チュートリアルは受けるタイプですか?

 あれから数時間、筆記試験と最低限の身体能力を試すテストが終了し、僕と八磨はロビーに戻った。


「あ〜、疲れましたねー!」


 柔らかいソファに座り、人の目も気にせず極楽そうな声を出す八磨。


「……受かってるか心配です」


 急に深刻そうな顔になって呟く八磨。でも、冒険者免許の試験は割と高頻度であるから落ちてても特に問題ないと思うけどね。


「でも受かってたらどうします? 早速ダンジョン行きます? ふふふ、楽しみですねっ!」


 なんなんだこの百面相は。感情の制御が壊れているのだろうか。


「ていうか白羽さんっ! さっきから無言ですけどなんか喋ったらどうですか?」


「うん。もしかして、結果が返ってくるまでここで待つつもり?」


 僕の問いに、白羽は首を傾げながら頷いた。


「はい……そうですけど?」


 なるほど、正気か?


「一応言っとくけど、結果が返ってくるまでに最低でも三時間はかかるからね?」


「……えぇ」


 なんだその反応。別にそんなおかしいことでも無いでしょ。寧ろ、その日のうちに分かるだけありがたいよ。


「じゃあ、ご飯でも食べに行きますか?」


「うーん、そうだね。それもありだね」


 確かに、時刻は昼過ぎ。お腹も減ってきた頃合いだ。


「おう、お前ら。もしかしてさっき試験を受けてきたのか?」


 と、席を立とうとした瞬間、強面の男が声を掛けてきた。その男は強面というだけでなく、体格も素晴らしい。筋骨隆々という程ではないが、しっかりと鍛え上げられていることが分かる。


「はい、そうですよ?」


「おぉ、やっぱりかッ! だったら、俺の講習に参加していくか? 無料だから安心していいぞ」


 八磨の答えを聞くと、嬉しそうに喋り始める強面の男。


「講習っていうと?」


 露骨に嫌そうな顔をして黙り込んだ八磨に代わり、僕は聞いた。


「戦闘面での指南は勿論、基本的な体の動かし方に加え、すぐそこにある西萩ダンジョンの低層についての話もあるぞ」


 要するに、ダンジョンに潜る前のチュートリアルってことかな。


「……へぇ、いいね」


「白羽さんッ!?」


 悲鳴をあげる八磨。予想通り講習は受けたくなかったらしい。


「だって、無料でこれだけ色んなことを教えてくれるんだよ? タダで生存率を上げられるなんて、最高じゃん」


 というか、受けない選択肢なんて寧ろあるの? 未知の領域に備えもせずに突っ込むなんて、自分の実力をよっぽど自信を持ってるんだろうね。


「あ、あのっ、受験者は強制とかじゃないですよね?」


「おう、当たり前だ。ほとんどの奴は受けずに潜っていくぞ。嘆かわしいことだな」


 そうだね。嘆かわしいことだよ。


「という訳で、僕たちは受けるよ。八磨さん」


 そう宣言すると、八磨は嫌そうな顔をした。


「……白羽さんって、チュートリアルやる派なんですね」


「いいや、やらない派だよ。でも、現実では受ける派だね」


 ゲームだと安全に未知やスリルが楽しめる。だけど、僕はそれを現実に求めていない。と、一つ確認しなきゃいけないことがあったね。


「一個だけ聞きたいんですけど、その講習って何時からですか?」


「ん? あと三十分もすれば始まるな」


 三十分後か。


「……どうする? 八磨さん」


「やめときましょうっ!!」


 あ、違う違う。そっちのどうするじゃなくてね。


「いや、三十分でなんか軽食を取ってから講習を受けるか、講習を受けてから食べに行くかっていう二択ね」


「うえぇ……受けること確定じゃないですか」


 そうだよ?


「じゃあ、軽食食べてからにしましょう。講習が終わって、試験結果を聞いたら直ぐにダンジョンに潜りたいのでっ!」


「いや、直ぐは無理かな。僕は色々用意したものを取りに帰らないといけないし」


 装備、アイテム、地図。備えるべきものは無限にある。


「えぇ……まぁでも、軽食は取りましょう。お腹ぺこぺこなので」


「そうだね。僕もそれには同意だよ」


 よし、話は纏まったね。


「じゃあ、えっと……」


 そういえば、名前を聞いていなかった。


戊流ぼる 堂恵どうけいだ。好きに呼んでくれ」


「堂恵さん。受ける方向でお願いします。なんか書面とか必要ですか?」


「いいや、要らん。三十分後にまたロビーに来てくれれば良い。そこからは俺が案内する」


「分かりました。それじゃあ、また後でよろしくお願いします」


 よし、これは良イベントを拾えたね。ていうか、敬語はやっぱり慣れないね。色々と有耶無耶になってるこの世界だし、誰にでもタメ語にしちゃおうかな……やめとこ。

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