お決まり

 あれから数週間、漸く事態が落ち着いたのか、街は前と変わらないとまではいかずとも、ある程度の活気を取り戻した。しかし、破壊された一軒家の扉、路地裏にこびりついた血の跡など、あの事件が残した傷跡は未だに残っている。


「あ、来ましたねっ! もう、遅いですよ白羽さんっ!」


「遅くないよ、八磨さん。僕は時間丁度に来たんだから」


 集合時間の一分前くらいに僕はこの西荻ダンジョン前に着いた。


「私は二十分も前に着いたんですよっ! 女の子をこれだけ待たせて悪いとは思わないんですかっ!」


「いや、二十分も早く来る方が悪いと思うけど」


 ぷんすこと頬を膨らませる八磨に、僕は真顔で答えた。


「……全く、今回は許してあげましょう」


 言いながらも何故かにやけている八磨。今日はなんだかテンションが高いように見える。大方、初探索を目前にしているからだろう。


「じゃあ、早速登録しに行きますか。冒険者登録」


「うん、行こうか。ちゃんと必要書類の提出とか済ませてる? ていうか、勉強はしてきたの?」


 そう、冒険者登録には冒険者免許が必要だ。それを得るための試験を受けにきたというのも今日の目的の一つだ。


「当たり前ですよ。全く、私がそんな大事なことを忘れると思いますか?」


 ……思うかも。


「にしても、ダンジョンと冒険者組合ってこんなに近いところにあるんだね」


「そうですね。素材の買取とかもしてるらしいですから、近い方が都合が良いんだと思います」


 ふーん、と僕は相槌を打ちながら冒険者組合の方に歩いていく。かなり大きめのビルで、沢山の人が出入りしている。


「じゃあ、入るよ」


「は、はいっ」


 建物の内側から溢れる雰囲気と喧騒に少し呑まれかけるが、思い切って一歩踏み出すと、自動ドアがあっさりと開く。


「……凄いね」


 瞬間、まるで別世界に入り込んだような感覚が僕を襲った。理由は直ぐに分かった。生物としての格が違う人間が沢山居るからだ。所々、明らかに普通じゃないオーラを放っている人も居る。


「うわぁ、凄いですね……広くて、人が多いです」


 後から入ってきた八磨が呟く。それと同時に組合内の人間達がチラチラとこっちを向き始める。その視線は明らかに僕では無く、八磨に突き刺さっていた。

 理由は単純で、顔が良いからだろう。つまり、可愛いからだ。そんな女の子がこの男ばかりの世界に入ってきたとなれば、自らの腕に自信がある男達は希望を持たずにはいられないだろう。


「窓口が幾つかあるけど……多分、あそこだね。冒険者登録」


 色々見物したそうにしている八磨だが、僕はさっさと窓口に歩き出した。今はここを早く抜け出したい。声をかけられると面倒だからだ。


「ちょ、ちょっと、速いですよ白羽さんっ! もうちょっと見て回ったりとかしましょうよっ!」


「はいはい、後でね」


「うっ、うわわっ、いきなり手を繋ぐなんて……大胆過ぎますよ白羽さんっ!」


「大丈夫、手首だからセーフだよ」


 喚く八磨を軽く受け流し、手首辺りを掴んで窓口まで歩く。が、途中で肩をガシッと掴まれた。



「────彼女から手を放せよ」



 最悪だ。僕は背筋に走った寒気を理由に手を放し、声のした方を見る。


「……君が誰か知らないけど、お望み通り放したよ」


 それは、腰に剣を差した若い男だった。眼球は何故か黄ばんでおり、血走っている。肌も少し青白い。つまり、体格の割に不健康そうに見える。


「当たり前だ。それよりも、彼女に謝れ。そして、即刻彼女から離れろ」


 なんだこいつ。僕は思わず真顔になりかけたが、何とか動揺を漏らさずに返事を返す。


「断るよ。彼女と僕は一緒に冒険者登録をしに来たんだ。君に邪魔される謂れは無いね」


「ふッ、それは面白いな。お前のような冴えない、パッとしない、記憶に残らないと三拍子揃ったような男が、彼女と一緒に? ……ふッ、ありえないな」


 なんだこいつ。めちゃくちゃ言うじゃんか。ていうかその、ふッ、って笑い方やめろ。ムカつくから。


「私は白羽さんと一緒に来ましたよ? 私と白羽さんは仲間です。深い絆で繋がってます」


「……は?」


 いや、そこまでは無いけどね。まだ一日しか会ってないし。


「深い絆で繋がってるかはともかく、彼女と僕が……まぁ、仲間なのは本当だよ」


「……白羽さん、今なんで嫌そうに言ったんですか?」


 ジト目で見てくる八磨から目を逸らし、代わりに目の前で固まっている男を見た。


「……そうか、分かったぞ。お前、彼女を洗脳したのか。異能、アイテム……やり方は知らんが、間違いない」


「待って、君。何言ってんの?」


 呼び止めるも、黄ばんで血走った目がどこか虚ろになり始めた男が正気に戻る様子は無い。


「そういうことならば……この俺が、お前を成敗してやろう。安心しろ、武器も異能も使わない。素手でお前を這い蹲らせてやるだけだ」


 意味の分からないことしか言わなくなった男を、今更ながらに観察する。年はどちらかといえば若そうだが、それでも僕らよりはそこそこ上に見える。つまり、二十代後半くらいだろう。ついでに、服越しでも体格が良いことが分かる。


「……あのさ、つまりそれって僕に今から暴力を振るうってこと?」


「暴力……いや、正義の執行と言った方が正しいだろうな。そこの少女を賭けて勝負だ。勝ったらその女は俺達の仲間になってもらう」


 なんだこいつ。いつの間に八磨を賭けたんだ。

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