ヒロインの実力

 道場の真ん中で向かい合っているのは堂恵と八磨だ。


「準備は良いですか?」


 コウが呼びかけると、二人は木刀を持ったまま頷く。


「じゃあ、行きます……三ッ、二ッ、一ッ、始めッ!」


 瞬間、飛び出した八磨は堂恵に木刀を振り下ろす。


「はッ!」


 振り下ろされる木刀を堂恵は右に体をズラして避けるが、八磨は振り下ろす勢いのまま堂恵の後ろまで歩き、体を回転させる勢いを利用しながら燕返しのように振り下ろした木刀を振り上げた。


「む」


「ッ!」


 瞬息の二連撃。しかし、堂恵は振り向きながら振り上げられる木刀を木刀で受け、弾き落とした。


「はァッ!」


「ぬぅ!?」


 しかし、木刀を落とされた八磨は一瞬の硬直も無く堂恵の腹部を蹴り飛ばした。僅かに仰け反った堂恵。その隙に八磨は木刀を拾い上げ、飛び退いた。


「仕切り、直しです……!」


「面白い」


 堂恵が笑う。八磨の額から汗が垂れる。






 それから、十分以上彼らは斬り合っていた。堂恵も本気では無いようだが、その力の一端を見せていることは疑うべくも無いだろう。


「は、はァッ、ハァアアアアアアッ!!」


「ふんぬッ!!」


 疲労が滲む体。それでも繰り出される八磨の連撃。しかし、一瞬の間に振られた四度の刀を堂恵は全て受け切った。

 攻撃の後の一息、その隙を突こうと木刀を振り上げた堂恵。



「────手首雷斬しゅしゅらいざんッ!」



 だが、それを見越していたように八磨は木刀を振り上げた。今までで一番速い様に見えたその斬撃は、堂恵の手首を打った。


「ッ!」


 まるで麻痺したかの様に堂恵の体が硬直し、木刀が手から滑り落ちる。


「はぁあああああああッッ!!!」


 最後の斬撃。トドメだ、と言わんばかりに声を上げて木刀を振り下ろす八磨。僕なら最低でも骨折はするであろう力と速度の乗った攻撃。


「ぬぃッ」


「なッ!?」


 しかし、全力を振り絞った最後の一撃は届かなかった。ギリギリで硬直が解けた堂恵は落とした木刀を拾わず、手刀で八磨の首を打った。


「……ぐっ……ぅ……」


 八磨は木刀を落として膝を突き、打たれた首を押さえる。呼吸は不安定で、息が詰まっているように見える。そしてその首に、堂恵の木刀が添えられた。


「剣の勝負で剣以外で決着を付けるとは卑怯ですまないが、弟子の目もある中で負ける訳にもいかない。許してくれ」


「……ぅ、はぁ……良いですよ……それより、強く打ちすぎです」


 呼吸が苦しそうな八磨だったが、落ち着いて息をすると、直ぐに治ったようだった。


「なぁ、師匠。もう完全に弟子って認めてんじゃん。それに、審判いるのに勝手に勝敗の判断するのはどうかと思うんだけど」


「ん? あぁ、そういえば審判など居たな。つい熱くなって忘れていた。許せ」


「……師匠さぁ」


 溜息を吐くコウだが、堂恵はそれに取り合う気はないらしい。


「それより、八磨。あの手首を打った技はなんだ? 神経に響いたぞ」


「……それ、私も気になる」


 と、尋ねる堂恵にリノも乗ってきた。


手首雷斬しゅしゅらいざんですか? あれは手首を打って神経を乱れさせる技ですよ。本当は鎧とか装備を着てる相手用の技なんですけど、木刀だったので頑張って応用してみました。多分、鎧通しの技術があるなら素手でも使えますよ? 多分、頑張ればですけど」


「本当? 教えて欲しい」


「えっと、まぁ……はい、また今度、機会があれば……私、教えるの上手じゃないですけど、それで良ければ……」


「感謝する」


 露骨に嫌そうだね。でも、リノにはイマイチ拒絶の感情が伝わってなさそうだね。残念。


「じゃあ、雷斬ってのは雷が落ちたみたいに痺れるって意味?」


「え? 変なことが気になるんですね。えっと……どっちかといえば、枝分かれしてる神経を伝って雷みたいに麻痺が広がっていくみたいな感じだった気がしますけど、どうでもいいです。どうでもいいですよ、白羽さん」


 何回も言わなくて良いよ。うるさいなぁ。


「さて、少し疲れたが腕試しの時間は終わりだ。講習を始めるぞ」


 お、やっとか。待ってたよ。


「先ず、お前ら……」


 堂恵は僕らを見回し、口を開いた。



「────このままダンジョンに潜れば、死ぬかもな」



 場に緊張が走る。にしても、随分な言葉だね。


「あぁ、新峻。お前は除外だ。お前は多分、大丈夫だろう。ダンジョンに潜る上での心構えも出来ているし、頭も良さそうに見える」


「ん、僕? 多分、この中だと一番弱い自信があるけど」


 僕の言葉に、堂恵は首を振る。


「俺が言っているのは単純な強さの話じゃない」


 そこまで聞いて、僕はやっと堂恵の言いたいことを察した。


「舐めるな、って話かな?」


「む……平たく言えば、そうだ」


 堂恵は口を結んで僕を見た後、頷いた。

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