主人公の実力
僕はあんまり、戦うのは得意じゃないんだけどなぁ。
「じゃあ、僕から行くよ」
「お、そうか。来い来い」
日頃から剣術に触れているらしい八磨の後に戦うのは御免だからね、さっさと退場させてもらうとしよう。
「得物は?」
「木刀で」
武器なんてどれも碌に使えないが、何も無いよりはきっとマシだろう。それに、剣やナイフなら触れた経験くらいはある。
「おい、コウ! 木刀を持ってきてくれ!」
「へへっ、言われると思ってもう持ってきてるよ」
と、堂恵が頼むと同時に木刀を持ったコウが現れた。
「ほい、これでいーい?」
「うん、良いよ」
コウから木刀を受け取り、指定の位置に立って構える。
「中段か」
「生憎、これしか知らないんだよね」
というのも、アニメや漫画でよく見るのがこの構えだからだ。上段下段とかは、どうやって剣を構えれば良いか分からない。
「今、お前の剣先はどこにある?」
「えっと……どこって?」
堂恵の問いに、僕は首を傾げた。
「お前の剣先が、お前から見て俺のどの部分と重なっている?」
「顎、かな?」
そう答えると、堂恵の視線は少し厳しくなった。
「少し下げろ。喉に剣先を合わせるんだ。それが、正眼の構えだ。正しい眼と書いて正眼だ」
「こう……かな?」
堂恵は頷くと、コウから木刀を受け取り、僕と同じように構えた。
「剣先を目と目の間に合わせると、天気の晴れに眼と書いて晴眼の構えだ。相手の左目に合わせると、青い眼と書いて青眼。相手の顔の中心に合わせると、星の眼と書いて星眼。一番低い中段の構えだと、相手の臍に合わせて臍眼だ」
「へぇ、全部読み方は同じなんだね」
堂恵は少し口角を上げて頷いた。
「あぁ、面白いだろう? だが、基本的に正しい眼と書く正眼の構えを推奨する。それに、セイガンノカマエと言えば、大体がそれだ」
正眼の構え、喉に合わせるやつね。
「理由は色々あるが、一番大きな点は最も扱いやすくバランスが良い構えだからだ。隙が無いとも言える。剣先が高ければ小手や胴が空き、低ければ面が空く。だから、この位置が最も守りやすい」
なるほど。
「さて、戦う前に最低限のことは教えた。握りについても色々と言いたいことはあるが、後で良いだろう」
「うん。準備はおっけーだよ」
審判の位置には……コウが居るね
「コウ。お前が審判は……いや、まぁ良いか。これは勝ち負けを確かめるものではなく、ただ実力を見るためのものだからな」
と、言いながら僕に視線を向けてきたので頷いておく。どうせ、勝ちの目はないので審判が誰であろうが問題は無い。
「じゃ、師匠からの許可も出たんで行きますよー! 三ッ、二ッ、一ッ、始めッ!」
始まった。が、堂恵は構えたまま攻めてこない。
「これは指導も兼ねているから、そちらから攻めてくれるとありがたい」
「そういうことなら……分かったよ」
少しずつ、少しずつ、堂恵に近付き……木刀を振り上げる。
「隙だらけだ」
振り上げた瞬間、堂恵の木刀がしなり、横向きになって僕の腹部を打ち付けようとする。
「むッ」
しかし、僕はそれを読んでいた。横向きに振るわれる木刀を少し後ろに避ける。初心者を相手にしているからには、次の次を読むようなことはしないだろう。だから、分かりやすく剣を振り上げれば絶対に横薙ぎで打ってくると思った。
「はぁッ!」
そして、振り上げていた木刀を隙だらけになった堂恵に振り下ろす。手加減はしない。全力だ。何故なら、僕が全力で彼を攻撃したところで、彼は死ぬどころか大怪我すら負わないと予想されるからだ。
「うむ。やるな」
「え」
しかし、全力で振り下ろした僕の木刀は、明らかに人体に許されていない異常な動きで回避された。
「速……速すぎない?」
「あぁ、冒険者だからな」
やっぱり、冒険者は身体能力がおかしい。勝てる訳が無いんだ。
「しかし、さっきのは良かったぞ。普通なら食らっていただろうな」
「まぁ、僕が初心者じゃ無かったらああはならなかっただろうけどね」
相手が僕じゃなければ、油断なんてされない。
「見たかったものは見れた。次は守りだ」
そう言って、堂恵は木刀を正眼に構えた。恐らく、正眼だ。
「行くぞ」
心を落ち着ける暇もなく、堂恵はこちらに迫ってくる。
「ハッ!」
結構な速度の木刀が、僕の肩辺りに落ちてくる……が、動きが単純だったのでギリギリ避けられた。
「危なッ!?」
いや、え? 危な。危ないんだけど。普通に怪我するんだけど?
「あぁ。当たれば痛いぞ。だが、きっと避けられる筈だ」
「ハァッ!!」
こいつ聞いてねぇ!
「フッ! ハッ! セイッ! ハイッ!」
「あッ! あぶッ! あぶッ、ないッ!」
避ける、避ける、避ける。避けきれないので木刀で受ける。が、受け切れずに木刀を手放してしまう。
「武器が落ちたぞッ! どうする? 降参するかッ!?」
「降参も何もッ、元から勝ち目とか無いよねッ!」
だが、木刀を失ったことで動きやすくはなった。さっきまでよりも、回避に専念できる。
「まッ、てッ、やッ、ばいッ! ちょッ、一回ッ、ストップッ! なんかッ、速くなってないッ!?」
「む? ……あぁ、確かにそうだな。これくらいにしておくか」
当たったら骨折れるくらいのスピードになってたんだけど。普通に、滅茶苦茶怖かったんだけど。
「余りにも避けるのが上手かったので……つい、な」
つい、な。じゃないんだけど。
「しかし、どこかで習ったのか? 明らかに才能だけでは無い技術に見えたが」
「いや、習ったわけじゃ無いけど……ちょっと、色々ね」
僕は思わず言葉を濁した。だって、しょうがないだろう。これは、僕のトラウマに触れる話になるんだ。
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