食後の運動

 軽食を取った後、僕らは冒険者組合のビルに入り、堂恵に導かれるままにエレベーターで四階まで上った。そこはトレーニング器具などが並ぶスポーツ施設のようになっており、沢山の人が汗をかいていた。


「見ての通り、ここはトレーニング用の施設だ。冒険者のランクによっては様々なサービスを受けられる。特製のプロテインを貰えたりな。……まぁ、暇な時は大体ここに俺は居るからな。いつでも声をかけて良いぞ」


「分かりました」


 すると、堂恵はこの施設を素通りし、奥の方へと歩いていく。


「ここだ。靴を脱いで入ってくれ」


 横開きのドアが開いた先には、正に道場といった感じの場所があった。畳が敷かれた開けた空間には、たった二人だけ堂恵を待ち構えている者が居た。

 赤茶色の髪の男と、青髪の女だ。どちらも若く、僕らと同じくらいの歳に見える。


「おぉ、なんか懐かしいです」


 しみじみと言う八磨。剣術を習ってたみたいなこと言ってたし、そういうことだろう。


「むぅ、二人しか来ていないか」


 残念そうに呟く堂恵。だが、まともな宣伝はされていなかったのである意味当然とも言える結果だろう。


「遅かったじゃん、師匠!」


 そう親しげに叫んだのは、二人いるうちの男の方だ。いかにも活発といった様子で、僕たちが居るにも関わらず御構い無しに堂恵に絡みに行っている。


「……しかも、そのうちの一人はお前か。何回も言っているが、俺を師匠などと呼ぶな。俺は弟子を取れるほどの腕を持っていない。精々、初心者に基本を教えてやれるくらいだぞ」


「えー? 良いじゃん。だって、師匠って言葉……なんか、かっこよくね?」


 なるほどね。こっちの赤茶色の男の子はアホの子だ。堂恵も呆れたような顔をしている。


「……まぁ良い。して、そこの君も受講希望か?」


 堂恵が青髪の少女に聞くと、少女はコクリと頷いた。……なんか、僕と同じくらいの子を少女って呼ぶの気持ち悪いな。


「でも、先に私と戦って欲しい」


「ん? 俺と戦いたいのか?」


 少女はまたもやコクリと頷いた。


「貴方の講習を受ける価値があるのか、先に確かめたい。私が負けたら、受ける。勝ったら、帰る」


 凄いね。癖が強い子が来たなぁ。なんか、冒険者ってこんなのばっかだね。まぁ、態々自分の命を賭ける仕事を選んでるんだから、多少はネジが外れててもおかしくないけど。


「ふむ……それは構わんが、先に俺の弟子と戦え。勝てれば俺が戦ってやろう」


 そう言って、堂恵は視線を赤茶色に向けた。


「戦うのは別に良いってか歓迎だけどさ、師匠も俺のこと弟子って認めてるじゃん」


「うるさいぞ。……さて、君もそれで良いかな?」


「……別に」


 少し面倒くさそうにしながらも、少女は堂恵の提案を了承した。


「君たち、すまんな。ちょっとだけ待ってくれるか?」


 と、そこでようやく僕たちに視線が向いた。


「うん、大丈夫だよ。どうせ無料だし、見学させてもらうよ」


「私も良いですよ。試合を見るのは結構好きなので!」


 これで、この場の全員の了承が取れたことになる。


「じゃあ、早速だが……君たちはこっちの壁の方に寄っておいてくれ。君はそこに立ってくれ。そう、そこだ。あぁ、お前はそこだ」


 壁際に僕たち、向かい合うように立った赤茶色と青色。二人の中心から少し後ろに下がったところに堂恵。それぞれの立ち位置は整った。


「審判は俺がさせてもらう。降参か気絶、若しくはそこの枠を超えたら場外で敗北だ。それと、能力の使用は無しだ」


「え、マジ?」


 枠、というのは畳を仕切っている線のことだろう。


「当たり前だろう。怪我で済まなくなればどうする。……と、武器は何を使う?」


 堂恵が引き締めていた雰囲気を少し緩めて聞いた。


「要らない」


「ほう、君も無手か。ならばこのままで良いか」


 どうやら、赤茶色の子も武器は拳らしい。


「両者とも、準備は良いな?」


「はいッ!」


 コクリと少女は頷く。


「では、行くぞ……始めッ」


 瞬間、青髪の子が地を蹴り、赤茶色の子へと一気に距離を詰めた。


乱掌底ランショウテイ


「っぶねッ!?」


 青髪の拳が、赤茶色の子の腹部に僅かに触れたが、何とかダメージは避けられたようだ。


「お返しッ!!」


 今度は、攻撃を躱されて僅かに隙を見せた青髪に、赤茶髪が回し蹴りを返す。


掻爪ソウソウ


「いがァッ!?」


 青髪の手が振り回されていた赤茶髪の足を掴むと、爪をめり込まれたのか赤茶髪が悲鳴をあげた。


「乱掌底……隙だらけ」


 痛みに呻き、力を抜いてしまった赤茶髪。しかし、その隙を見逃さない青髪の手のひらが腹部へと突き刺さった。


「うッ、うがッ……ぅ」


 膝を突き、声も出ない様子の赤茶髪。


「どうするの?」


 青髪が、赤茶髪の頭と右腕を掴み、尋ねた。


「……へへっ、そんなの決まってんだろ」


 赤茶髪の体が僅かに動き、その目が青髪の女を鋭く睨みつける。青髪が目を細めながら掴む力を強める。



「────降参」



 赤茶髪は、最初の軽薄な態度を忘れさせるような凛々しい表情で、そう言った。

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