冒険の誘い
翌日、目を覚ました僕がトイレなどを済ませてから寝室を覗くと、布団には男物のパジャマを着た八磨がぐーすかと眠りこけていた。時計を見ると、画面には[9:38]と表示されている。取り敢えず、昨日念の為に全部閉めていたカーテンを開け放つ。
「月曜だし、完全に寝坊だけど……高校は物理的に消滅しちゃったし、関係ないよね」
昨日は目覚ましをつけるのも忘れてソファに寝転んだが、特に問題は無かったということだ。因みに、余裕でモデルができそうな程には顔が整っている彼女と同じ屋根の下で一夜を過ごしたが、もちろん過ちは犯していない。
僕は自分のことを自制心のある男だと認識しているし、何より昨日はそんなことを考えている余裕も無かった。
「朝食でも、作っとこうかな」
呟きながらキッチンに向かい、軽く設備を確かめる。どうやら、幸いにも水道やガスなどのライフラインは機能を失っていないようだった。
「んー、一応先に言っといた方が良いよね」
僕は起きた直後に飯を食うのが好きではない。もし彼女もそのタイプだった場合、若しくはそもそも朝食がいらない場合を考慮し、朝食を食べるかどうか八磨に聞いておくことにした。
「もしもし、起きてる?」
布団の横に座り込み、軽く肩を揺すると、八磨は軽く身じろぎしながら目を開いた。
「んぅ……ぁ、白羽さん」
眠そうな顔をしながらも、八磨はようやく僕の顔を捉えた。
「おはよう、八磨さん。今から朝食作るけど、オムレツで良い? ていうか、そもそも食べる?」
「おはようございます。……食べます。オムレツ、好きです」
起き抜けで頭が回っていないのか、どこかぎこちない返事を返すとまた目を閉じてしまう八磨だったが、僕は微笑んで頷き、再度キッチンへ向かった。
「まぁ、オムレツで良いって聞いたけど、そもそもオムレツくらいしか作れないけどね」
誰にでもなく言いながら、僕は卵やベーコンなどを用意した。米は炊かない。今日はパンの気分だからだ。
「料理とか久し振りだなぁ……最近はもっぱらコンビニ飯で済ませてたし」
昨日の興奮が残っているのか、独り言がいつもより多い。それに気付いた僕は何となく恥ずかしくなり、出来るだけ無心で調理を進めていった。
それから少しの時間が流れ、僕は食卓にオムレツとベーコンを焼いただけのものに僕が気に入っている近所のパン屋から買ってきたパンを並べた。
「よいしょっと……ほら、八磨さん。作ったよ」
「ん……はい。起きました」
明らかに眠そうな八磨だったが、数秒強く目を瞑ると、それだけでパッチリと目を開けて起きてきた。一体、どういう技術なんだろう。僕も会得したいところだ。
「あ、すごい。美味しそうです」
「そう? それは良かったよ」
少なくとも見た目は綺麗に出来ていることが証明できた。後は、味だけだ。
「じゃあ、いただきます」
「いただきますっ」
弾んだような声色を上げてオムレツに箸を伸ばした八磨は、もぐもぐと咀嚼してから何度も頷いた。
「美味しいっ、美味しいですよ、これっ!」
「あはは、お口に合った様で何よりだよ」
言いながら僕も食べ始める。うん、美味い。
「それで……八磨さん、これからどうする?」
「取り敢えず、これを頂いたら帰ります。スマホも家に置いてきちゃってるので心配かけてると思いますし……あ、でもお礼は必ずしに来ますよ!」
「そう? 僕としてはお礼なんて気にしなくて良いんだけど」
「いやいや、そういう訳にもいきませんよ……これでも私、結構良いところの生まれなんですよ?」
へぇ、全然高貴な感じには見えないけどね。
「へぇ、全然高貴な感じには見えないけどね」
「……白羽さん?」
やばい、口に出てた。
「あー、えっと、あれだよ。こう、庶民的っていうか……そう、親しみやすいって言いたかったんだよ、僕は」
少ししどろもどろになりながらも、僕は完璧に弁明を終えた。
「……ふふっ、白羽さんも焦ったりするんですね」
しかし、意外なことに八磨は笑みを浮かべていた。
「そりゃそうだよ。僕だって焦りくらいはする」
乗り切った。僕は安堵の息を吐いた。
「あ、そうだ。白羽さん」
僕はパンを齧りながら頷く。美味い。
「私、冒険者になろうと思ってるんです」
「……冒険者」
冒険者、それは読んで字の如く危険を冒す者。あの魔物が蔓延るダンジョンの中に自ら突入し、億万の価値のある素材やアイテムの為に命を賭して探索する、ハイリスクハイリターンな職業だ。
「昨日、私は自分の無力を思い知らされました。だから、変えたいんです。一人でも多く救えるようになりたいって、そう思いました」
「……そっか」
それは立派なことだ。でも、僕は決して共感出来ない。人の為に命を賭ける行為は、僕の求める安寧に反する。
「それで、ですね……白羽さんも、一緒に冒険者に成りませ────」
「────嫌だ」
僕は八磨の言葉を遮り、冷たく突き放した。
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