お決まり?
到底受ける価値があるとは思えない勝負に、僕は思わず眉を顰めた。
「その勝負、本当に僕が受けると思ってる?」
「何を言っている? お前が受けないと言えばこのままお前を叩き伏せるだけだ」
オーケー、こいつ頭おかしい。
「……君、本当に筆記試験受かったの?」
「何を言ってるんだ? 当たり前だろう。俺は七等級だ」
七等級、それは冒険者の実力を表す階級の中で下から五番目を意味する。つまり、最初の等級から四回のランクアップを果たしているということだ。
これは、彼が口だけの弱者ではないことを示している。当然だが、僕では歯が立たなそうだ。
「じゃあ、尚更だよ。まぁでも、僕は優しいからね。一緒に復習してあげよう」
「お前、俺を舐めてるのか? 下らないな。もういい、直ぐに黙らせてや────」
「────第12項、冒険者同士の戦闘行為を禁じる」
振り上げた男の拳が、止まった。
「ギルドの監視下に無い冒険者同士での私闘、及び一方的な暴力行為は禁止されている。それを破った場合、組合から永久に追放される。だったかな?」
拳が空中で留まったまま、男の口がわなわなと震える。
「分かったかな? じゃあ、バイバイ」
僕は八磨の手首を掴むと、固まったままプルプルと震える奇妙なオブジェと化した男の横を通り抜けた。
「ぉ、ぉい、ま、待て……お、お前ッ、どうなっても知らないからなッ! まだ間に合うぞッ、そこの女を寄越せッ!」
遠吠えが聞こえる。心地よい音色に僕は口角を上げた。
「ん? どうにも出来ないからそこで震えてるだけなんでしょ?」
「なッ……お、お前ッ! 絶対ッ、ぶっ殺すッ!! ぶっ殺されろッ!! クソッ、なんで動けないッ! クソッ!!」
口ではそう言いながらも、足は一歩も動かない七等級冒険者を見て、僕の我慢は遂に限界を迎えた。
「あははっ! いやぁ、冒険者ってのも意外と悪くないかもね?」
「……白羽さん、性格悪いです。ちょっとでも格好良いと思った私の感情を返して下さい」
ジトッとした目で僕を見る八磨を無視し、僕は窓口に辿り着いた。
「どうも。冒険者免許を取りに来ました」
窓口に座る整った顔立ちの受付嬢に、僕は話しかけた。が、受付嬢は八磨と同じように目を細めて僕を見ている。
「……はい。お名前と身分を証明できる物をお願いします」
僕は鞄から身分証明書を取り出し、受付嬢に渡した。八磨も同じように手渡した。
「白羽 新峻です」
「神代 八磨です」
「はい、ありがとうございます。…………はい。確認が取れました。こちらの受験票を無くさないようにお願いします。それと、お時間になりましたらお呼びいたしますので暫くの間はそちらでお座りください。……と言っても、もうすぐ始まると思いますが」
お時間、というのは試験のお時間のことだろう。僕はちょっと硬めの紙を受け取りながら考える。
「……それと、念の為に言っておきますが、貴方が言った通り冒険者同士の私闘は禁止事項ですので煽るような行為は出来るだけお控えなさることをお勧めします」
「あはは、そうですね。すみません、僕もついカッとなっちゃったんです」
僕が言うと、受付嬢は目を細めた。
「怒っているようには見えませんでしたが……まぁ良いです。すみませんが、次のお客様の邪魔になりますので」
「あ、すみません」
僕と八磨は受付嬢の前からスッとどいた。
「まぁ、じゃあ……待機ってことで」
「はいっ、ダンジョンの話でもして待っときますか!」
ダンジョンの話を嬉々としてしたがるって、女子力が欠如してるなぁ。
「それより、復習したらどうかな? 今から試験だよ?」
「あ、それもそうですね! でも、さっきの男の人……なんか変でしたよね」
君、復習をするんじゃなかったのかな。
「何が? 変かって聞かれれば、一から十まで全部変だったと思うけど」
「いや、そうじゃ無くて……顔色とか目の色とか、色々おかしかったですし、何より変だったのは、喧嘩が始まっちゃいそうになった時です」
戦闘が起こりかけた時……なんかあったっけ?
「あの人、腕を振り上げてそのまま固まってたじゃないですか」
「うん、そうだね」
一種のオブジェみたいになってたやつだね。
「白羽さんが脅したから殴るのをやめたみたいに見えた……っていうか、最初は実際そうだと思うんですけど。その後、多分白羽さんを殴ろうとしてましたよ」
「え?」
なにそれ。どういう意味?
「多分、殴ろうと力を込めてたんですけど、どうやっても体が動かないっていうか……なんか、体を動かそうとして筋肉が強張ってるのは分かるんですけど、そこから何も起きない、みたいな」
「ごめん、もうちょっと分かりやすくお願い」
ちょっと分かり難かったので頼み直す。
「つまり、白羽さんを殴ろうとしているのに、体は一切動いてなかったってことです。しかも、まるで何かに拘束されてるみたいに」
「……まぁ、大体分かったよ。だけど、何でそんなことが分かるの?」
筋肉の動きとか、殴ろうとしてるのに動けてないとか。僕には怒りのあまり震えてるようにしか見えなかったんだけど。
「私は家庭の事情もあって鍛えてるんです。だから、動きがあんなに不自然だと嫌でも気付きます」
「……なるほどね」
全く、嫌な予感がするね。僕の周りで起きる奇妙なことっていうのは、大抵僕にとっての不幸を齎すんだ。僕が人生最大の不幸を被ったあの日もそうだった。
「何も無いといいけど」
僕は資料を取り出し、重要部分は完璧に暗記を済ませている内容をもう一度読み始めた。
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