの場所だけど、彼らの生息域は基本的には決まっているから、自分に合ったレベルの階層に留まっておけば基本的に死ぬことはないはずだ。


「だが、そこまで多くないと言うだけで、確かに死者は一定数存在している。そしてお前らがその一部にならない保証などどこにもない」


 それは本当にそうだね。幾ら魔物の生息域が決まっているとは言えど、例外はあるし、調子に乗って死ぬこともあるだろう。話によると、極稀に特殊な魔物が本来生息していない筈の階層で発生することがあるらしい。それに、ダンジョン内での殺人も日本では少ないが、世界的に見れば珍しくない。


「更に、死者数はそこまで多くないが……治療不可の怪我を負った人間は腐るほど居る。一応、四肢欠損レベルの負傷を治す技術や力が存在していない訳ではないが、高位の治療を受けるには法外な金額を要求される。つまり、相当な金持ちでも無い限りそういう治療は受けられない」


 うん。これも僕が危惧していることの一つだ。例え死なずとも、両腕を欠損したり、視力を失ったりする可能性は十二分にある。


「……さて、それを踏まえた上でお前達に一つずつアドバイスを送る。心して聞けよ?」


 堂恵の言葉に、襟を正す音が聞こえる。


「先ず、コウ。お前はダンジョン以外でもそうだが色々と軽すぎる。その軽さは様々な行動に躊躇を無くす。それはメリットでもあるだろうが、ダンジョンに潜る上では危険だ。社会で生きていく上での失敗のリスクは金や名誉になるが、ダンジョンでの失敗のリスクは命だ。ダンジョンに潜る上では必ず考えろ。一手打つ度にそれが正しいのか考えろ。良いな?」


「……分かったよ、師匠」


 コウは以外にも真面目に話を聞き、最後は説教じみていたせいか少し不貞腐れていたが、頷いた。


「次に、リノ。一目見て分かったがお前はセンスがある。今までもその才能で沢山の相手を下してきたんだろうな。そして、お前は恐らくダンジョンを舐めている。どころか、舐め腐っているはずだ。俺の講習に来たのも、初めは試す為だっただろう? お前はそれを、きっとダンジョンでもやる。知るべきだ。あの昏い地の底に置いて俺たちは試す側じゃない。試される側だ。常に自分が挑戦者であることを自覚して、相手の弱点を探ることを忘れるな。やりそうだから先に言っておくが、考え無しに拳を振るったり相手の攻撃をわざと受けてみたりとかするなよ。絶対だ」


「……流石にわざと攻撃を受けたりはしない。けど、分かった」


 一度敗北した相手だからか、リノは素直に頷いた。


「そして、八磨。お前はコウとリノの両方の性質を持っている。軽くて、才能がある。勿論、コウほど軽い訳でも無いし、リノほど驕っても居ないだろう。寧ろ、謙虚さはある。だが、その軽さと才能がお前の判断を間違えさせることがあるのは確かだろう。さっきと同じことを言うが、軽挙は慎め。そして、予測不能の自体があればパニックになるようなタイプに見える。そんな時こそなんとなくで行動はするな。お前はちゃんとした呼吸を知っているんだろう。深呼吸で落ち着いて、冷静に考えろ。焦ったままで動くな。良いな? ……まぁ、お前の場合は隣に居る新峻に頼るのが良いだろう。きっと、その方が上手くいく」


「……なるほど」


 一度に多くのことを言う堂恵だが、全てのことが八磨の頭に入ったようには見えない。寧ろ、この話を聞いた僕がしっかりと八磨を操縦すべきだろう。そういう意味では、良いアドバイスだった。


「最後に、新峻。お前はさっきも言ったが、さして問題は無い。強いて言うなら、少し慎重すぎるかも知れないな。土壇場のお前をあまり想像出来ないが、どうしようもない状況に陥った時、悩んだまま死なない様に気を付けろ。三人にはああ言ったが、何も思い浮かばなければ取り敢えず行動を起こした方が良い。土壇場の状況ならな」


「うん。分かったよ」


 良いアドバイスだ。確かに僕は、考えて考えて、結局なにも思いつかずに考えながら死にそうだ。そうならないように気を付けよう。


「良しッ! 説教兼アドバイスは終わり、ここからが本番だ! 俺がダンジョンのことと戦い方について教えてやる。望むなら、そこの西萩ダンジョンの詳しい情報も教えてやる」


「望みます」


 即答すると、堂恵は満足気に頷いた。


「これだ。こういうところがお前達には足りていないんだ。じゃあ、望む奴は終わってから残ってくれ」


 僕は満足げに頷き、嫌そうな顔をしている八磨に視線を向けた。


「じゃ、八磨も残ろうね」


「……嫌って言ったら堂恵さんに怒られるので言えませんけど、嫌です」


 言ってるじゃん。


「聞こえてるぞ」


 聞こえてるじゃん。

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