空はどこまでも晴れ渡り、種族問わず同じように太陽は降り注ぐ6
「まったくアイルのせいでひどい目にあったよ……」
アイルが干し草にした付け火は、ヤメスさん、ロンゲルさん、僕の三人のバケツリレーで厩舎や屋敷に燃え移る前になんとか消し止める事はできたが、こっぴどく叱られた。
アイルが勝手にやったことなのにヒドイ。
ニコニコとしながら僕の横を歩くアイルに少し腹がたつが、雇い主の娘である領主様の令嬢であるアイルに文句を言うことはできない。
「なによ?なんか文句あるの?」
笑顔は決して崩さないまま、アイルはそんな事を言う。
きっと僕が何を考えているのかわかっているのにだ。
「別に……」
「お詫びにこうして買い出しに付き合って上げているんだから、そう怒らないの」
やっぱりわかっていたんだ。
バシバシと僕の背中を叩くアイル。まったく仕方がないお嬢様だ。
今だって屋敷の外を並んで歩いているけど、見つかったら怒られるのは僕なんだ。
領主令嬢であるアイルが、お付のアリスベイズ人をつけずに町に出るなんて到底許される事ではない。
バレないように、一般の普通の女の子に見えるように、アイルと体格の似たメイドから服を拝借した。
艶々の金髪をよく見れば、そこらの女の子ではないと気が付かれそうなものだけど、今のところ咎められる気配はない。
まあ普通に考えたら領主令嬢が歩いていると気がついて声をかけてくる一般人なんているはずがないのだ。
アイルと面識がなかったとしたら僕だってそうするだろう。
「それにしても、今日はめでたいわ。学園に入学する前に、『イグニス』を使いこなす事ができるようになんて。普通だったらまだ魔力を練る練習をしているところよ。普通なら」
普通をわからない僕に、やたら普通を強調して説明してくるアイル。
よほどあの火の魔法が使えた事が嬉しかったんだろう。
「あれ、そんなにすごい事なの?」
実際のところ、眼の前で魔法を使っている所を初めてみた。
アイルが使っている所を、という意味じゃなくて、人が魔法を使用している所を初めて見たのだ。
平和だと言われる今の世の中では、不要な物だと父さんは言っていたけど、興味がわかないと言えば嘘になる。
「そうよ。凄いのよ。私とオルドくらいの歳の子が『イグニス』を使いこなすなんて、史上初かもしれないわね」
アイルはめいいっぱい背中を反らせて、胸を張って見せた。
よほど嬉しかったんだろうな。
「あれってどうやるの?」
「知りたいの?」
「うん。知りたい」
できるできないの問題ではない。ただ単に知識として知っておきたかった。
文字や数字を教わったように。
聞いた所でアリスベイズ人に劣るサーブの僕に使えるはずもないのだから。
「いいわ。賢いダブルス家令嬢である、アイルが使用人であるオルドに伝授しましょう」
「うん。教えて」
「まずはね、自分の体をヨリシロにして魔力を集めるの。その時に呪文を唱えるんだけど、これは適当よ」
「ヨリシロ?適当?そんなんでいいの?」
「ヨリシロってのは、何かを集める為の中心ってこと。中央学園を首席で卒業したジメル先生がそう言っていたのよ?なんとなくでいいの、集まれーって心の中で考えながら」
ジメル先生ね。あの人結構適当なところがあるからなーと思いながら適当に聞き流す。
「なるほど。ちなみにアイルはなんて唱えていたの?」
「あんなの適当でいいのよ?」
「できればアイルの呪文を知りたいな」
あくまでアイルは僕の先生なのだ。
大体の事はなんでもアイルに教わって来た。
だったら呪文だってアイルと一緒がいいのだ。
「私と一緒がいいなんて、オルドは相当に私が好きなのね」
アイルは満足そうに二度頷き、聞いたことのない言葉を話し始める。
「niti corpus.Magia potentia in corpore tuo.」
「えっなに?」
「なんとなくでいいの雰囲気」
「なるほど、雰囲気ね」
よくわからないけど、近いうちに試してみよう。
「私には追いつけないだろうけど、せいぜい頑張りなさい。オルドにはお願いししたい事もあるし」
「お願い?」
「……今はまだいいの」
そう言ってアイルは止まっていた歩みを進める。
「どういう意味?」
それに続いて僕も歩き始める。
アイルはなにも答えない。
まあこれもいつもの事だ。気にしていたらきりがない。
「おい、てめえ昨日のサーブじゃねえか?よく昨日の今日で来れたもんだよな?」
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